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第一章 異世界降臨
冒険者の休日
しおりを挟む宿の部屋。
朝食を済ませた僕は、さっそくテーブルの上に錬金術に使える素材を広げた。
先ず作るのはテントだ。
エリスたちの話を聞いていて、野営時の拠点はしっかり作っておいた方がいいと思ったからだ。
道具屋で安めのテントを買い、【ストレージ】にある森狼の皮や牙、爪などを使って錬成魔法で補強する。
中で火を使っても大丈夫なように、煙突を付けて熱耐性も付与した。
折り畳むと筒のようになるテントが出来上がった。
コンコン。
と、部屋のドアがノックされる。
誰だろう?
そう思ってドアを開けると、そこには下を向いたエリスがいた。
「おはようエリス。どうしたの?」
「ちょっとね。なにしてるのかな? と思って」
「今はエリスたちの話を聞いて、道具作りに励んでいた所だよ」
「道具作り?」
「あ、よかったら協力してくれないかな? 一人でやるより誰かの意見があると参考になる」
「ま、まあ、いいけど……」
エリスを部屋の中に入れて、筒状にしたテントを広げる。
「えっ!? その筒、テントだったの!?」
煙突付きのテントにエリスは驚いていた。
テントの中に二人で入る。
「う~ん、やっぱり狭いよね?」
「そ、そうねっ」
空間魔法を付与してテントの拡張をしよう。エリスと一緒に一度テントから出て、空間属性に変化させた魔力をテントに込めていく。
「それは何してるの?」
「魔法の付与だよ。僕、付与魔法も使えるから……できた。エリス、中に入って感想を聞かせてくれ」
「う、うん……って、何これ!? うわぁぁぁ、凄いわ!」
テントの中を覗くと、走り回るエリスがいた。ちょっと広げすぎたかな? というか安静にしてないとダメだろ。
「ハクトは凄いわね! テントって窮屈で狭いはずなのに、走れるくらい広くなっ……」
「と、大丈夫?」
力が抜けるように倒れそうになったエリスを支える。
「だ、大丈夫大丈夫! ご、ごめんなさい、はしゃぎすぎたわ……」
エリスはさっと僕から距離をとった。
「ふふ、現役冒険者が絶賛するのなら、問題なさそうだ」
「何言ってるの? ハクトも冒険者でしょ?」
「そういえばそうだった」
物作りをしている時は、どうも職人のようになってしまうな。
あとは火起こしにも困ったと言っていた。火の魔法が使える人がいれば困らないのだろうが、エリスのパーティーにはいないからな。
火を起こす魔道具でも作ろうか。確か別の世界に、マッチやライターなる便利な道具があると聞いた。
マッチと似たような物なら簡単に作れるのではないだろうか?
木材を小さな短冊状にして、片方の先に【火種】の魔法を付与し、赤く色を塗る。木の板に強く擦り付ければ……
ぽっ……と小さな火が短冊状の木に付いた。
「す、凄い! 凄いわハクト! 私、こんなの見たことないわ。これ絶対売れるわよ!」
作業をずっと見ていたエリスから称賛の声があがる。
「なるほど。商人になるのも良いかもな」
「……あ~、やっぱりあんまり売れないかも。ほら、火魔法使える人には必要ないしっ」
あれ? なんか意見がころっと180度変わったぞ?
やっぱりまだ体調が悪いのかな?
そういえばエリス以外の皆はどんな休日を過ごしているのだろうか?
異世界人。冒険者の休日。気になるな。
「エリス、他の皆は何してるの?」
「え、他の皆? さあ、何してるのかしら? 私はハクトの所に行ってくるって言って来たから」
「ふむ……」
僕は【サーチ】を発動し、四人を探した。
ルイズとカリナは市場。ミーシャとレックスは武器屋にいるな。よし。
「エリス、ちょっと付き合ってくれ。市場に買い物に行こう」
「………………えっ!!??」
なぜか驚くエリスを連れて、僕は市場に向かった。
午前中の市場は賑わっていた。町の住人たちが買い物をしている。ちらほらと冒険者たちも見えた。
「ね、ねえハクト。市場に来て何を買うの?」
「あ~特に決めてなかったな。でも掘り出し物があったら買いたいな」
第一の目的はルイズとカリナの観察だ。二人はどんな休日を過ごすのだろうか?
もうすぐ二人が視界に映るだろう。お、いたいた。
「あれ? あれってルイズとカリナじゃない?」
二人は屋台で焼き鳥を買っている。美味そうだなぁ。後で僕も買おう。
というか、二人とも市場に来たというのに買い物をしている風には見えないな。
二人は適当に置かれた木箱の上に座ると、焼き鳥を食べ始めた。
なんというか、二人で普通に休日を楽しんでいる感じだ。互いに買った物の交換もしている。
「ちょ、こ、これって……」
エリスはその光景を見て慌てだした。なんだなんだ?
「どうしたんだ?」
「これ、デートよ! 小さい頃から仲が良いと思っていたけど、デートする仲だなんて知らなかったわ」
デート。確か恋人関係にある者たちが一緒に行動することだったな。
「なるほど。二人は恋人関係なのか」
「リ、リーダーの私に黙ってるなんて……」
ぶつぶつと何かを言い始めたエリス。僕はその間にルイズたちが食べている焼き鳥を買い、エリスの元に戻った。
「エリス」
「え?」
「二人が食べてるのを見たら僕も食べたくなっちゃって。エリスの分も買ってきたんだけど……いる?」
「…………いる」
僕もエリスと並んで焼き鳥を食べた。途中で交換するかどうか提案をしたが、残念ながらそれは拒否されてしまった。
むぅ、やはり恋人でないと食べ物の交換は難しいようだ。
その後もルイズとカリナの二人の休日を観察させてもらったが、二人の距離にエリスが赤面するくらいでこれといった出来事はなかった。
「あ~……私のばかばかばか!」
エリスが自分を罵倒すること以外は。
「レックス君。決まりましたか?」
次は武器屋。レックスとミーシャは一時間くらい武器屋にいるようだ。
「う~ん……なんかどれもしっくりこないんだよなぁ」
代わりになる大剣の選別に苦労しているようだ。
「僕の目では右から二番目の大剣が良いと思うんだけどなぁ」
「しぃーー! ハクト、バレちゃうわよ! 武器屋は声が反響するんだから!」
エリスが器用にも小声で注意をしてくる。最初はレックスの手助けをしようとしていたのだが、声をかけようとした時にエリスに引っ張られ、隠れる形となった。
「この杖は良さそうですね……あ、高い」
ミーシャは手に持った杖をさっと棚に戻す。棚にある武器をふらふらと見ながら、ミーシャはこちらに近づいてきた。
「わぁぁぁ! バレるバレるバレるぅ!」
エリスが慌て出し、僕に抱きついてきた。仕方ない。
僕は【テレパシー】をレックスに送る。
《右から二番目、右から二番目、右から二番目……》
「はっ! 天から声が聞こえた! ミーシャ! 決まったぞ! 俺はこの剣にするぜ!」
「やっと決まりましたか」
ミーシャは寸前の所でレックスの元へ戻っていった。
「ふぅ~……っ!?」
安心したエリスと至近距離で目が合う。すると、エリスは顔を真っ赤にしてばっと離れた。
そしてミーシャたちは手を繋いで武器屋を出ていく。
僕も武器屋で短剣を三つ購入し、なぜか固まったままのエリスの手を引いて武器屋を出た。
「どうするエリス? お昼にはまだ早いけど、休憩ついでに喫茶店にでも入ろうか?」
「う、うん……」
僕はエリスの手を引いて喫茶店を目指した。しかし、下を向いて歩いているエリスから、不気味な笑い声が発せられる。
何かおかしなことしたかな、僕?
「ふふふ、ふふふ、ふふふふふ」
○○○○○○○○○○○○○○○○○○
「あー……」
レックスと手を繋ぎながら通りを歩いていたミーシャは、ふと窓越しに見えた光景に口をポカンと開けた。
「ん? 何かあったのか?」
「あれ……」
「ん? んがぁー……」
ミーシャの指差す方を見たレックスも、先程のミーシャと同じように唖然とした様で口を開ける。
レックスとミーシャの視界に映っていたのは、エリスがハクトに見たこともない顔で話しかけている光景だった。
長年の付き合いではあるが、あんな、いかにも恋する乙女のような顔を見るのは初めてのことであった。
レックスとミーシャの二人は、咄嗟にしゃがむと窓にぎりぎりまで近づいた。
『それでね。そのリグルおじさんは、これは呪いだ! とか言って村中を混乱させちゃったの。後でそれが虫の仕業だと分かると、皆で大笑いして……』
「エリスちゃん、楽しそう」
「あのエリスがなぁ。ハクトはどう思ってるのか……」
「ハクト君、鈍感そうだからエリスの好意に気づいてないんじゃない?」
「確かに鈍感そう……って、カリナちゃん居たんですか!?」
大声を上げそうになるミーシャとレックスに、いつの間にか居たカリナはしぃーと指を口に当てた。
「まったく。他人のデートを覗き見るのは感心しないが?」
「もぅ相変わらず固いなぁ。ルイズだって気になるでしょ? エリスの今後」
「別に……」
と言いつつも、ルイズも窓越しに見える二人を隠れて見る。実は四人ともハクトとエリスにデートを尾行されているので、これでお相子だったりするのだが。
「あの、私提案があるんですけど。ハクトさんをパーティーに入れませんか?」
「賛成。これでエリスも寂しい思いをしないで済むだろうし。アタシとしては大歓迎。男子のお二人は?」
実は冒険者になる前からルイズと恋人関係だったカリナは、エリスに隠しながらデートをしていることに少なからず罪悪感があった。
ハクトが加入してエリスといい感じになれば、変なことに囚われず堂々とルイズと出歩ける。
ミーシャもカリナと似たような考えを持っており、皆で出かけることに変な気を使わないで済むことが嬉しかった。
「俺は構わないぜ。ハクトにはこれから教えてもらうことも多いだろうしな」
「オレもその件は賛成だ。ハクトの魔法には習うこともたくさんあるだろう」
男連中は男連中で、実に合理的な考え方をする。自分たちが強くなれるなら、と。それは目の前にいる二人を守りたいという気持ちにも繋がっていた。
本音は照れ臭くてとても言えたものではないが。
「じゃあ決まりですね」
「ねぇミーシャ。もちろん、加入の話はエリスからさせるでしょ? その時には……ごにょごにょごにょ」
「あ、いいですね。エリスちゃんのことですから、きっと普通に告白はできないですし」
「不甲斐ないヘタレなリーダーの背中は、うちらが押してやんないとね~」
「お前らな……」
「はぁ……」
何かを企む女子二人に、レックスとルイズは呆れるしかなかった。
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