幼女のお股がツルツルなので徳川幕府は滅亡するらしい

マルシラガ

文字の大きさ
91 / 94
第五幕 やんちゃな子猫は空を舞う

茶番劇

しおりを挟む
 詮議が終わり、皆が三々五々に散っていく。

 座敷に最後まで残ったのは余三郎と愛姫だった。

「こ、此度は拙者の窮地を救って頂き、感謝の言葉もありませぬ! それに我が家での接待に不備があったことをお詫び――」

 平伏したまま謝罪の言葉を並べ始めた余三郎の後頭部を愛姫がポンと軽く叩いた。

「もうここには妾たちしかおらぬ。そのようなことは言わんでも良い。頭を上げてくれ叔父上」

「愛姫様……」

 ホッと息を吐いて頭を上げた余三郎の額と鼻の先にはくっきりと畳のあとがついていた。

 その滑稽な顔に愛姫はプッっと噴き出したが、すぐに笑い顔を引っ込めて優しく笑った。

「逆にすまなんだな叔父上、ひどい迷惑をかけてしもうた。もちろん妾が遊びに行った時にはあの薄い茶でかまわぬぞ。菊花が淹れてくれた茶ならばどんな銘茶よりも旨い」

「お……恐れ入ります」

 余三郎は再び深々と頭を下げた。

「ん? なんじゃ、その畏まった話し方は?」

 ポンと頭を叩いて顔を上げさせたら、余三郎は恐縮しきった顔で目を伏せた。

「あ、その……今までの話し方では愛姫様に対してご無礼だったかと……」

「そなた私の叔父上であろう、何を遠慮する事がある。それに前にも言うたであろう。そんなふうに話し方を改められたのでは……なんだか寂しいぞ。昨日までのように気軽に話してくれる叔父上のほうが妾は好きじゃ」

「そ、そうか? じゃぁこれまでのような感じでいいかな」

「そうじゃ、それが嬉しい」

 愛姫はそう言って花が咲くような自然さで本当に嬉しそうに笑った。



 意気揚々と大奥に戻った愛姫は母に『殿方の詮議の場に乱入するとは何事ですか!』と長々と叱られてしゅーんとなった後、ようやく自分の部屋に戻って一息ついた。

 それを見計らったように障子の向こうから声がかかった。

「愛姫様。お茶をお持ちしました」

「藤花か。入れ」

 障子戸をすらりと空けて入ってきたのは牛のように胸の大きい四十近くの年増としまの腰元。大奥で全ての腰元たちを束ねる『御年寄』という職についている者だ。

「今回は随分と長い外出でしたね」

 藤花は典雅な挙措で愛姫の前に茶を置いてから、やんわりとそう言った。

 藤花は愛姫に作法を教える役目も持つ師匠役でもあって、今こうして座っているだけでも、その所作しょさには一分の隙もない。

「うむ、中々に楽しかったな。ちょっとばかり刺激が強すぎたが」

「地下での話を聞いたときには、私も少々肝が冷えましたよ」

「他人事のように言うものではない。元はと言えば、大奥に入り込んだあの二人を藤花が面白がって私に引き合わせたのが全ての始まりなのじゃからな。なにかあったら責任は叔父上以上に厳しいものになったじゃろう」

「私の事はいいんですよ、姫様さえ無事ならば」

 強がるふうでもなく自然に言う藤花の様子から、彼女が本心からそう思っているのは間違いなさそうだし、幼い頃から自分の世話をしてくれている藤花の人柄をよく知っているからこそ愛姫は彼女の言葉を疑おうという気にもならなかった。

「藤花、そういえば叔父上のところでおまえの娘とうたぞ」

「菊花からも聞いております。自分が草だということをすぐに見破った姫に驚いていましたわ」

「うふふふ。そうか、驚いておったか。あやつは藤花に似て大層艶っぽい人じゃったな。機転も利くし、ちょっとしたところで恐いところもある。そういうところはやはり母親のおぬしにに似ておるな。良い意味で腹黒そうなところなんかそっくりじゃ」

「うちの子なんてまだまだ半人前。もっとうまく演技をして意のままに人をあしらう事が出来ないと、良い女にはなれません」

「無茶を言うのう、藤花に比べたら誰でも半人前じゃろ?」

「あらあら、そうですかね?」

「そうじゃ。私もいつかはそれくらい自然に演技が出来ればいいと思う」

「そういえば先ほどの演技はなかなかよろしかったですよ」

「先ほどの演技?」

「余三郎さんを加増させるためにわざと茶に文句を付ける話の進め方はお見事でした」

「……見ておったのか」

 愛姫は全てを藤花に看破かんぱされていたのだと知って恥ずかしくなり、ほんのりと赤く染まった顔を伏せて上目遣いになりながら尋ねた。

「それで、妾は上手く演じられてたかの?」

 藤花は「えぇ、それはもう」と頷きながらころころと笑った。

「お茶の話だけに、これぞまさしく茶番劇! って感じでしたわ」

「う、うるさい!」

 愛姫が投げつけた扇子を藤花は難なく躱して、格が違うとばかりにまたころころと笑った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

処理中です...