どうやら魔王様と噂の皇太子殿下の溺愛から逃げられない運命にあるようです

珀空

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◆2章.まだ色付かない心に溺れて

019.彼女が居なくならないための鎖に

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 先程の出来事から少し経った。


 ドラゴンの被害はこれといってなく、一旦セシーリアから話を聞いて後ほど伝えることを言い含めて騎士団の者達を各持ち場に帰した。

 みな、滅多に見ることのないドラゴンと皇太子の婚約者との関係や、何が起きているのかについて興味津々だったが、彼らがここにいることで至る所の警備は薄くなるし、このままいてもこの様子だと場はさらに混乱しそうだった。


「ティティ、戻って」


 何故か"あの"ドラゴンと親しげに接し、顔を寄せるとその鼻先を押し返すセシーリアにノアだけでなく、いつも一緒にいる彼女の付き人や、ノアの側近、騎士団の者達や他に集まってきたものたちも頭を抱える。

 目の前では一人の小柄な少女の前で、親に叱られた子どものように頭を垂らし反省しているような様子の大きなドラゴンが、一瞬のうちに小さくなった。そして小さくなるとセシーリアを見上げて「キュー!」と涙をポタポタ流している。

 余談だがドラゴンは基本的に"泣かない"のでドラゴンの涙は酷く貴重である。それが勢いよくドラゴンの目から溢れ、そして地面に吸い込まれていった。


 そんなあれこれがあって場所を移した。そして改めて話を聞こうとしたが、セシーリアも実は酷く混乱しているらかったので、一旦お茶にしてノアは落ち着くのを待った。



(__それにしても、セシーリアが来てから色々ありすぎる)


 彼女がこの国に来てからまだ一ヶ月ほどしか経っていない。しかし、皇城内では彼女が来てからというもの色々な変化が起きた。


 まずは妖精がよく皇城の敷地を彷徨うようになった。妖精や幻獣、あとはドラゴンなどは魔力溜まりという自然の中で魔力の溜まった場所を好む。基本的にそれは自然の中にあるのだが、このアーシェラスの皇城は国内でも魔力の多く溜まる森を敷地内に有している。そのため妖精や幻獣は割と近くにいた。

 彼らは基本的に何もしなければ何もしてこない。皇城の者たちも薬草などを採りに行く際に出会うことはあれど、お互いに基本関わらない。

 しかし、そんな森の中で過ごしていた妖精たちは、セシーリアが来てから、彼女の周りを中心に城内を漂うことが多くなった。数年に一人くらいしか例のない"妖精のイタズラ"を受ける者も最近多い。

 あとは敷地内の動物や植物たちの活性化が凄まじい。特にセシーリアがよくお茶をする庭園内やその近くにある自然の中に住むものたちの活性化が顕著である。自然内の魔力の循環に関わる彼らが良くなると城内に溢れる魔力の質も上がるため、薬草園などで質の良い薬草も多く取れているとの報告もあった。


 他にも色々と変化があった。全てがセシーリアの影響でないにしても彼女がこの国に来てから良いことが増えた気がする。


(癒やしの魔力を含め、彼女は本当に想像以上の人だ)


 彼女の魔力は人の傷だけでなくその人自身や周りの環境すらもを癒やしているような気がする。よく彼女のような者がこの国に来てくれたなとつい考えた。貴重なドラゴンと交流があることをまさか彼女の出身であるカシスティアが知らぬわけがない。

 こういう者は色々と加護があるだろうと自国の王族が娶ることが多い。しかし、彼女がこの国に来たのはどうしてだろう。体質のことがあるからだろうか?それともかの国は少々不思議な国ではあるので、この国とは考え方がちがうのだろうか。


 そこまで考えて、ふと立場柄か人のことを有用かどうかで見てしまっている自分に気づいてノアは小さく息を吐いた。


(別に彼女がどんな力を持っていても、持っていなくても自分は彼女とともに居たいくせに)


 まだほんの僅かの時間しか一緒に過ごしてはいない。

 けれど、やれば割と何でもそつなく熟してしまう所も、構いすぎると皇族の自分相手でも少し面倒くさそうにする所も、案外おっちょこちょいで抜けているところも、眠そうにしているところも、__……とにかく彼女のどんなところもノアにとっては新鮮だった。

 きっとそれが他人だったらなんとも思わないような所でさえ、彼女のことだったら気になってしまう気がする。

 たとえこれが"呪い"でもそれならそれで良い。そればかり考える。寧ろこの"呪い"が解けなければ良いなんて思ってしまう。




「__殿下、すいません。先ほどは言い方を間違えました。……ティティは"兄のようなもの"、という表現が正解です」


 少し落ち着いたのかノアにセシーリアはそう切り出した。ノアは考え事をやめて、自分の隣でそう言ってシュンとするセシーリアを見つめた。彼女の足元には小さくなったドラゴンがいて、「キューキュー」やら「ティー、ティー」やらと鳴いて彼女に甘えている。

 何となく彼女がそのドラゴンを「ティティ」と呼んでいる理由が、その中々聴かないような珍しい鳴き声から分かった気がする。


「__そう、なんだ」


 ノアは頷いてはみたが、それでもやはり少々混乱している。どんなに考えてみても普通ドラゴンのことを"兄"だとか"兄のようなもの"とかという表現はしないからだ。


「そのどうもこの子の親のドラゴンが私のことを"娘"扱いするので、ティティもこんな感じで。……ちゃんとお別れしたはずなのに」


 セシーリアはティティを見つめてそう呟いた。


 彼女曰く、ドラゴンは自分の子どもや兄弟にしかしない習性があるらしい。例えば、自分が内包する魔力を纏わせるマーキングまがいをするという。これは迷子防止と、巣立って遠くに行ってしまった時に互いに分かるようにするためらしい。

 それから一緒に狩りをしたり、遊んだり、昼寝をしたりする。これは他のドラゴンの子どもたちとも一緒になってすることもあるが、休息をとる際に使う巣は基本親と子しか入れない。たとえそれが親ドラゴンの兄弟であったとしても巣に入ることは許されないらしい。

 セシーリアは幼い頃、鍛錬する兄に憧れて庭で木刀を振り回していた時に当然空からやってきたドラゴンに攫われた。気が付いたら雲の上を飛んでいて、気が付いたら巣の中に放られ、ティティと一緒になって親ドラゴンから魔力を浴びせられ、寝かしつけられ、餌付けのようなこともされた。

 ドラゴンは基本1番幼い家族から寝かしつけたり、食べ物を与えたりするのでティティよりも先にそれをされたセシーリアの方が"妹"らしいのだ。そんな訳で何故かドラゴンの家族認定されたセシーリアは、家の者が迎えに来て連れ戻してもらってからも交流は続いた。

 しかし、この度婚姻を結ぶということで、お別れをしっかり告げてきたはずだ。それなのにここにセシーリアにじゃれつきながら纏わせた魔力を辿ってきてしまうとは思わなかった。


「まさか来てしまうとは……」
「相当寂しかったんだろうね」


 セシーリアの話を聞き終えて、ノアは相変わらず彼女にべったりのドラゴンを見る。少々もやもやしている自分に気づいてむしろ笑えてきた。

 ちなみに彼女がドラゴンについてよく知っているのは、彼女の母方の祖父が、当主の座を自分の嫡男に譲った後、ドラゴンの研究をしているかららしかった。そういえば彼女の祖父の名や、その研究についてはこの国でもたまに聞く。


「セシーリアの兄なら、義兄上と呼んだ方がいい?」
「いえ、色々と紛らわしいです。ティティで結構ですよ」


 ドラゴン相手に「義兄上」呼びをする皇太子殿下とかなにそれ怖い。と、セシーリアは想像して苦笑いを浮べる。彼の噂がさらにもの凄いことになりそうである。


「そう。……じゃあ、ティティ。もし君がここにいたいならいてもいいよ」
「キュ?」
「ちょっと妬けるけど、慣れ親しんだ君がいた方がセシーリアも少しは気が楽だろうし」


 何となく帰りたくなさそうなその様子を見てノアがそう語りかけると、ティティは嬉しそうに羽根をばたつかせた。ドラゴンは、会話はできないが、賢く、ヒトの意思も理解できると聞いていたのでノアの言った言葉はきちんと理解しているだろう。


(何だか目の感じがセシーリアに似ている気がする)


 ドラゴンの中でも最上位種である漆黒の色を持つティティの目の色はセシーリアと同じ緑色だ。"威圧"を制御していない今のノアのことなど気にすることなくしっかりと見据えてくるその姿が何となくセシーリアに似ていた。


「セシーリア」
「はい?」
「ティティに構うのもいいけれど、俺にもしっかり構ってね」
「えっ」


 ノアは、何となく彼女とティティの様子を見ていたら、自分との時間が減ってしまう気がした。セシーリアと過ごしてきた時間は、あまり多くはないが、セシーリアはどちらかというと直球で言葉を伝えた方が良いタイプであると知っているし、あと驚きながら照れる姿がとても可愛らしいのだ。


 ノアは少し顔を赤くしたセシーリアを見て薄く笑みを浮かべる。ティティがそんなノアを見て目を細めたことに気が付いたが、ノアは知らないふりをした。



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