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◆1章.永遠の微睡みを揺蕩う
010.それは仄かに甘くて苦しい毒
しおりを挟む「__セシーリアとの婚姻を望んだのは、俺の体に"毒"があるからなんだ」
「……__え?」
その言葉を心の中で反芻して、それから思わず声を漏らしてしまった。
(殿下の体に"毒"があるから、私との婚姻を望まれた?……それは、どういうことなんだろう)
「毒、ですか?」
「そう、怖い?」
先程までのニコニコとした顔も暗い顔も消えてしまった何も感情が読めないその表情を見つめる。彼は何を思ったのか立ち上がって、私から1歩距離をとった。しかし、すぐに私も立ち上がりその距離を詰めた。
「……っ」
「ど、毒って、殿下は大丈夫なのですか!?お気分が悪いとか、身体が動きづらいとかは?……わ、私の治癒で治せるなら治します!」
(毒は……__あれはダメだ。苦しいし、痛い。もがきたいのに身体が動かなくなって、暑いのに寒くて、それで……__)
「せ、セシーリア、俺には無害なものだから大丈夫だ」
「本当ですか?」
「うん」
私のあまりの勢いに押されたのか、殿下がたじろいだので私はハッとして距離をとった。
「申し訳ありません。その、詰め寄ってしまって」
「いや、良いんだ。……寧ろこちらこそ驚かせただろう?まだ言わない方が良かったのかもしれない……」
「いえ、言っていただけて良かったです。もし、殿下に何か不調があって、それが私の力で治せるものならあの苦しさをなくすこともできるでしょうし」
「……」
そう言うとノア殿下は目を見開いて固まっていた。ぱちぱちと瞬きをして、それから私に向かって手を伸ばしてきたので私も手を差し出す。私よりも少しだけ高い体温が肌に触れる。
「……__殿下?」
驚いた表情から一変、何かを耐えるような表情をした彼は私の手をギュッと握った。痛くはない程度の力なのでされるがままになる。私はノア殿下の顔と握られた手を交互に見た。
「……っ、すまない。今日は本当に驚きの連続で頭も心も追いつかなくなってしまっていた。セシーリア、座りなおそうか」
「は、はい」
ノア殿下に促され、ガゼボ内のイスにまた座る。それから2人とも一旦落ち着くために予め準備されていたお茶を飲むことにした。
「セシーリア、先程は言い方が悪かった」
「はい?」
お茶を飲んで一息つくとノア殿下がそう切り出した。私はそれに反応して、それから言葉の続きを待つ。
「俺が先程言った"毒"というのは"魔力"のことなんだ」
「魔力、ですか?」
「そう。我が皇家は代々不思議な体質のものが多いんだ。例えば先程の"威圧"とかもそうだし、"この魔力"もそうだ。ただ大抵はここまで強くはない。しかし、俺は両方を持って生まれたし、両方とも強かった」
「……」
魔力というものは体内と意識して放出されたものでは性質が異なる。というか、変えることができるのだ。例えば、私のように癒やしの魔力が体内を流れていても、治癒魔法以外の炎魔法や水魔法、生活魔法なども性質を"言葉"や"思念"、"魔法陣"などで変えて使うことができる。
だからノア殿下の場合も意識して放出されたものは性質が変えてあれば相手に害を及ばさないはずだ(攻撃魔法などは除く)。しかし、誰でも"無意識に放出してしまう魔力"がある。だから魔力量が多いタイプの者は特に周りの人間に影響を与えやすい。
ノア殿下は相変わらず握られたままの手を見つめ、それから庭園へと視線を移した。私はその横顔を見つめる。
「両親や兄弟とか近い血縁ならば害は与えないし、俺の近くでずっとともにいる者には耐性ができた者もいる。けれど皇太子としてそれではダメだった」
「……」
「無意識に出てしまう魔力はどうにか抑えられるようになったけれど、魔力は"血液"や"唾液"などにも宿る。あとは……__」
そう言ってノア殿下は言葉をやめた。しかし、私はそれをなんとなく察する。私たちの体で魔力が宿るのは血液、唾液、そして男性ならば精液などがある。
皇太子で世継の件も重要であるノア殿下にとってこれは大変な問題だ。ノア殿下曰く血はできるだけ流さないよう誰よりも強くなるために鍛錬したし、少量でも出てしまった場合は近しい人間以外を一旦離すらしい。唾液の方はどうしても飛沫が飛ぶので、常に透明の膜のようなものを魔法で口元に展開しているとか。
「皇家の言い伝えだとこの"毒"が効かな相手と巡り会う不思議な縁が必ずある、とされている。けれど俺のような皇族は随分と生まれていないし、本当にそんなことが起きるのだろうか?と半信半疑だった。……あのときセシーリアと出会うまでは」
「……え?」
「父上も母上も若いしまだ兄弟は望めるかもしれないから、その時は……なんてそんなことも思っていたけれど__って、そんな驚いた顔をしてどうした?」
「あの、ちょっと待ってください!あのとき、ですか?……大変申し訳ないのですが、私は殿下とお会いしたことがございません」
社交の場ではもちろん、私が生まれてからこの国の皇家の方を屋敷に招いたこともない。どこかでもし会ったとしても、私についている者たちは爵位を実は持っていたり、昔は城で騎士をしていたり、祖父母や両親、兄たちについていたのでノア殿下の顔は見たことがある者がほとんどだ。
この素晴らしいご尊顔なら記憶から消せなさそうだし、何より目立つ。
「セシーリアとは一年以上前にデュアラーツ侯爵の領地で会ったんだ。……ああ、そっか。そういえばあの時は認識を曖昧にする魔道具を使用していたから、それの影響で覚えていないのかもしれない。それに結構地味な格好をしていたし。あと威圧の方も短時間ならどうにか制御できるんだ」
(いや、地味な格好してても多分この方は凄く目立つ。いや、絶対目立つ)
「え、領地ですか?そういえば確かに一年以上前に1日ほどいらっしゃったと聞いています。ですが、私と一体どこで出会ったのでしょうか?」
学園を卒業してから基本的に屋敷からほぼ出ずに勉強や趣味、あとは昼寝をしているため、屋敷に招待されていない限り出会わないはずだ。他に可能性があるとしたらリーカの酒場、か。
「とある酒場だ。宿に泊まった際に居合わせたほかの宿泊客が随分と美味しいと褒めていたから気になってお忍びで行ったんだ」
「確かに私は時々酒場の手伝いをしていたので、そこでなら殿下と出会うことも可能ですね」
(いや、でもそんな所に皇太子殿下が来るとか普通思わないよ)
「そこでちょっと騒ぎがあってね。近くの客のグラスが割れてしまってたまたま怪我をしてしまって」
「え"っ!?」
「俺はあの時久しぶりのお忍びでつい油断していた。まさか慌てて寄ってきた君が、俺の血に触れてしまうとは思わなくて」
確かに酔った客が騒いでグラスを割ってしまうことがあった。前世だとちょっとあれだが、この世界ではそういう騒ぎ方を酔ってする人も少なくない。しかし、皇太子殿下に怪我させたのはちょっとやばい案件なのでは、と思ってしまう。
(そういえば確かにそんな騒ぎで怪我した人に駆け寄って傷にガラスが刺さったままでないか確認したかもしれない……)
それをしないと破片が刺さったままになるので治癒魔法を使うと大変なことになる。きっとその時に血に触れてしまったのだろう。こちらとしては触れてしまったら、とにかく綺麗に洗って生活魔法のクリーン的なやつで綺麗にするので気にしてなかった。
「驚く俺のことなんかお構いなしに普通に触ってしまっていたから、倒れないかとか苦しそうじゃないかとかようすみをていたけれど君は変わらない様子でそのまま仕事をしていたから驚いたよ」
「……」
「でも、本当にこんな縁があるんだと思った。……酒場で楽しそうにいきいきと働いて、綺麗な笑顔のまま優しく丁寧に客と話す君に心を奪われていたんだ。まさかその娘が言い伝え通りの娘で、もうすぐ俺の妻になるなんて……」
「へ?」
心を奪われる?……一目惚れ?いやいや、まさか。あれだよね、"あの子いいなー。ちょっとタイプかも"みたいなやつだよね?ね?
そう考えながら彼を見るとその目が妙にギラついている。あれだ、獲物は逃がさないとかそういう視線だ。なんか距離も近いし!
「皇家の言い伝えには"見つけたらすぐ囲いこめ"っていうものがあるんだ。君はまだ若いけれど、見つけたタイミングによっては大変なことになるらしいし」
「……」
(確かに昔は今よりもっと婚約する歳は早かったから少し時間が空くと大変昼ドラチックなことになるかも)
「あの後帰国してからすぐに君について調べたり、向こうの王家に掛け合ったりした。まだセシーリアは18歳だから婚約とかの心配は大丈夫だから落ち着けって言われたけれど、調査をすると君は随分"人気者"だって気づいたんだ」
「だから婚約の申し込みを?」
「そう」
確かに私はある意味で人気者だ。例えば、私が使える治癒魔法自体が珍しいため、ある程度使い手がいる自国やこの国ではそこまでだが、使い手の少ないことが多い他の国からしたらこの力を欲しがる人は沢山いる。そのため誘拐されかけたことが何回もあった。
あとはこの不思議な物に好かれる性質に研究者に目をつけられたりもするし、意外と私のこの顔は綺麗らしい。毎日鏡を見ると確かに前世よりは……、と思うけれどヴィルデたちに聞くまでは、そこまで人気がある顔だとは思っていなかった。まあ身分もそれなりだし、領地も豊かで広いからそれの影響もあるから人気なのだろう。
「……婚約の話は分かりました。でも1つ疑問なのですが、何故こんなに結婚までの期間が短いのでしょうか?」
そう問うとノア殿下は暫し考え事をするように目を伏せ、それから私の手を握っていた手を離した。
「__ああ、それはね。__そうしたらセシーリアはどこにも逃げられない、でしょ?」
「……へ?」
ノア殿下はそう言うと微笑んで、それから顔を近づけ私の唇にキスをした。
「ああ、ほら。やっぱり君だ……」
呆然とする私を見てノア殿下が笑う。確かに彼のそれに触れたがどうもない。うっとりとした表情の奥に潜む熱と、先程触れた唇から滲んだ甘さに私は完全に思考を停止させた。
(あれ、もしかして何かの片鱗をもう見ちゃった……?)
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