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◆1章.永遠の微睡みを揺蕩う
011.あの子は可哀想な煌めきだったから
しおりを挟むふんだんにレースがあしらわれ、美しい花の金色の刺繍と宝石が至る所に鏤められた薄い水色のドレス。婚約式では真っ白以外のドレスを選ぶことが習わしなので、今回は殿下の目の色に近いその色になった。
今まで青系のドレスはあまり着てこなかったので似合うのかと思っていたが、数日前に着せられた時には意外とおかしなところはなかった。
今まで着たどのドレスよりも美しいデザインで、そしてなにより高級そうなドレスは前回着た時に"妖精のイタズラ"を受け、更に光り輝いてしまった。妖精のイタズラというのは、妖精が気まぐれにキラキラとした粉のような魔力の塊を人や物に振りかけることである。
元からキラキラしていたドレスが更に光り輝いてしまい唖然としたのは私だけで、他のみんなはそれがあまりにも美しかったからと、そのままにしたのだ。
「__まあ、お嬢様とても素敵です」
ドレスに着替え終えると侍女のエミリーが、このお城の侍女たちと一緒にキャッキャと騒いでいる。鏡の前に立つ私は自分の姿を改めて見た。何故か数日前よりも更にドレスがキラキラしているので、また妖精がイタズラをされたのだろう。
(__いよいよ、この日が来たのね)
椅子に座り、次はミルクティー色の髪を弄られる。この国の婚約式で必ず女性が付けるという髪飾りなどの装飾や化粧を施されながら私はぼんやりと考え事を始める。
殿下とのキス事件(と勝手に呼んでる)が起こってから早数日。あの後、婚約式の日まで泊まるという部屋に案内された私は自分の付き人たちにそれはもう揶揄われた。そりゃ、もうバッチリ見られていたからだ。
ヴィルデなんて「婚約式に心の準備が必要なくなったのでは?」なんて言いやがった。それを聞いて「そうだ。婚約式でも殿下とキス……」という事実に気づき、私の意外と純情だった心はキャパオーバーを起こし、そのまま一旦眠ることにした。
その後、世話をされながら明らかにいつもよりも生温い視線に「あれは夢ではなかったのか」と改めて感じつつ、晩餐会や式の手順の確認、衣装や装飾品の最終調整や確認、皇家の方々への挨拶や食事会、高位貴族たちとの顔合わせ、肌や髪の手入れにマッサージなどものすごく多忙だった。
その合間にちゃんと眠る時間を作ってくれていたことは有難かった。帝国も特に魔力が強くなりやすい高位の貴族になるほど、私のような"デメリット"を持つ者もいるので理解があったのだろう。
「まあ、お嬢様。また妖精ですよ。私、ここまで妖精に好かれている方にお会いするのは初めてです」
「……そうなの?このお城の妖精は随分と人に近い気がするけれど」
この城の侍女はそう言って私の周りを飛ぶ妖精をちらりと見た。
「妖精は皇城の庭園奥では稀に見ますが、それ以外の場所では殆ど見たことがございません」
「そ、そうなの?」
やはり妖精の性質はどこの国でもあまり変わらないのかもしれない。かく言う私は、小さい頃から妖精に"イタズラ"されなれているので、驚きは少ない。
妖精は魔力溜りなどが好きなので、やはり人よりも多い魔力量が好かれることに関係しているのかもしれない。あとは私の魔力の性質が癒やしなので、無意識に出てしまう魔力を浴びに来るのかもしれない。私は歩くマイナスイオン製造機か何かかな?
「お嬢様完成しました。こちらへどうぞ」
エミリーに促されて私は姿見の前に立つ。丁寧に編まれ、花飾りと宝石を施された髪に光り輝く薄い水色のドレス。美しい刺繍やレース、宝石が至る所にあって、ドレスを着ていると言うよりもドレスに着られている感じがする。
化粧された自分もどこか見慣れない。いつも少しぼんやりしている瞳が引かれた朱のおかげか儚げで、そしてその奥に強さが見えるような、見えないような、そんな印象のものに仕立てられた。……なんだか、自分で言うのは恥ずかしい。
「……まあ、お嬢様なんて綺麗なのでしょう」
「本当に」
「思わずうっとりしてしまいます」
なんて言ってくれる侍女たちの言葉が有難い。お世辞かもしれないけれど、そう言ってもらって嬉しくないはずがなかった。侍女たちがニコニコしているので、私も笑う。
ついさっきまで実はガチガチに緊張していたが、気を紛らわすためにしてくれた彼女たちのお話のおかげで随分と解れた。なんだか楽しくなって、鏡の前で少女のようにくるっと回ってみた。すると、先程までフラフラと飛んでいた妖精たちが頭の上にやってきて、髪にまでキラキラと"妖精のイタズラ"が降りかける。
「待って、もういい。もういいわ!」
幼い頃、このイタズラで全身キラキラにされて兄たちに大爆笑された記憶が蘇る。人が眠っている間にそれはもうふんだんに振りかけてくれたので、その日は数回お風呂に入った。それでも綺麗にすると振りかけてくるので、暫くは歩いているとキラキラとしたものが待っていた気がする。
__くすくす、と小さく笑う声が聞こえたと思ったら、妖精たちはどこかへ消えていった。私は小さく息をつき、鏡を見る。まだあの時のような全身キラキラ人間にはなっていなかったので安心した。
「素敵なアクセントがつきましたね」
「……そうね」
エミリーがそう声をかけてくる。髪の毛には思ったよりも掛けられていなかったので、ドレスと合わせてちょうど良い感じになった。
「__セシーリア様、そろそろお時間でございます」
「分かりました」
部屋の扉がノックされ、この国の女騎士が入ってくる。婚約式でも結婚式でも式の前は父親以外の男性と会わないよう配慮されている(いない場合は兄弟や親戚、保護者が会うこともできるらしい)。そのため今日の護衛は女騎士の方だった。
私は部屋を出て廊下を歩く。そして式の寸前まで控える部屋に辿り着いた。扉を開けて貰い、中に入るとそこにはノア殿下がソファーに座っていた。
「__セシーリア」
「ノア、殿下……」
「凄く綺麗だ。よく似合っている」
「……あ、ありがとうございます。光栄です」
ノア殿下は私を見るなり立ち上がって近づいてくる。それから私の前までやってくるとそう囁いた。私は、それはもう顔を真っ赤にしながら頷くことしかできない。
(は、恥ずかしい……!)
「何だかキラキラしているね」
「殿下も、そのとても輝いておられます。素敵です……」
ノア殿下はオーラがキラキラ、私は"妖精のイタズラ"のせいで物理的にキラキラだ。種類が違う。
やはりこの方の正装は破壊力がもの凄い。結婚式では白を着るからか、今回は黒色の衣装だ。胸元には私の瞳の色と同じ緑色の宝石が煌めいていた。金色と白色の刺繍が丁寧に施された美しい衣装を完璧に着こなして微笑むノア殿下の隣にこれから立つのかと思うと色々と不安だ。
「"威圧"は抑えようと思っていたけれど、セシーリアのこの美しさを誰にも見せたくないな。どうしようか寧ろいつもよりも……」
「殿下、そ、それでは式が行えませんわ」
にっこり微笑みながらなんとも不穏なことを言い出した彼に慌てる。もしかしたらこういう所が"魔王"だの"悪魔"だのと言われる所以なのでは?とすら思えてならない。
「……ああ、そうだった。寧ろ式を滞りなく進めてセシーリアを見られてしまう時間を減らす方が良いかな」
「……ええ、そうですわね」
それ以外に返す言葉が見つからなかった。
何故か初日の顔合わせ以降、異様に甘い言葉を吐いたり距離が近かったりする皇太子殿下のせいで私の心は全く休まらない。まるで恋愛結婚するみたい、なんて思わず思ってしまうくらい私の心は浮ついてしまっていた。
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