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◆1章.永遠の微睡みを揺蕩う
003.お兄様、素面でそれはやめてください
しおりを挟む「セシル!……セシーリア!やっぱりダメだぁ!お嫁になんて行かないでくれ。まだ300年早い、早すぎるぞ!」
「誰、マティアス兄様にお酒を飲ませたのは……」
「酷い、酒は飲んでない!」
(素面でお酒飲んだ時みたいにメソメソしないでよ)
昨日までは平気そうにしていたくせに、婚約式まであと1ヶ月となった所ですぐ上の兄、マティアスがこのようになってしまった。ちなみに酒に弱いので、飲酒すると凄いメソメソするし、誰彼構わず泣きつくので彼には基本的に禁酒令が出ている。
普段は明るく脳筋爽やかお兄様なのだが、こうなると面倒だ。食事をするために部屋に集まった家族はマティアス兄様のこの何とも言えない様子をガン無視して私たち抜きで楽しそうにお話をしている。
いや、 お母様の「あと1ヶ月でお嫁に行っちゃうのね」発言でこの兄はこうなったんだからどうにか回収してくれよ。
「うう、俺のセシルが……、あと1ヶ月でお嫁にぃ……」
「はあ……」
一応言っておくと、兄が先程から言うセシルというのは私、セシーリアの愛称だ。兄たちや家族、友人にもよるが、主にセシル、シシー、セス、リアと呼ばれることが多い。学園で知り合った他国出身の友人からはツェツィと呼ばれたりもする。
兄の少々面倒な絡みにうんざりしながら、私はため息をついた。頭の中ではどうでもいいことばっかり浮かんでいたが、「1ヶ月後には婚約式」という事実に時が過ぎるのは早いと思った。
求婚?というか「婚約してください」的なお手紙が届いたあの日から実は数ヶ月経っている。その間に手紙のやり取りやら色々な手続き含む擦り合わせが主に父や長兄によってされていて、贈り物もやはり王族だからか色々と凄いものが届いた。
それを横目に私はいつも通りに生活していた。というか一日の寝ている時間が多いので、それなりに準備しつつ過ごしてたら数ヶ月なんてあっという間だ。どうしても眠っている分、みんなよりも一日が早い。正直、もっともっと長く起きていたいのだが、こればっかりはどうしようもなかった。
ちなみに、もう少し日中も起きていられるように、と魔力をコントロールする練習を以前より一層頑張っている。元からコントロールはできる方だが、これを一層極めると今よりもこの体質はマシになるはずだ。まあ、完全にはなくならないけれど。しかし、練習のお陰で前よりは起きられるようにはなった、はずだ。そう信じたい。じゃないとこの努力が報われない……。
「セシル、聞いてないだろっ」
「お兄様、食事が冷めますよ?」
兄の言葉を聞き流して、考え事をしていればまた兄が騒ぎ始める。やはりお酒を飲んだのでは?と疑いたくなった。
「マティアス、もう決まったんだから仕方ないだろ?」
「だって、兄上!あと1ヶ月で婚約してそのまま向こうの国に行ってしまうんだぞ。というかあと約3週間後にはこの屋敷には居ないんだぞ!」
そう、あと3週間ほどしたら私はこの屋敷を出る。婚約式の3日前に隣国アーシェラスに到着して、お互いに顔合わせして婚約式だ。そしてそのまま私はお妃教育などをしないといけないので、この国には帰らず隣国アーシェラスに残るのだ。
ヴィルデやエミリー、ラーシュ他、私専属の者たちが着いてきても良いという許可が貰えたから良かったが、それがなかったら割と辛かっただろうな。
彼らは例え遠い国だとしてもお嫁に私が行くならついてきてくれる、と私が幼い頃から言ってくれていた。この国で恋人とか作ればいいのにそんな様子は見られないし、私の専属の者たちは両親や親族と少々色々あったり、奔放だったりするので、心残りもないらしい。
「マティアスがそんな風だとセシーリアが困って、お嫁に行けないだろ?」
「だって兄上!まだセシルは18だぞ!あと数百年は一緒にいられるって思ったのに……」
「うっ、それはたしかに。まさか一番に結婚するのがセシルだとは思わなかった。……おかしいな。この前までこんなに小さかったのに」
30歳も歳が離れているので私が生まれた頃のことももちろん知っている長男ヴィンセントも何やらブツブツ言い出したので面倒になってきた。
なぜこの兄たちはこんなにもシスコンなのだろう。妹想いで素敵ですね、と言われたことはあるが、愛情が深すぎるのも考えものだ。そう思って視線をずらすと、父もプルプル震えている。
あんなに私の婚約に関して嬉々として色々と張り切っていたのに、兄たちのこの雰囲気のせいで父まで変なことを言い出しそうだ。
「……」
__うん。さっさとご飯食べ終えて部屋に戻ろう。
母も同じことを考えているのか、私と同じようにいつもよりも食事のペースが早い。男どもの話を聞いてたら、いつまで経ってもここから抜け出せられそうにないということがやはり分かっているらしい。
さっさと美味しいご飯を食べ終え、まだまだなにやら言っている兄たちを無視して部屋へと戻った。
「はぁ……」
部屋に着き、ソファに座るなり大きなため息が出た。婚約式が近づいてくるほど、このため息の数は少しずつ多くなっている気がする。
貴族では婚約するまで相手の顔を知らない、なんてこともないこともないので仕方はないが、私のお相手は噂が少々物騒過ぎる。ご尊顔は大層綺麗らしい、とも聞いたことはあるが、だからこそ恐ろしいと言う話もある。
「憂鬱そうですね。お嬢」
「うーん、この前までまさかこうなるなんて思わなかったから改めて近づいてくるとちょっとね」
期待と不安、そんな感情が入り交じって胸をグルグルと渦巻いている。
「ノア・アシェル・ルードウェル皇太子殿下、か」
思わず夫となるかもしれない人の名前を呟いてみる。
彼がこちらの夜会などに招かれたりすることもあるというのに、何故か私はお会いしたことはないんだよね。兄や友人は本人を見たことがあるらしい。
よく考えてみると、私は彼と会えそうな機会の時には決まって高熱に魘されたり、眠気でふらついて階段から落ちてしばらく起きなかったり(何故か1人で行動したいと言った時にやらかす)、領地で色々あって出席できなかったりしている気がするな。
何だか偶然にしては出来すぎてる。……気のせいかな。
(……1番の悩みのためは、噂通り超怖い人だったらどうしようってことだわ)
結局、婚約後や結婚後のこと、皇太子妃になるかもしれないことの不安よりも今はそれへの不安が強い。貴族の中にはそれはもうキンキンに冷えきった、超極寒の夫婦仲の所もあるので自分もそうなったら、なんて鬱々と考えているうちにはいつものように眠気が来て眠ってしまった。
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