どうやら魔王様と噂の皇太子殿下の溺愛から逃げられない運命にあるようです

珀空

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◆1章.永遠の微睡みを揺蕩う

012.心を掬われるもの(1)

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 __ノア・アスタ・アシェル・ルードウェルは生まれた時から恐怖の対象であった。


 生まれたばかりの頃から、顔は天使のように可愛らしかったが、泣き叫べば乳母や他の世話係を失神させるし、母乳は皇后である母親以外が与えることはできなかった。

 第一皇子であり皇帝の座にいつかつくだろうから、と近寄りたいと思う貴族たちや、そんな彼らから勧められて皇城で勤めていた者たちも利益や繋がりよりも恐怖を先に抱いた。自分の娘を皇后にしたくてもノアの性質上それは難しい。それが高位の者達の間で知れ渡ると幼いながらに命を狙われることもあった。

 幸いしたのは両親である皇帝も皇后もノアのことを大変愛してくれたことだろう。二人は政略結婚だったが大変仲が良く、皇帝の髪と目の色と、社交界に名を馳せた皇后の美しい造形を受け継いだ息子にそれはもうメロメロだった。特異故に色々と手は掛かることもあった。しかひ、逆に手が掛かる子は、それはそれで可愛かったのだ。


「母上、僕もいつか会えるのでしょうか?」
「ええ。きっと貴方も"運命"に出会えるわ」

 ノアの見慣れた世界はいつも他人が見るそれとは違っていた。周りはいつもノアに耐性ができた同じ人間ばかり。それ以外が近づくとたちまち気を失ってしまう。あとは喋るときも気をつけないといけないし、血が流れたら人から離れないといけない。それは幼い子どもにとって、いやそうでなくても大変に苦痛だった。

 何も考えずに触れ合えるのは両親と父の弟である皇弟。そして母の兄、あとは父と母へ譲位して旅に出かけた祖父母くらいだろうか。

 第一皇子である自分の役割を何となく認識できるようになった頃、両親はいつもノアに"運命"の話をした。ノアのように魔力が強く相手を失神させたり、血に触れさせてしまうと苦しませたりしてしまう"特異"を持つ皇族たちがこの国には生きていた。父だって"威圧"の力を薄くではあるが持っているので、相手によっては酷く恐怖を与えるらしい。まあこの国の皇帝という身分だけでも震え上がらせるのには充分だが。

 そんな"特異"を持つ彼らはいつしか何も気にせずに触れ合える"運命"に会って、孤独から解放されて幸せに暮らしたのだと伝えられている。


(こんな僕にそんな人は現れるのかな)


 ノアはその話を信じたかったが、本当に心を許せる人に出会える気は全くしなかった。彼らはこの国の皇族が受け継ぐ"特異"を1つしか持っていなかった。しかし、ノアには2つある。どちらも受け入れられる子なんていないだろうと思った。とにかくこの魔力どくを受けて大丈夫な子でなければならない。最悪"威圧"に耐性がなくたっていい。長い時を一緒に生きればきっと少しはマシになるだろうから。


 ◇◆◇


「……」
「だ、……第一皇子殿下!?」

 側にいる人間以外、みんなノアを見て恐れ戦く。まるで化け物にでも会ったような反応だ。普通なら不敬にあたりそうだが、こればかりはノアの持つ性質のせいだから、と気にしないようにしていた。寧ろ"デメリット"に割と理解のあるアーシェラスや隣国はマシだった。

 一番彼を恐れたのは他の国の者たちだ。第一皇子という身分上、他国に行くこともしばしばあった。"威圧"を上手く制御できないうちは、魔法が当たり前のようにない国や魔法が衰退しかけた国では非常に嫌な目にあった。


「帝国の悪魔だ……」
「呪い憑きかもしれないわ」
「いずれ皇帝になるんだよな。あんな魔王がいる国なんて……」


 ノアが皇族であることも、アーシェラスが大陸一の国であることもみな分かってはいるが、社交界でのひそひそと囁かれる噂は大きくなる一方だ。それはいつしか身に覚えのない噂とともに色々な国へと伝えられていく。

 ノアは全てが嫌になって幼い頃より両親の前以外ではほとんど無表情で過ごしていたが、さらにそれが恐怖を助長させているのかもしれないと思った。だからできるだけ笑顔でいようと思い立った。


「……ひぃ!」


 しかし、それは逆効果だった。できるだけニコニコと笑顔でいようとすると、大層整った顔とその身体に纏うオーラのせいで更に相手に恐怖心と得体の知れなさい何かを煽ってしまうらしかった。それに気づいた頃には、ノアの心はズタボロになっていた。


(父上も母上もまだ若い。……弟妹がまだ生まれる可能性あるし、父上には弟もいるから)


 ノアは正直皇帝になりたくなかった。いずれ自分はその座につく可能性は高い。でもそこについた時、何を信頼すればいいのだろう。

 いつも同じ人間たちだけで出来上がった偏った世界の知識や認識で内政や外交ができる気がしない。人の当たり前と自分の当たり前は明らかに違いすぎる。


「……つまらないな」


 貴族たちに"運命"の言い伝えが知れ渡ると、「我が娘はどうだ」と言わんばかりに女性を目の前に連れてくる。相手を失神させてしまえばやはり慣れたはずの心は痛むし、何故か貴族たちから影で疎まれる。女性にも泣かれて時には半狂乱にさせてしまう。中にはよく分からない恨み言と私情で暗殺者を差し向けてきて、自滅する者もいる。すると社交界にはまた身に覚えのない噂が蔓延る。


 そういう一つ一つが塵のように積もっていき、ノアは何もかもつまらなくなっていた。ようやく"威圧"の制御もできるようになった頃には自国でも他国でも恐怖の対象になっていたし、魔法の扱いは上手くなって人と関わる機会が増えても、思い通りに動かせない、もしくは動かせなくても繋がりを持つのが厳しいため、貴族たちからはいい顔を向けられない。

 馬鹿な者たちは勝手に自滅し、この国から膿を取り除けるのである意味掃除は楽だ。そういう輩は裏で色々とやらかしていることが多い。膿が減れば陰に隠れていた苦しむ人たちの負担が減るはずだ。それを見つけ出して掬うことのできるように務めなければならない。

 自分の心の渇きを解消することを求めて行動するのは皇子として相応しくない。民が幸せになれるのなら、悪魔にでも魔王でもなろう。いつしか頭の中にはそんなことばかり浮かんでいる。いつの間にかニコニコと微笑むことにも慣れてしまっていた。



「__ノア、お前が皇太子なるのだ」
「……は、い?」

 15歳になった時、父である皇帝はノアにそう言った。ノアは流石に表情を崩した。父はノアの前であまり皇太子という言葉を使わなかった。彼の愛情を疑いはしなかったが、皇太子になることは望まれていないとも思っていた。

 父の隣に座る皇弟である叔父もウンウンと頷いている。彼は皇位に興味がないし、ノアがなるのは当たり前だとも思っているらしかった。

 しかし、皇太子になるにはノアは若すぎた。普通こういうものはもっと先になるはずだ。特にこの帝国のような強大な国は誰が皇太子に相応しいのか見極めるために長い期間を要する。皇帝が健勝で、まだまだ他に子が生まれる可能性があるなら特に。これは貴族たちも反対するのでは?と思うが、父の目は真剣だ。


「お前は皇帝に向いているよ」
「しかし、私は……」


 きっと世継ぎは望めない。確かに"運命"は存在するかもしれない。けれど今までの記録を集めて分かったのは誰もが"運命"に出会えたのは随分遅かったということだ。早くて150年、遅くて寿命が残り僅かだと分かった時、そんな時に彼らは運命に出会った。


 確かに出会えればいつも心のどこかにある"孤独"は解消されて幸せに生きられるだろう。でも相手が随分と年上だったら?もしくは相手が短命な種族だったら?そしたらともに過ごせる時間は少なく、そして置いていかれてからまた巣食う孤独が恐ろしい。自分本位な考えではあるが、一度その安らかさを知ってしまうと独りになるのはきっと怖くなるだろう。そして義務である子も望めないかもしれない。

 もしくは自分が随分と歳をとってから出会ったら?確かに自分の晩年は幸せだろう。けれど自分が亡き後、こんな"悪魔"だの"魔王"だのと契った相手はその後幸せに生きられるのだろうか。


 そんなことを考えてしまうと、やはり皇太子というものに恐ろしさがある。勉強も鍛錬も怠ったことはない。視野を広げるために他国に赴く機会だってある。周りの反応を気にすることなどいつの間にかなくなり、堂々と生きられるようにはなった。

 "威圧"の制御できる時間も延びた。本当は社交の場でも制御したいが、それに慣れると周りも慣れる。慣れた周りは戦などいざという時にこの"威圧"耐えられない。敵だけでなく味方も崩す要因になる。また、ノアの体質は、面倒な者たちからのご機嫌伺いが少なくて支障をきたすことは少ないし、膿が自分から出てくれるので色々と役に立つこともある。そして元から恐れられている国ではあるので、案外そんなものだと考えてくれる国も増えた。


 __でも、本当に自分が皇太子に?


「ノア、成人と同時に皇太子にお前を選ぶ」
「……はい」


 ノアは色々と考えたあと父の言葉に頷いた。とっくに痛みなど感じないくらいに傷のついた心が更に抉られることになろうと、例え塩水を垂らされようと構わない。自分は皇族で義務を果たさないといけない。いざという時の切り札を父が考えていない訳がないはずだ。そう思うと何だか張り詰めていたものが少しだけ緩んでいった。


「ノア、……大丈夫。お前はもうすぐ"花"に出会う」


 珍しく城にやって来ていると思ったら、父にそっくりな叔父はそう言ってノアに笑いかけた。自由人な彼は時々ふらりと現れては、にこやかにそんな予言めいたことを言うのだ。しかも、当たる時は当たる。


「……そんな日が来れば僥倖ですね」

 ノアはそう言って曖昧に笑った。でも、こればかりは正直当たる気はしなかった。


 ___しかし、ある日、彼は"運命"と出会う。
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