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◆1章.永遠の微睡みを揺蕩う
014.貴女の巡りが幸せでありますように
しおりを挟む婚約式は順調に進んでいった。
結婚式とは違い、婚約式はどちらかというと互いの家の顔合わせと互いへの誓いを意味するため、案外始まってみるとすることはそこまで多くない。
この場には顔合わせのためにいる私の親族数人とノア殿下の皇家、そして婚約するのが一国の皇太子であるため証人となるお互いの国の高位貴族、あとは互いの側近や護衛くらいしかいない。
ある意味本番は夜に予定されている婚約披露パーティーだ。それにはたくさんの貴族が出席するらしく既に気が重い。
(……それにしても驚くほどスムーズに進む)
出席したことのある婚約式でもここまでスムーズに進んでいった記憶はない。というか、私の体質上あまりに長いと幾ら魔力コントロールが上手くても途中で抗いようがなく眠ってしまう。そのため途中で頃合いを見て退出できる場合は退出していたからあまり最後までいたことがなかった。
しかし、今回は私が主役であるため随分と配慮してあるようだ。ちゃんと考えてくれた方には心の中でお礼を言っておく。
「___、二人のこれからに祝福があらんことを」
式も終盤に近づいてきて、現在は皇帝陛下からのお言葉を頂いている。陛下はノア殿下と私を交互に見て、それから笑うとそう締めくくった。私とノア殿下は皇帝陛下のお言葉に揃って礼をして、次は予定されていた通りにお互いの方を向いた。
(いよいよもうすぐなのね……)
次が記念品の交換で、次に問題のキスがあった。
私はやはりキスのことを思い出してそれはもう緊張していた。この前、ノア殿下にされたあの時がファーストキスだったのだが、あれは不意打ちだった。しかし、今回は予めすることが分かっているのだ。緊張しないはずがない。
「__では、記念品の交換を」
進行役がそう声を掛けてくる。私とノア殿下は記念品を渡され、互いにそれを交換する。記念品は割となんでもいい。互いが身につけるものでも、宝石でもいいし、お揃いじゃなくてもいい。基本的には互いに必要なものか、お揃いのものを交換するが、政略結婚で互いに無関心だと割と適当になることもあるらしいと聞く。
私とノア殿下の場合は、数ヶ月前にした手紙のやり取りで互いにピアスをつけていないことを知ったのでピアスにすることにしたが、例えば、自分の家に仕えていた騎士同士での婚約式では互いに記念品を剣にしたと言う話も聞いたので本当に人それぞれだ。ただ一つだけ条件があり、結婚式では指輪を交換するので指輪以外の物にする必要がある。
(……やっぱり凄く綺麗)
私とノア殿下はピアスの入った箱を交換し合った。そして、箱が開けてあるので改めてそれを確認した。ピアスに使われている石は不思議な宝石が使われているのか、青と緑の淡い色がゆらゆらと揺らめいている。2人の瞳の色であるそれは、まるでオーロラを閉じ込めているようだった。
「……続きまして、誓のキスをお願い致します」
(いよいよ来た……!)
ついこの前まで、「婚約式なのになぜキス?」と思っていたが、これがノア殿下の魔力が私に影響しないことを証明するためだということがこの数日で分かった。
ノア殿下は皇太子だ。いくらそのような体質であったとしても、いつかは世継ぎがいる。そのため、たとえ"威圧"に怯んだとしても、"魔力"にさえ影響を受けなければそれだけでお妃候補になるらしい。
そして、"威圧"にも"魔力"にも影響を受けず、侯爵家の娘で、友好的な隣国出身の私。おまけで無駄に質の良い治癒魔法も使える、というのは、この帝国からしたら頗る嬉しい話らしい。たとえ私の体質が公務をする者向きではないからといって、それが気にならないくらいにプラスが多かったのだとか。
「セシーリア、大丈夫?」
「……はい」
囁き声が上から降ってくる。ガチガチに緊張しているのが伝わっているのか、ノア殿下が小さくクスリと笑う声がした。私は覚悟を決めて彼を見る。
彼は優しい眼差しでこちらを見下ろし微笑していた。その表情には嬉しいという感情がチラチラと現れている。
何故そんなに余裕なのか、そして何がそんなに嬉しいのだろう。こちらは緊張で、頑張って作った笑みすらひきつりまくっているというのに。
「……」
「……っ」
いつまでも見つめ合っているわけにはいかないため、私は小さく頷いた。それを見たノア殿下の顔が近づいてくる。整った顔がすぐ側にやってきた。私は、小さく息を吐いてそれから目を瞑った。こうでもしないと逃げてしまいそう、なんて思ったがいつの間にか腰に手が添えられている。というか掴まれている。私の心を見透かして、逃げないように、とでもいうようにそれは意外と力が強い。
ちゅ、と口が当たって数秒してから離れていった。顔が熱い。ここが婚約式じゃなかったら腰抜かしてるな、絶対。
真っ赤なまま参列する方々に向き直る。少し立会人から言葉が述べられたあといよいよ退場だ。殿下の腕に手を添え、歩き出そうとした時何故かものすごく視線を感じたので、殿下を見上げる。
「?」
「……」
(どうしたんだろ……)
目が合うと殿下はなんでもないというように小さく首を振るので、頷いて私は前を向いた。私たちのキスの後、シーンとしていた空間の所々で小さなざわめきが起きている。
大体がアーシェラスの方なので、実際に殿下の魔力に触れても大丈夫な所を実際に見て驚いているらしかった。
「行こうか。婚約者殿」
「はい」
カランカラン。退場の鐘が鳴る。入場時よりも寄り添いながら歩いていく時、私は不意に振り返った。
__『*○*◆*#』
(何か声が聞こえた気がする)
穏やかで優しくそして懐かしい声だったような気がする。
振り返れどもそこにあるのは、天窓のステンドグラスを通ったあとの穏やかな輝きだけだ。そしてそこをぼんやりと妖精が舞っていた。
「どうかした?」
「__いえ」
ノア殿下の囁きに私は首を横に振る。なぜだかとても悲しい"それ"が胸を渦巻いて、それからゆっくりと落ち着いていった。
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