どうやら魔王様と噂の皇太子殿下の溺愛から逃げられない運命にあるようです

珀空

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◆2章.まだ色付かない心に溺れて

20.長すぎる夜を半分こ

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 私がアーシェラスに来て2ヶ月ほど経った。


 ティティはやはり皇城に居着いてしまった。ドラゴンは神の使いと考える者も多い。そのため、それが降り立った皇城の評判と他国から見る脅威度は随分と上がったようだ。

 そして、何故かノア殿下の"恐ろしい噂"も増えたらしい。ノア殿下は、侮る者や裏で色々と企むものが動きづらくなって減るので、寧ろ喜んでいた。


 皇城での皇族の方との生活にも随分と慣れ、お妃教育の方も皆の予想よりもはるかに進みが早かった、らしい。多分私の体質的に休憩時間が長過ぎて中々進まないだろうと予測されていたのだろう。

 しかしながら、短時間集中で素早くコツを掴んで身につけられるように色々と自分なりのやり方を工夫して生きてきたからか、寧ろそれのお陰で習得が早かった。



「__お茶会、ですか?」
「ええ。マナーも問題ありませんし、この国の貴族や各領地のことなどももう覚えられてしまったでしょう?本当はあと2ヶ月ほど先にしようと思ったのですが、今月の終わりに帝都に滞在されている貴族の女性を招待してお茶会を開きましょう」


(なるほど、だから招待状の書き方を現在進行形で習っているのか)


 今日はパーティーへ招待する際などに送る招待状の書き方を改めて勉強しましょう、と言われた。それを始めて約2時間ほど。私の筆頭教育係であるバーリア夫人がそう伝えてきた。

 皇族の婚約者になった者は、ある程度マナーや常識などがある程度身につくとそれを見せたり、皇族からどれくらい大切にされているかなどを披露したりするためにお茶会を開く。私の場合は婚約期間が短いので数回しかないが、この場は割と重要だ。

 こういう場に招待されるのは高位の者で、社交界でも人の中心になる者が多い。

 皇族の婚約者の言動や、その者の衣装や身につけている装飾品、お茶会を開催する場所、セッティングされたお茶やお菓子、あとは身の回りを世話する者たちの態度、城にいる高位の貴族や皇族たちの態度からどれくらい大事にされているかの評価をされる。そしてそれが社交界で噂されるのだ。


「……」


(そういう時に限って、絶対にやらかすわ……)


「セシーリア様なら大丈夫ですわ。それに今回招待する方々はもちろん高位の貴族の奥方や子女ではありますが、少々失敗したところで悪く言われることはありませんよ」


 そう言ってバーリア夫人がにっこりと笑う。基本的に指導の際は無表情な方なのでなんだか新鮮だ。


「……」
「セシーリア様は招待される方々と比べると随分とお若いですし、婚約期間があまりにも短いことと、ノア殿下のことで寧ろ心配をされると思われます」


 確かにこの短期間にお妃教育を詰め込まれているという事実は、傍から見たら恐怖かもしれない。

 私は元からわりと多趣味であることと、人に後れをとりたくないことによる負けず嫌いのような性質であるため、割とできることも多かった。そしてそれらの経験を活用して現在のお妃教育もどうにかできているが、それがなければ確かに短期間でのお妃教育は内容的に色々と恐怖だ。


 そしてノア殿下に関しては、やはり噂がこの国内でも色々とあるようだし、高位の貴族になれば彼と会う機会も多いだろう。美しいけれど、近寄れない。近寄れても手に入らない人、と言われていたのを聞いたことがあるが、確かにそうなのかもしれない。

 大抵、貴族の子女なら王族の妃になることを夢見る人も多い。しかし、ノア殿下に関してはそれが叶わないと知っているだろうから余計に色々とあるのだろう。


「きっと皆さんは、セシーリア様にできるだけ好印象に残るようにされるでしょうね」
「……へ?」


 バーリア夫人の言葉に首を傾げる。それはどういうこと?と思っていれば、彼女は更に続けた。


「貴族から見るとノア殿下は決して手に入らない高嶺の花でございます」
「え、ええ」
「しかし、ノア殿下とセシーリア様はあと数ヶ月でご成婚をされます。すると、お二人の間には数年後には既にお子がいらっしゃるかもしれません」


(た、確かに……!)


 確かに前世の世界よりも妊娠する確率は低いと聞いた。しかし、だからといって結婚して直ぐに子どもができる家庭がないわけでもない。よく考えたら、うちの1番上の兄であるヴィンセントは両親が結婚してから割と直ぐに生まれている。


「だから、ノア殿下は無理かもしれませんが、お二人の子ならば必ずしもノア殿下のような性質で生まれてくるとは限りませんのでまだ望みがあります」
「だから今のうちから私にできるだけ良い印象を残そうとされる、と」
「はい。その通りでございます」


 確かに数十年、数百年の歳の差婚をする人は沢山いる。特に貴族ならその傾向が強い。子どもの性別がどちらであったとしても、皇室と繋がりたいものたちは自分や自分に近しい者を、今のうちからアピールしておきたいだろう。


(盲点だったわ……)


 前世の記憶がやはり私の考えをこの世界のものさしで見られなくすることがあるようだ。自分の子が自分よりも歳上の人と結婚することなんてよくある話なのに、その可能性があることがすっかり頭から抜けていた。


(更にお茶会が憂鬱になったわ……)


 私は思わずため息をついた。



 ◇◆◇



「__今度、お茶会をするらしいね」
「はい」
「父上と母上から許可を貰えたから、母上の庭園で開くと良いよ」
「よ、よろしいのですか?」
「うん」


 ノア殿下はそう言うと私の額にキスをする。その行為には未だに照れるが割と慣れた。やはりノア殿下はスキンシップが多い。

 所構わずイチャイチャを仕掛けてくるのは、やはりあの仲の良い両陛下のイチャイチャを近くで見続けてきたからだという見解は正しいとノア殿下の側近の方も言っていた。


(それにしても皇后陛下の庭園か……)


 その庭園には、皇后陛下に招待されて数回訪れたことがある。その庭園にはもちろん皇后陛下の名前がついていて、辺りに咲いている花や植えられている木も皇后陛下の好みだ。

 庭園奥にある木はノア殿下が生まれた日に皇帝陛下が植えられたとても珍しい木らしく、1年に数回その時々で違った色の花を咲かせるらしい。たまたま行商人がとても珍しいからと苗木を持ってきたらしいが、どれだけ調べても木の名前が分からないため両陛下はあの木を見て「ノア」と呼んでいた。自分たちの息子の前で。

 ノア殿下はその様子を見て、気恥ずかしそうにされていたのがなんだか新鮮だったのでよく覚えている。いや、でも確かに自分の両親が木を見て、自分の名前を語り掛けているのは恥ずかしいかもしれない。


「父も母も、そしてもちろん俺もセシーリアのことを大切にしたいからね。これくらいは普通だよ」
「ありがとうございます」


 この皇城には、これまでの皇后の名のついた場所や施設が沢山ある。その場所をパーティーなどで利用することは多々ある。

 しかし、皇太子殿下の婚約者である私の最初のお茶会を開く場所が、皇太子殿下の実母である皇后陛下の庭園であるということは、それだけ婚約者である私が彼らにとって大事だと言っているようなものだ。

 それになんだか照れてしまって私は顔をゆっくりと伏せた。



「……ひゃっ!」
「ふふ」


 すると急にノア殿下が首筋のところを手で辿るように触れた。突然のことに驚いて変な声が出る。上からはくすくすと笑い声が降ってきた。


「殿下……!」
「今は二人なんだからノアと呼んでいいのに。ごめん、照れているのが可愛くてね」


 ノア殿下はにっこりと笑ってそう言った。顔が近いので少々圧が強い気もする。


「せっかく週に一回の婚約者と夜を過ごす日なんだからこれくらいは良いでしょう?」
「……」


 ね?と言われて私は小さく頷く。


 そうなのだ。今日は先週から始まったノア殿下と一緒の部屋で眠る日である。なんだか"夜を過ごす"という言い方はアレな気もするが、間違ってないので何も言えない。

 ちなみに私はベッドの端に座るノア殿下の膝の上に横抱きにされております。割としっかり固定されていて逃げられません。


 基本的にアーシェラスの皇族は力の強弱はあれど"威圧"を持っていることが多いので、いくらそれに耐えられる者を選んでも長時間はさすがに無理な時があるらしい。それを婚約者のうちから慣らすことと親密さを確かめることが目的らしい。


 こればかりは"しきたり"なので、長時間一緒に居てもノア殿下の"威圧"に耐えられた私だろうと関係はない。寧ろノア殿下の方が、その性質上周りは今までずっと見知った気配ばかりで過ごしている時間の方が多かったので、私という者に慣れる必要もあるだろうと言われた。


「……っ、んん」


 考え事をしていると、顎に手を添えられて上をむく姿勢になり唇を奪われる。それも割と長い時間。

 この世界、寿命が長すぎるため色々と相性の良い相手を長い期間をかけて見つける人もいるからか婚前交渉の概念が緩い。

 さすがに皇族(王族)や高位貴族と婚姻を結ぶ際は、他人の子を実子だと主張されることを避けるために、前に関係を持った期間が随分と空いていることを証明できることが条件となる。

 私の場合はまだ18歳だし、恋なんかしたこともなければ、色恋よりも趣味と睡眠ばかりを中心にして生きてきたし、ちょっとのことで照れまくるので、みなが何となくお察しの通り生娘である。


(うう、絶対にそろそろ食べられる……!)


 前回、一緒の部屋で過ごした時はひたすらにキスされ続け、頭と背中をよしよしと撫でられまくった。気が付いたら眠っていて、目を開けたら満面の笑みのノア殿下が私を抱き枕にしていたので恥ずかしかった。


「……っ」


 今回は首筋にまでキスが降りてきている。今日は一応ではあるが、ノア殿下の部屋に訪れる前に睡眠の時間をとるように促され、身体を隅々まで磨きあげられてはいる。

 周りは「やるならどうぞ」なのだ。色々と察されるのは恥ずかしいが、婚約関係であるし、もうすぐ結婚なので別にいつ本当の意味で"夜を共にしても構わない"らしい。そして婚約の段階で子ができる貴族も割といるので、もしできちゃっても喜ばれるだけで何も言われない。


(分かってる。分かってはいるけど、心の準備が__!)


「セシーリア、ほら俺に集中して……」


 すぐそこまで迫った美しい顔がふわりと綻んだ。

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