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本編
53 グレン視点
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「ようこそおいで下さいました、感謝申し上げます殿下」
「楽にしてくださいメイヨール伯。その後マチルダ嬢は?」
メイヨール伯は厳つい顔をきゅっと曇らせると、首を横に振った。
「会わせて頂くことはできますか?」
「ですが……」
「どんな状態でも構いません。真相究明の為ご協力願いたい」
圧を込めて微笑めば、メイヨール伯はぐっと言葉を詰まらせた。
「……殿下がそうおっしゃるのでしたら……」
「感謝しますよ、メイヨール伯」
案内のメイドについて行こうと歩きかけたところ、メイヨール伯に呼び止められた。
「殿下、こちらの女性は?見慣れない方のようですが」
俺の後ろにピッタリと付き従う女を、伯は怪訝そうに見ている。
「アン・ル・ルブランと申します。カルシファー様の縁故で殿下の秘書見習いを致しております。以後お見知り置きを」
アンが優雅に辞儀をし微笑めば、ほうっと伯の視線は釘付けとなる。
「そうでしたか、このようなお美しい方が側におられるとは何とも羨ましい。婚約者様もさぞやきもきされることでしょうな」
はははっと伯が笑うと、アンは「そんな……」と肩を震わせて俯いた。高く結い上げた栗色の髪が小さく揺れる。こいつ笑い堪えてるな。
「女性が居た方が何かと都合が良いでしょう。後学のためにも同行を許して頂きたいのですが」
「ええ、構いません。お引き留めして申し訳ありませんでした、殿下、アン殿」
メイヨール伯はアンの美しさにすっかりデレデレだ。アンが「ありがとうございます」と蕩けるように微笑めば、伯は年甲斐もなく頬を赤らめる。俺はその様を苦々しい思いで見つめていた。
扉を開けた途端、クッションが顔面目掛けて飛んできた。中々のコントロールだな。俺はそれを片手で受け止めた。
「イヤっ!来ないで!イヤあああ!」
頭を抱えて床に蹲るマチルダ嬢。興奮させるのは得策ではないがどうしたものか。
俺が思案しているとアンがすっと前へ進み出て、怯むことなくマチルダ嬢に近づいていく。
そしてマチルダ嬢の側に膝をついた。マチルダ嬢は反射的に顔を上げると「ひっ」と小さく悲鳴を上げた。アンが手のひらに特大の火の玉を浮かべていたからだ。
「ふふ、マチルダさん、やっぱり錯乱なんて演技ね。私あまり気は長い方じゃないから、焦らされるとこれウッカリどうするか分からないわ」
火の玉をみつめて困ったように首を傾げるアン。あからさまな脅しだ。
「あ、あ……アン、ジェリカさま……なぜ……」
アン──もといアンリは満足そうに笑いながらウィッグを投げ捨てた。本当にお前は悪役が似合うな。
「何故?何に対して?」
「だってあな、たの魔力は微弱であるはず……」
「あーそれはね、企業秘密」
頼むからこの国にない言葉は使わないでくれ。
「でも良かった、話し合いの余地はありそうね、マチルダちゃん?」
マチルダ嬢はカタカタと震えだした。そんなマチルダ嬢の顎を捉えてアンリは瞳を覗き込む。
「ねえ、正直に答えて?どうして私を殺そうとしたの?」
「に、憎いからよ!」
「グレンが好きで私が邪魔だから?」
マチルダ嬢はチラッと俺を見ると目を伏せ、そしてコクっと頷いた。
「でもあんなことあなた一人じゃできないよね?誰の指示なの?」
「それ、は──」
「んーそろそろ肩が凝ってきたなあ。これ適当にぶん投げていい?」
アンリは火の玉をゆらゆら揺らした。
「や、やめて!言いたくても言えないの!言ったら私は死ぬから!」
アンリは火の玉を消した。
「どういうこと?」
「ち、血の誓約……私はもう引き返せないのよ……」
マチルダ嬢は涙を溢した。
血の誓約──代償は命という一種の呪いだ。
「法で禁じられていることは知っているか?自白した以上あなたもただでは済まないぞ、マチルダ嬢」
「存じております……」
「そんなことしてまでグレンが欲しかったの!?命をかけるほど!?」
いや、それだけではないだろう。あの手この手で脅されたのだ、恐らくは。
「俺は何があってもアンジェリカと離れるつもりはない。あなたの希望には添えない、永劫に」
マチルダ嬢が嗚咽を漏らす。薄汚い企みでアンリを陥れたのだ、誰が許すものか。
「えーと、マチルダちゃんはこれから拘束されて取り調べを受けるんだよね?」
「まあそうなるな」
「白状できないことどうやって吐かせるの?下手したら暗殺とかされるんじゃない?」
暗殺という言葉にマチルダ嬢はビクッと肩を震わせる。
「いや!私まだ死にたくない!何でもします!私を助けて!」
アンリを殺そうとしといてこの女は何を言っているのだ。すっと心が冷えていく。
血の誓約は魔法ではない、絶対の隷属呪術だ。忠誠の証として君主が臣下に当たり前のように施していた時代もあったようだ。
だが今では禁呪とされ、施したものは極刑となる。まあマチルダ嬢が命を捨てる覚悟でもない限り、主の名を吐くことはできないが。
「んーマチルダちゃんウチで預かろうか?」
「はっ!?」
「どうせ私しばらくは外出禁止の身だし、ついでにマチルダちゃんも一緒に監視しつつ守って貰えば良いじゃない?」
お前は……殺されかけたことを分かっているのか?馬鹿なのかお人好しなのか判断に困るな全く。
怒りやら呆れが思いっきり顔に出てたんだろうな。アンリはつかつかと俺の側まで来て、耳元に唇を寄せた。
「可能な限り情報は拾っておく。女同士にしかできないこともあるでしょ?任せて」
アンリはパチっとウィンクした。一瞬不本意ながら見惚れてしまった。その表情があまりに蠱惑的だったから。アンリのくせに。
俺はこれ見よがしにため息をついた。
「……ヴァルク家に万全の体制を整えないとな」
アンリは嬉しそうに瞳を輝かせた。
「楽にしてくださいメイヨール伯。その後マチルダ嬢は?」
メイヨール伯は厳つい顔をきゅっと曇らせると、首を横に振った。
「会わせて頂くことはできますか?」
「ですが……」
「どんな状態でも構いません。真相究明の為ご協力願いたい」
圧を込めて微笑めば、メイヨール伯はぐっと言葉を詰まらせた。
「……殿下がそうおっしゃるのでしたら……」
「感謝しますよ、メイヨール伯」
案内のメイドについて行こうと歩きかけたところ、メイヨール伯に呼び止められた。
「殿下、こちらの女性は?見慣れない方のようですが」
俺の後ろにピッタリと付き従う女を、伯は怪訝そうに見ている。
「アン・ル・ルブランと申します。カルシファー様の縁故で殿下の秘書見習いを致しております。以後お見知り置きを」
アンが優雅に辞儀をし微笑めば、ほうっと伯の視線は釘付けとなる。
「そうでしたか、このようなお美しい方が側におられるとは何とも羨ましい。婚約者様もさぞやきもきされることでしょうな」
はははっと伯が笑うと、アンは「そんな……」と肩を震わせて俯いた。高く結い上げた栗色の髪が小さく揺れる。こいつ笑い堪えてるな。
「女性が居た方が何かと都合が良いでしょう。後学のためにも同行を許して頂きたいのですが」
「ええ、構いません。お引き留めして申し訳ありませんでした、殿下、アン殿」
メイヨール伯はアンの美しさにすっかりデレデレだ。アンが「ありがとうございます」と蕩けるように微笑めば、伯は年甲斐もなく頬を赤らめる。俺はその様を苦々しい思いで見つめていた。
扉を開けた途端、クッションが顔面目掛けて飛んできた。中々のコントロールだな。俺はそれを片手で受け止めた。
「イヤっ!来ないで!イヤあああ!」
頭を抱えて床に蹲るマチルダ嬢。興奮させるのは得策ではないがどうしたものか。
俺が思案しているとアンがすっと前へ進み出て、怯むことなくマチルダ嬢に近づいていく。
そしてマチルダ嬢の側に膝をついた。マチルダ嬢は反射的に顔を上げると「ひっ」と小さく悲鳴を上げた。アンが手のひらに特大の火の玉を浮かべていたからだ。
「ふふ、マチルダさん、やっぱり錯乱なんて演技ね。私あまり気は長い方じゃないから、焦らされるとこれウッカリどうするか分からないわ」
火の玉をみつめて困ったように首を傾げるアン。あからさまな脅しだ。
「あ、あ……アン、ジェリカさま……なぜ……」
アン──もといアンリは満足そうに笑いながらウィッグを投げ捨てた。本当にお前は悪役が似合うな。
「何故?何に対して?」
「だってあな、たの魔力は微弱であるはず……」
「あーそれはね、企業秘密」
頼むからこの国にない言葉は使わないでくれ。
「でも良かった、話し合いの余地はありそうね、マチルダちゃん?」
マチルダ嬢はカタカタと震えだした。そんなマチルダ嬢の顎を捉えてアンリは瞳を覗き込む。
「ねえ、正直に答えて?どうして私を殺そうとしたの?」
「に、憎いからよ!」
「グレンが好きで私が邪魔だから?」
マチルダ嬢はチラッと俺を見ると目を伏せ、そしてコクっと頷いた。
「でもあんなことあなた一人じゃできないよね?誰の指示なの?」
「それ、は──」
「んーそろそろ肩が凝ってきたなあ。これ適当にぶん投げていい?」
アンリは火の玉をゆらゆら揺らした。
「や、やめて!言いたくても言えないの!言ったら私は死ぬから!」
アンリは火の玉を消した。
「どういうこと?」
「ち、血の誓約……私はもう引き返せないのよ……」
マチルダ嬢は涙を溢した。
血の誓約──代償は命という一種の呪いだ。
「法で禁じられていることは知っているか?自白した以上あなたもただでは済まないぞ、マチルダ嬢」
「存じております……」
「そんなことしてまでグレンが欲しかったの!?命をかけるほど!?」
いや、それだけではないだろう。あの手この手で脅されたのだ、恐らくは。
「俺は何があってもアンジェリカと離れるつもりはない。あなたの希望には添えない、永劫に」
マチルダ嬢が嗚咽を漏らす。薄汚い企みでアンリを陥れたのだ、誰が許すものか。
「えーと、マチルダちゃんはこれから拘束されて取り調べを受けるんだよね?」
「まあそうなるな」
「白状できないことどうやって吐かせるの?下手したら暗殺とかされるんじゃない?」
暗殺という言葉にマチルダ嬢はビクッと肩を震わせる。
「いや!私まだ死にたくない!何でもします!私を助けて!」
アンリを殺そうとしといてこの女は何を言っているのだ。すっと心が冷えていく。
血の誓約は魔法ではない、絶対の隷属呪術だ。忠誠の証として君主が臣下に当たり前のように施していた時代もあったようだ。
だが今では禁呪とされ、施したものは極刑となる。まあマチルダ嬢が命を捨てる覚悟でもない限り、主の名を吐くことはできないが。
「んーマチルダちゃんウチで預かろうか?」
「はっ!?」
「どうせ私しばらくは外出禁止の身だし、ついでにマチルダちゃんも一緒に監視しつつ守って貰えば良いじゃない?」
お前は……殺されかけたことを分かっているのか?馬鹿なのかお人好しなのか判断に困るな全く。
怒りやら呆れが思いっきり顔に出てたんだろうな。アンリはつかつかと俺の側まで来て、耳元に唇を寄せた。
「可能な限り情報は拾っておく。女同士にしかできないこともあるでしょ?任せて」
アンリはパチっとウィンクした。一瞬不本意ながら見惚れてしまった。その表情があまりに蠱惑的だったから。アンリのくせに。
俺はこれ見よがしにため息をついた。
「……ヴァルク家に万全の体制を整えないとな」
アンリは嬉しそうに瞳を輝かせた。
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