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◆1章.永遠の微睡みを揺蕩う
007.あたたかい世界で深く眠る
しおりを挟む「___………ましょう?」
__もう静かにしてて欲しい。
「あなたは**なの!どうして私から……___!」
__もうやめよう。お願いだから。
(……これは嫌な夢だ。きっとそう。__私は私なのに、どうして……)
見慣れたその部屋で****はニコニコと笑っている。
拘束された身体が動かない。言葉が出ない。ああ、いつもと同じだ。いつも聞く嫌な言葉が耳から入り込む。永遠と続く何かを讃える声と、時々流れるピアノの音。そしてたくさんの願いたち。目を閉じる。それでもぼんやりとまぶたの隙間から入り込む強い光が眩しい。なのに私に入り込んでくるものはどうしてこんなにも真っ黒なのだろう。
「あなたはいつものようにただ**でいればいいの!」
__待って、私は違うよ、私は**なんかじゃないよ……!
何回言ったってその人は決して聞いてはくれない。妄想と誰かからの囁きと何か恐ろしいものに取り憑かれたその人は私に手を伸ばす。
__ああ、もうイヤだ。
「もう眠ってしまいたい」
ああ。そうだ、深く眠らないと。深く深く眠って起きなければ、こんな"昏い地獄"は見なくて済む。私が私じゃなくならなくて済むはずだ。
ずっと眠っていたい。誰からも"それ"を願われることはなく、誰かの人形にならなくてもいいように眠らないと。深く、深く、深く……__。
◇◆◇
「……っ」
はっと目を覚まして身体を起こした。まだ寝ぼけた頭で部屋を見回す。見慣れた自室が目に飛び込んできて、安心できたのかため息が出た。
「……はあ」
身体は動く。声も出る。黒い何かも入り込んで来てはいないし、その"言葉"をぶつけてくる人もここにはいない。
それらを自分に言い聞かせてから、私は起きたことを知らせるためにベッド横のサイドチェストの上に置いてある侍女などを呼ぶときに使うベルに触れた。
ベルは頭に響きそうな音がするものもあるが、これは魔道具なので嵌め込まれた魔石が点滅するだけだ。触れただけで侍女たちに起きたことが伝わるし、寝起きには煩くなくて良い。
「セシーリアお嬢様、おはようございます」
「おはよう、みんな」
数分もしないうちにきっちりと身支度を済ませた侍女たちがいつものように入ってきて声を合わせて朝の挨拶を始める。私は、それに返しつつベッドから離れた。
「お嬢様、今日は随分とお早いですね」
「うん。ちょっと夢見が悪くて」
「そうですか。ではヴィルデに用意してもらう紅茶は癒しの効果があるものいたしましょうか?」
「ええ、そうしてもらえるかしら」
悪夢を見た日は決まって随分と早く起きてしまう。そしてあまり気分も良くない。それを察したのかそんな風に言ってくれるエミリーの言葉にうなずいた。
ヴィルデはこの屋敷に来てからとても多趣味であり、そして多才だ。特に彼が淹れる紅茶はとても美味しい。毎朝の楽しみの一つが彼の入れた紅茶などを飲むことなのだが、気温や私の様子やその時の季節など色々なものに合わせて工夫して淹れてくれる。
「ヴィルには30分後くらいに持ってきて貰えるように伝えてくれるかしら?……お父様やお兄様たちが今日は朝早くから用事があるのでしょう?もしかしたらまだ居らっしゃるかも」
「ええ、旦那様たちはまだ屋敷を出られておりませんよ」
「そう。それならお見送りができるわね」
そんな会話をしながら身支度をする。今日はどうせ家から出ないので衣服はシンプルだ。髪やら服やら諸々を侍女たちに手伝ってもらいながら身支度を終えると私ら部屋から出る。
そして、屋敷の玄関ホールへ出向いた。ちょうどそこには父や兄たちが立っていた。父や兄たちはこちらに気づくと驚いた声を上げる。
「え、セシー」
「セシル?」
「セシーリア!」
ちなみに上からヴィンセント、マティアス、そして父だ。兄2人は父に似ているためか、3人とも同じ驚いた表情をしていてなんだか面白い。
「おはようございます。お父様、ヴィンセントお兄様、マティアスお兄様」
「お、おう」
「おはよう」
「おはよう、セシル」
こんなに早くに起きてお見送りをすることがないので彼らの反応がなんだか微妙だ。
「懐かしいな。セシーリアの幼い頃を思い出すよ」
「昔はセシーがまだこれくらいだった頃、お見送りしたいからって頑張ってどうにか起きたのはいいけど、眠過ぎたのか階段から落ちたよね」
父と長男であるヴィンセントはしみじみと昔話を始めた。
「あの時のヴィンスのスライディングは見事だったな」
「いやあ、あの時は寿命が100年は縮んだよね」
確かにヴィンセントの言う通り、小さい頃は兄や父を見送りたくて頑張って起きようとしたことがあった。しかし、ヴィンセントの言う"これくらい"が豆粒サイズなのが気になる。真面目な顔をして言っているが、「いや、そんなに小さくなかったよね?」とツッコミどころ満載だ。
「そういえば父上がいきなり抱き上げて大泣きさせたこともあったな」
「いつもはそこまで泣かないからびっくりしたな。確かセシーリアを慰めてたら、仕事に遅れかけたな」
「いや、セシルは早く泣き止んでたけど父上がいつまでも離さなくて遅れかけただけだからな」
「いいな、俺もその頃のセシーを可愛がりたかった……」
なんて昔を懐かしむ会話が始まったが、自分のことなのでなんだか少々恥ずかしい。それは私がいないところでやってもらっていいですか?なんて思うが、3人とも楽しそうに話しているので水をさせない。それにしても3人とも時間は大丈夫なのだろうか?
「こんなことしてるとまた遅刻ギリギリになるのでは?」
そう声をかけるとようやく会話が止まった。3人ともはっとして、入口へと動き出したので、ようやく出掛けていくのかと思ったら、何故かヴィンセントがこちらを振り返った。
「……そういえば小さい頃は行ってらっしゃいのハグがあったな」
「えっ!?」
何を言い出すかと思えばまさかの"行ってらっしゃいのハグ"。
(これは嫌な予感……)
「あー、懐かしいなあ」
「何それ!?俺、されたことない!」
「セシーリアとマティアスは歳が少し近いからね」
父とヴィンセントがそんなことを口に出したので、マティアスが目がキラキラと輝かせているし、両手を軽く広げてこちらをじっと期待するような眼差しで見つめてくる。その横で父もヴィンセントも同じ顔をしていた。
これはやるしかないのだろうか、と固まっていれば、その後ろで侍従や侍従、護衛の方たちが本格的にソワソワし始めている。多分出発の予定時間を押しているのだろう。
「……」
どうせあと少しでこの屋敷とはお別れ。家族たちとこんな風に過ごせるのもほんのあと少しで、彼らをお見送りできる機会なんて元々ほとんど早く起きれない自分にはもう来ないだろう。
そんなことをつい考えてしまうと、今やっておきたいとなんて思ってしまった。あとはこれをしないと多分彼らはモタモタと玄関に居座りそうだ。それは周りが可哀想。
「……っ、うう、セシル!」
(かったーい)
ぎゅうっとまずはマティアスに抱きつけば、無駄に硬い筋肉が受け止めてくれる。ちっちゃい時に戯れてハグした時も彼は脳筋だったけどここまで筋肉ダルマじゃなかったんだけどなー。あと顔が頗る可愛かった。うう、天使だった頃のお兄様にまた会いたい。
「やっぱり嫁に行くのは早い……」
「……こればっかりは仕方ないでしょう」
なんて上から降ってくる先日のメソメソ声に呆れつつゆっくり離れると、やはり父やヴィンセントからも期待の眼差しが突き刺さってくるので、3人のうち真ん中に立っている父に次はハグ。
「セシーリア、こんなに大きくなって。……まだまだずっとここにいると思っていれば、こんなに早くお嫁に行くとは」
「……」
何故だか父までメソメソし始めたので、ちょっと鼻の奥がツンとしてきた。それを隠すために無言のまま父から離れて最後にヴィンセントとハグ。
「何だか今生の別れみたい」
「それは私も思ったわ」
さっきから頭の片隅で思っていたことをヴィンセントが言うので思わず頷いた。ほんの少しして彼の腕の力が弱まったので抜け出す。
「じゃあセシーリア行ってくるよ」
「行ってきます」
「行ってくるなー」
「行ってらっしゃい」
ようやく満足した3人はそう言って玄関を出ていく。本当は馬車のところまで行こうとしたが、外はまだ少し冷えるから隣国に行く前に体調を崩すといけないと止められた。
それに分かったと了承し彼らを見送る。馬車に乗る前、兄たちはこちらを振り返って手を振るので、私も小さく振り返した。
(__ああ、本当にここはあたたかいな)
私はぼんやりとそんなことを考えながら、屋敷を出ていく馬車を見つめていた。
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