どうやら魔王様と噂の皇太子殿下の溺愛から逃げられない運命にあるようです

珀空

文字の大きさ
3 / 20
◆1章.永遠の微睡みを揺蕩う

003.お兄様、素面でそれはやめてください

しおりを挟む
 
「セシル!……セシーリア!やっぱりダメだぁ!お嫁になんて行かないでくれ。まだ300年早い、早すぎるぞ!」
「誰、マティアス兄様にお酒を飲ませたのは……」
「酷い、酒は飲んでない!」


(素面でお酒飲んだ時みたいにメソメソしないでよ)


 昨日までは平気そうにしていたくせに、婚約式まであと1ヶ月となった所ですぐ上の兄、マティアスがこのようになってしまった。ちなみに酒に弱いので、飲酒すると凄いメソメソするし、誰彼構わず泣きつくので彼には基本的に禁酒令が出ている。

 普段は明るく脳筋爽やかお兄様なのだが、こうなると面倒だ。食事をするために部屋に集まった家族はマティアス兄様のこの何とも言えない様子をガン無視して私たち抜きで楽しそうにお話をしている。

 いや、 お母様の「あと1ヶ月でお嫁に行っちゃうのね」発言でこの兄はこうなったんだからどうにか回収してくれよ。


「うう、俺のセシルが……、あと1ヶ月でお嫁にぃ……」
「はあ……」


 一応言っておくと、兄が先程から言うセシルというのは私、セシーリアの愛称だ。兄たちや家族、友人にもよるが、主にセシル、シシー、セス、リアと呼ばれることが多い。学園で知り合った他国出身の友人からはツェツィと呼ばれたりもする。


 兄の少々面倒な絡みにうんざりしながら、私はため息をついた。頭の中ではどうでもいいことばっかり浮かんでいたが、「1ヶ月後には婚約式」という事実に時が過ぎるのは早いと思った。

 求婚?というか「婚約してください」的なお手紙が届いたあの日から実は数ヶ月経っている。その間に手紙のやり取りやら色々な手続き含む擦り合わせが主に父や長兄によってされていて、贈り物もやはり王族だからか色々と凄いものが届いた。

 それを横目に私はいつも通りに生活していた。というか一日の寝ている時間が多いので、それなりに準備しつつ過ごしてたら数ヶ月なんてあっという間だ。どうしても眠っている分、みんなよりも一日が早い。正直、もっともっと長く起きていたいのだが、こればっかりはどうしようもなかった。


 ちなみに、もう少し日中も起きていられるように、と魔力をコントロールする練習を以前より一層頑張っている。元からコントロールはできる方だが、これを一層極めると今よりもこの体質はマシになるはずだ。まあ、完全にはなくならないけれど。しかし、練習のお陰で前よりは起きられるようにはなった、はずだ。そう信じたい。じゃないとこの努力が報われない……。



「セシル、聞いてないだろっ」
「お兄様、食事が冷めますよ?」


 兄の言葉を聞き流して、考え事をしていればまた兄が騒ぎ始める。やはりお酒を飲んだのでは?と疑いたくなった。


「マティアス、もう決まったんだから仕方ないだろ?」
「だって、兄上!あと1ヶ月で婚約してそのまま向こうの国に行ってしまうんだぞ。というかあと約3週間後にはこの屋敷には居ないんだぞ!」


 そう、あと3週間ほどしたら私はこの屋敷を出る。婚約式の3日前に隣国アーシェラスに到着して、お互いに顔合わせして婚約式だ。そしてそのまま私はお妃教育などをしないといけないので、この国には帰らず隣国アーシェラスに残るのだ。

 ヴィルデやエミリー、ラーシュ他、私専属の者たちが着いてきても良いという許可が貰えたから良かったが、それがなかったら割と辛かっただろうな。

 彼らは例え遠い国だとしてもお嫁に私が行くならついてきてくれる、と私が幼い頃から言ってくれていた。この国で恋人とか作ればいいのにそんな様子は見られないし、私の専属の者たちは両親や親族と少々色々あったり、奔放だったりするので、心残りもないらしい。


「マティアスがそんな風だとセシーリアが困って、お嫁に行けないだろ?」
「だって兄上!まだセシルは18だぞ!あと数百年は一緒にいられるって思ったのに……」
「うっ、それはたしかに。まさか一番に結婚するのがセシルだとは思わなかった。……おかしいな。この前までこんなに小さかったのに」


 30歳も歳が離れているので私が生まれた頃のことももちろん知っている長男ヴィンセントも何やらブツブツ言い出したので面倒になってきた。

 なぜこの兄たちはこんなにもシスコンなのだろう。妹想いで素敵ですね、と言われたことはあるが、愛情が深すぎるのも考えものだ。そう思って視線をずらすと、父もプルプル震えている。

 あんなに私の婚約に関して嬉々として色々と張り切っていたのに、兄たちのこの雰囲気のせいで父まで変なことを言い出しそうだ。


「……」


 __うん。さっさとご飯食べ終えて部屋に戻ろう。


 母も同じことを考えているのか、私と同じようにいつもよりも食事のペースが早い。男どもの話を聞いてたら、いつまで経ってもここから抜け出せられそうにないということがやはり分かっているらしい。

 さっさと美味しいご飯を食べ終え、まだまだなにやら言っている兄たちを無視して部屋へと戻った。



「はぁ……」

 部屋に着き、ソファに座るなり大きなため息が出た。婚約式が近づいてくるほど、このため息の数は少しずつ多くなっている気がする。

 貴族では婚約するまで相手の顔を知らない、なんてこともないこともないので仕方はないが、私のお相手は噂が少々物騒過ぎる。ご尊顔は大層綺麗らしい、とも聞いたことはあるが、だからこそ恐ろしいと言う話もある。


「憂鬱そうですね。お嬢」
「うーん、この前までまさかこうなるなんて思わなかったから改めて近づいてくるとちょっとね」

 期待と不安、そんな感情が入り交じって胸をグルグルと渦巻いている。


「ノア・アシェル・ルードウェル皇太子殿下、か」


 思わず夫となるかもしれない人の名前を呟いてみる。

 彼がこちらの夜会などに招かれたりすることもあるというのに、何故か私はお会いしたことはないんだよね。兄や友人は本人を見たことがあるらしい。

 よく考えてみると、私は彼と会えそうな機会の時には決まって高熱に魘されたり、眠気でふらついて階段から落ちてしばらく起きなかったり(何故か1人で行動したいと言った時にやらかす)、領地で色々あって出席できなかったりしている気がするな。

 何だか偶然にしては出来すぎてる。……気のせいかな。


(……1番の悩みのためは、噂通り超怖い人だったらどうしようってことだわ)


 結局、婚約後や結婚後のこと、皇太子妃になるかもしれないことの不安よりも今はそれへの不安が強い。貴族の中にはそれはもうキンキンに冷えきった、超極寒の夫婦仲の所もあるので自分もそうなったら、なんて鬱々と考えているうちにはいつものように眠気が来て眠ってしまった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...