どうやら魔王様と噂の皇太子殿下の溺愛から逃げられない運命にあるようです

珀空

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◆1章.永遠の微睡みを揺蕩う

013.心を掬われるもの(2)

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 ノアは街や村などを歩くことが好きだ。

 公務や勉強、鍛錬の傍ら時折その世界を行く。髪色や服を変え、"威圧"を制御して、相手の認識を曖昧にして歩けば誰もノアのことには気付かない。

 気付かれないということは、誰もノアのことを怖がらないし、興味も然程向けられない。そして気さくに接してくれる。すると、自分の得ることができない世界の住人になれるので、その時ばかりは孤独も摩耗する心も忘れられた。

 人々との合間で見る世界は随分と広かった。そして未知に溢れている。

 本で読んだ民の生活と彼らの様子を照らし合わせたり、人と関わり談笑したり、見知らぬ人といつの間にか酒を酌み交わしていたり。

 当然自分の想像よりも後暗いものだって目にしたし、嫌なこともあった。しかし、それを改めて感じる機会などノアにとっての"普通の生活"では得られないから、何よりも大切な時間だった。そして皇城へと戻り、自分や貴族たちに何ができるのか、何に視点を向け、何を学び、それから何を考え、父とともに何をしていくべきなのかを考える時間は案外悪くなかった。


 ◇◆◇


「ノア、2ヶ月後にカシスティアであるパーティーに参加して来てほしい」
「分かりました」


 カシスティアというのは隣国の名前だ。時期的に毎年父が参加している国主催のパーティーだろう。しかし、今年の開催期間中には 元々公務が入っていたらしくノアが参加することとなった。

 かの国との仲はとても良好かつ魔力や魔法への理解もある国なので、ノアはどこの国よりもその国へ赴く時は気が楽だった。国土も豊かで魔力が豊富な者も多い。お互いに技術を提供しあっていることもあって、生活の仕方もどこか似ている。


「カシスティアか、楽しみだな」


 あとは国民性なのかみんな割と穏やかだ。初めて隣国のパーティーに参加した時は、やはりそれはもう恐れられはした。

 しかし、高位の貴族であるほど家同士のつながり以外に魔法や魔力に価値を置く風潮があるため、魔力が多い者たちで婚姻を結ぶことが多い。

 それによる魔力の"デメリット"に悩む者が多いからか、ノアに関する受け入れが他国よりも早かった。最早かの国ではノアが社交場に現れるときの光景に慣れたのか一種の名物と考えて気にしなくなった者も多い。

 向こうの王太子や王子は寧ろそんなノアに興味津々で割と仲良くしてくれる。向こうの方が歳は上だが、幼子のようにキラキラとした目をこちらに向けて話しかけてくるので、その反応も面白かった。


 ノアはいつも通りパーティーに参加した。友好国とはいえ慣らす必要はないので、制御できるようになってからは"威圧"があまり出ないようにしている。しかし、それでも腰を抜かす者もいるし、謎の悲鳴も聞こえてくる。まあ彼の顔が良すぎる故の悲鳴だが、ノアはそんなことなど興味はなかった。

 数日王城と屋外で行われた大規模なパーティーに参加し、それから国へと帰る。カシスティアの王都から自国は馬車では遠い。自国であるなら、馬で早駆けしたり、魔法を使い時短をしたりするが他国ではできない。そのため何日か掛けて宿などに泊まりつつ帰路を行く。



「__この前の新作食ったか?」
「チーズミートパイか?それとも野菜と肉のグリル焼きか?」
「うわ、そんなメニューあったか?俺が食ったのは……」


 3つ目の宿に着いた時、そんな声が聞こえてきた。格好からして商人の男たちは何やらこの辺りで人気がある酒場の料理の話をしているらしい。なんでもこのデュアラーツ侯爵領の領主の屋敷で長年料理人をしていた男が経営しているらしかった。

 ノアはたまたま聞いたその酒場が気になった。側近と少し話し、お忍びで食べに行くことにした。帰宅ルートはこの国の王や通る領地の領主くらいしか知らないため、普通こんな所に隣国の皇太子がいるだなんて誰も思わないだろうし、何より対処もできる。

 ノアは彼らに話しかけ、その店の場所を教えて貰うことにした。気さくな彼らは自分たちも今から行くからと連れていってくれた。

「いらっしゃい」
「こんばんはー」
「よお、来たのか!」
「おう、久しぶり」

 酒場は人通りの良い大通りに面したところにあった。王都を出てから貴族たちがするような格好をせず、行動にも気をつけ、かつ相手の認識を曖昧にさせる魔道具を使用しているため、ノアや着いてきた側近は普通にその場に入り込んだ。

 ノアと側近を連れてきた商人は酒場にいる働き手や客に顔見知りが多いらしい。ノアを空いたテーブルに案内すると、おすすめのメニューを教え、そのまま向こうの人の中に入っていってしまった。


(……あまり知らない料理ばかりだ。先程勧められたものにしようか)


 置かれていたメニューを見るが、やはり国が違うと料理の名前が違うことも多い。どうせ好き嫌いはないため先程勧められた料理とあとは適当にいくつか頼むことにした。あとは他のテーブルにある料理で気になるものがあったら、それと同じものを頼めばいい。


「……」


 ノアはそう考えながら顔を上げる。するとたまたま向けた視線の先に女の子がいた。たった今、向こうの扉から入ってきた彼女は酒場を見回した。

「あ、お嬢じゃん!久しぶり~」
「本当だ。嬢ちゃん!今日も美しいな~」
「お嬢様、お疲れ様です!」

 彼女が来るなり客たちが一斉に彼女に話しかけ始める。確かに誰かの言うように彼女は顔立ちがとても綺麗だ。色々な社交界で会った美人だとか可愛らしいとか言われる女性たちとも引けを取らないほどに。


 彼女はこれがいつもの反応なのだろう。適当に酔っ払いたちの相手をしながら働き始める。テキパキとテーブルに乗る皿やグラスを片付け、掃除をして、料理を運ぶ。それから色々なテーブルの会話に交じっている。


「貴族、ですね」
「ああ。みたいだな」

 ノアと一緒に食事をしていた側近であり、再従兄弟でもある彼はノアにそう囁いた。どうやらこの店の近くに"影"がいるらしいこと、あとは明らかに護衛のような人間がカウンター席で彼女を時折見ていること、そして何より言動や些細な動き、そして話している内容から明らかに彼女は貴族の娘だった。

「……見覚えがないな」

 ノアはこの国に何回も来ている。その際のパーティーなどで出会った貴族たちの名や顔は覚えているが、彼女は見たことがない。ミルクティーベージュの髪に翡翠色の目を持つ彼女を見つめていると、彼女が不意にノアの方を見た。


「いらっしゃいませ。こちらのお皿は片付けますね」
「ああ、ありがとう」
「いえ」


 長い長い人生を送るため、貴族や豪商たちの子息や子女が時折平民たちに混じって仕事や活動をしていることはよくあるとは聞く。しかし、お互い身分のせいかあまり相容れないことも多いだろうに、彼女はこの風景に溶け込んでいた。

 __いや。正確にはテキパキと仕事をしているがその際の言動も所作があまりに綺麗すぎるので浮いてはいる。ただ、浮いているというのに彼女はこの酒場には随分と馴染む。

 きっと彼らの会話からして随分と高位の身分だろうに相手が誰だろうが気にせず会話する。変なプライドを押し付けず、ただ彼らと過ごす時間や仕事を楽しんでいるように見えた。


「__いいな」
「……殿下」


 思わずノアは呟く。その言葉に側近が小さく反応を示す。ノアは曖昧に笑って首を横に振ると、グラスに入った酒を飲む。


(彼女のように自分らしさを捨てずにこんな風に世界に溶け込めたなら、どんなに__)


 そこまで考えて、すぐにないものねだりはやめた。そんなことをしても義務も役目も捨てることは出来ない。何より自分が納得している立場だ。そう、その筈だ。なのに彼女から目が離せないのは何故だろう。


「……__ほしい」

 ノアはぽつりとその言葉を呟く。無意識だった。その言葉を呟いて、それから何を自分が欲しがったのか一瞬分からず戸惑う。

 彼女が今いるような世界が欲しいのか?それとも、あのように自然体でいて少々浮いているはずなのに何故か溶け込めている不思議な性質が欲しのか?それとも、彼女自身が……__。

 そんなことを呆然としつつ考えた時だった。


 __バリンッ!


「うわっ」
「すまん!」


 不意にそんな音が聞こえてくる。すぐ近くから小さな悲鳴と謝る声がした。どうやら騒いだ拍子に誰かがグラスを割ってしまったらしい。酔っ払いのいる場では時折あることなので、ノアは気にしないようにしようとした。


 __ザクッ

「……っ!」


(マズイ……)


 しかし、すぐ近くで起きたせいでガラスが飛んできていたらしい。たまたま手を置いたところにあった透明のそれで手を切ってしまった。思ったよりもザックリ切れて血が流れる。それに気づいた側近とノアが慌てた時だった。誰かがノアの手を取った。


「まあ、血が!」

 __彼女の手に"ソレ"が触れていた。


「お嬢さん、手を離して。血が……」
「血は手を洗えば大丈夫です。……えっと、ガラスは傷口のところには残ってないわね」


 ノアの心臓の音はやけに大きくなった。焦燥とともに頭の奥で警鐘が鳴る。早く離さなければ。このままだと彼女が。なんて考えている自分のことなど知る由もない彼女は平然とした顔で傷口を確認すると、何かをぽつりと呟く。すると淡い光ともに傷口が消えた。


(……治癒魔法)


 アーシェラスの魔法院や治療院にはいるにはいるが、絶対数は少ないその魔法が目の前で使われていた。普通この魔法が使える人間は狙われやすいので、人目のあるところでは使わない。それを分かっているのかどうか心配になったが、それよりも大きな心配事でノアの顔色はこの上なく悪い。


「よし。ごめんなさいね。酔っ払いたちが。__……私は、一旦手を洗ってくるわ。誰か風魔法でガラスを危なくないように集めて。あと今ので怪我した人は戻ってきたら教えてくださいね」
「……あっ」

 ノアに謝ったあと、彼女はそう他の従業員や客に指示を出すと何事もなく目の前を去っていく。


(おかしい)


 ノアも側近たちも彼女を見て呆然としてしまう。近い血縁でもない限り、ノアの血液が触れた時点で魔力に反応して苦しみ出すか倒れるはずだ。毒でいうならノアのそれは即効性なのだ。なのに彼女は、彼女はどうして顔色ひとつ変わらない?


(確かに触れていたよな)


 ノアの心臓は更に大きく音を立てる。視線はすぐ近くまで戻ってきた彼女から離せない。さっさと怪我をした者の傷を治すと彼女は何事もなかったかのようにようにまた働き始める。酒場の雰囲気も元通りになった。

 その空間の中で時間に置いてけぼりを食らったような気分になりながら、ノアはその言葉を無意識に呟いた。


「見つけた」

 __俺の"運命"。


 今まで感じたことのない歓喜に胸がいっぱいになる。「見つけたらすぐに囲いこむこと」なんていう言い伝えが頭の中を過って行く。彼女が貴族なら都合はいい。見た目から年齢は分からないけれど、このような場にいるのなら相当歳上という訳でもなさそうだ。治癒魔法の使い手だから国外に出してくれるかが懸念点になるかもしれない。あとは婚約者や婚約を約束した人がいなければ良いのだけれど。

 つらつらと、今まで考えたことがないようなそれらを思い浮かべて思わずため息をつく。


(なんだか心を拾い上げられた気分だ……)

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