幼女のお股がツルツルなので徳川幕府は滅亡するらしい

マルシラガ

文字の大きさ
86 / 94
第五幕 やんちゃな子猫は空を舞う

風花も雷蔵も空を舞う 2

しおりを挟む
 文字通り風花の鼻をへし折った雷蔵は蛇腹が半分焼けた提灯を提げて愛姫の後を追った。

 背後の闇の中で風花が狂ったように鉄煙管を振り回しているけれど、もうあれの相手をしてやる必要も無い。

 このまま放置しておくだけで明日には物言わぬ死体になっている事だろう。

『ったく、どうしてこんな面倒事が多いのやら』

 雷蔵は心の中で愚痴を吐いた。

 城下に下りてきた小娘一人を見つけ出して保護するだけの簡単な仕事のはずが、あれやこれやとしているうちに思わぬ大事おおごとになってしまった。

『あのガキ、まだ生きていればいいが……』

 雷蔵は出来るだけ早く追いつけるように足を早めているものの、小猿のほうが先に愛姫に追いつくのは確定しているといっていい。小猿の方が雷蔵より先行しているのだから当然だ。

 砂の道が終わって岩肌を削った坂道に到着する。

『ここを上るのか。やれやれ、本当に面倒だ』

 この道がどこまで続いているのかと見上げると、遥か上方でゆらりと仄かな明かりが動いているのを見た。

『へぇ? どうやらあのガキはまだ生きているようだな』

 愛姫を追っている小猿は元々の出自が夜盗で、彼は獣のように夜目が利き、どんな暗い場所でも明かりを持たずに移動することができる。

 小猿の能力を知っているからこそ雷蔵はあの明かりは愛姫一行のものだと推測することが出来た。

『生きているって分かっちまったからには、急いでやるか……』



 雷蔵が黙々と岩肌の坂を上り続けると、かなり小さなものだったが子供たちの声が聞こえてきた。何を喋っているのかまでは分からないが、子供特有の幼い声が耳をくすぐる音として聞こえてくる。

 大声を出せば向こうにも聞こえそうだったが雷蔵はあえて声を掛けないことにした。

 ここで声を上げたら子供たちと自分との間にいるはずの小猿にも己の存在を知らせる結果になるからだ。

『しかし、こいつぁちょいとおかしなことになっているな……』

 雷蔵はこの状態をいぶかしんだ。

 子供たちとの距離が大分詰まってきているのに子供たちがまだ生きている。それが何よりもおかしい。

 普通に考えれば小猿と子供らはとうに接触していていいはずだ。

 それなのに子供たちの声に緊迫した様子はなかった。

 考えられる可能性としては子供たちが小猿を返り討ちにした場合だが……それは有り得ないと断言できるほどに子供たちに勝てる要素が無い。

 確かに風花の一味の中で小猿は最も弱い。しかし子供らを相手にして後れを取るほど弱くはない。どんなに弱くても小猿はこの道の玄人くろうとなのだ。

 愛姫一行の中に一人だけ戦いの才がある子供がいた。総髪を後頭部で纏めた目つきの鋭い少女が剣士の才の片鱗を見せていたが、彼女が本当に強くなるのはもっとずっと先の事。

 その子と小猿が今やり合えば、小猿は文字通り赤子の手を捻るような容易さであの小娘を殺す事が出来るだろう。

 それなのに、だ。

 子供たちの声に悲壮感はない。誰かが怪我をしているふうでもなく、ましてや誰かが殺されているふうでもない。

『小猿め、いったいどこに消えやがった?』

 そんな懐疑を胸に引っ掛けたまま坂を上っていると不意に血の香りが雷蔵の鼻先をよぎった。

『む?』

 提灯の明かりを絞っていた布を少しだけ開いて雷蔵は足元を照らす。

 すると、そこには真新しい血溜まりが出来ていた。

『これは……』

 血溜まりはかなり大きい。

 周囲を注意深く見渡すと壁から突き出ている石の先端に着物の切れ端とぬるりとした血液が付着していた。

『あぁ、なるほど。小猿め、突き飛ばされて道から落ちたな?』

 提灯をもっと下げて地面を観察すると血溜まりから足を引き摺って進んでいる跡がついていた。

『不意を突かれて、落とされて、怒り狂って再び追いかけている……ってことかい。ざまぁねぇな』

 それにしても小猿の不意を突けるほどの技量がある者があの子供らの中にいただろうか?

 その可能性があるとすれば、眠そうな半眼をしながらも常に抜け目なく周囲を警戒していた幼女くらいだが、あの幼女が全力で体当たりをしたところで小猿を突き落とせるほどの突撃力は生み出せない。

 それなら小猿は自爆に近い形でうっかりと道の端から足を踏み外して落ちてきたのだろうか。

 ……間の抜けた話だが、逆にそれがいかにも小猿らしい話なので『きっと、そうなんだろうな』と奇妙なほど納得できた。

『そういえば、あの野郎は昔から運が無いと嘆いていたな……』

 そのくせよく賭場に現れては景気良く銭をバラ撒いてスッカラカンのオケラになって帰って行く奴だった。

 雷蔵は滴り落ちた血痕を辿りながら坂道を上る。

『まぁ、運が無いのは俺もそうらしいんだがな』

 雷蔵は自分を買ってくれた先代の言葉を思い出した。

 ―― おまえは腕っぷしも強いし、頭も切れる。しかし可哀想なほどに運が無い ――

 普段からあまり冗談を口にすることが無い先代が雷蔵の顔を見ながらしみじみと言うものだから、当時まだ幼かった雷蔵はどうしたら運が良くなるかと素直に尋ねた。

 すると、先代は優しく微笑んでこう言った。

 ―― ずっと青太郎の側にいなさい。それがおまえにとっての最良の選択だよ ――

 先代から与えられた助言は、意味の分からないものだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

処理中です...