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◆2章.まだ色付かない心に溺れて
018.心配性はやはり居ても立ってもいられない
しおりを挟む「……外が何だか騒がしいですね」
「そうみたいね」
「俺が見てきましょうか?」
お妃教育の合間にある睡眠をとる時間が終わり、そろそろ次の授業が行われる場所へ移動しようとしていた時だった。
皇城の廊下を歩いていると、何処からか大勢が騒いでいる声が聞こえてくる。それはどうやら外からのようだ。室内からは何が起きているのか分からないため、私とヴィルデ、新しい侍女のルエン、そして新しい護衛のジーンは顔を見合わせた。
異常時になるという警報は鳴っていないし、連絡も今のところは来ていない。しかし、何かは起こっているらしい。
「ヴィル、何か聞こえない?」
「んー?……何か来たって言ってますね。あー、ちょっと魔法使うので待ってくださいね」
「お願い」
ヴィルデは音に集中するように目を閉じる。その瞬間ふわりと風が舞って、廊下を吹き抜けていく。
ヴィルデは元暗殺者ということで情報収集の手段を多く持っている。今使ったのは風魔法の一つで遠くにある音を聞くことができるらしい。
最初に"調整"する必要があるらしく遠くの声たちに耳を傾け、ゆっくりとそれを反芻する。そしてその"調整"をぴったり合わせるとヴィルデはその言葉を口に出した。
「__お、りてくる?……や、ば、い、報告、しろ?__ドラゴンだ。陛下に報告を」
「まあ、ドラゴンですって!?」
「それはマズイのでは……?」
(まさか……!)
ヴィルデの言葉にルエンとジーンは顔を見合わせる。ドラゴンというものはどこの国でも神聖で、そして恐ろしいものの象徴である。顔を真っ青にする侍女と護衛の横で私は顔を覆った。
「__嫌な予感がするわ」
「え?セシーリア様?」
「セシーリア様、危険です!授業はどうにでもなるので騒ぎが落ち着くまでどこか遠い所へ避難を……」
私の呟きに首を傾げたルエンとジーンは、虚ろな目で騒ぎの方へと足を向けようとする私の前に立ちはだかる。
「もしかしたら逃げても"無駄"かもしれないわ。……いや、確実に逃げるより向かう方が被害とか諸々が抑えられるはず……」
そんな私の呟きの意味など分かるはずのない二人は困惑するが、それでも私を引き留めようとする。それをヴィルデが制した。
「あ、あの、ヴィルデ様……?」
「この鳴き声は聞き覚えがあります。お嬢の言う通り、逃げるよりは向かう方が良さそうですね。"あれ"は腹を立てると火を吹くし、建物も躊躇なく壊しますよ?」
__そうなったらこの美しい皇城や、かつての皇帝陛下たちが愛する人を思って築いたものが壊れてしまうかもしれない。
そう思うと居ても立ってもいられない。
「ヴィル、近道をするわ」
「それはちょっと止めた方が……、って、ああ!お嬢!」
「え?……きゃー!セシーリア様!」
少々はしたないが私はすぐ近くの部屋へと入り、その部屋のバルコニーへと出るとさっとそこから飛び降りた。ちなみにここは3階である。着地する時は風魔法を応用して足に纏わせているので衝撃も全くないが、躊躇なく飛び降りる姿は普通に見ている方からしたら恐ろしいだろう。私に困惑する声が向けて掛けられるがそれどころではない、と走り出した。
「ああ、お嬢!何歳になってもそういう実はお転婆な所が治らない……!」
「……せ、セシーリア様、とても身軽なのね」
「最近の方は何と言うか恐ろしいですね……」
三人とも私の後を同じようバルコニーから飛び降りて追いながら、一人は頭を抱え、残り二人は意外とそういう所がある私を見て思考が追いついていないのか、困惑しつつもちょっとおかしなことを呟いた。
◇◆◇
庭園を二つほど走り抜ければ、人集りが見えてくる。その真ん中に"それ"は存在していた。
息ひとつ乱さず、その場に立ち止まって様子を伺っていると私に気づいたらしい何人かが悲鳴混じりに声を上げる。
「な!セシーリア様!どうしてここへ!」
「セシーリア様だと?本当だ。……セシーリア様、ここからできるだけ離れてくださいませ」
騎士団でも腕の立ちそうな人達が私の前へ移動してくる。そして私をここから追い返そうと迫ってくるが、私はそれをひらりと躱してその人集りに入った。
「セシーリア様!そちらは……!」
と、慌てふためく声がするが悠長にしている時間はない。中央の"それ"に近づくために一番前へ出ると、"それ"は私にすぐに気づいた。
「ぎゃおっ」
「セシーリア様!?お逃げになってくださいませ!」
こちらを見て鳴いた"それ"、__漆黒のドラゴンは随分と大きな図体でこちらにのそのそと近づいてくる。それに恐怖しながらも、私がいる手前逃げられない周りの人間たちの恐怖が伝わってきて申し訳ないと思いながら、彼らが私の前に来ないように制する。私を逃がそうとする声を無視して私は"それ"を呼んだ。
「__ティティ!」
「グオオッ!ギュオッ!」
そう叫ぶように言うと、ドラゴンは私にさらに近づき鼻先を私の頬にくっつける。
「__は?」
「……ティティ?……え、セシーリア様?」
それを見て呆然としているのはここにいる殆どの人間だ。ドラゴンは人嫌い、というよりも人前にまず殆ど姿を現さない。高く空を飛んでいる姿を見られるだけでも"幸運"であるし、基本的に童話の中の存在であるためか、実際にばったり会ってしまうとその逸話から恐怖ばかりを覚える。
そんな存在に擦り寄られている私に困惑の声を上げるのは仕方がないだろう。
「セシーリア!」
「ノア殿下……」
報告があって慌てて来たのだろうか。そちらを見ると最近見なれた方が走り寄ってきた。彼の髪型がいつもよりも乱れている。そういえば今日は視察が入っていると言っていたので、視察先から慌てて来たか、帰り道を急いだのだろう。
今は"威圧"を制御していないのか、それともドラゴンへの恐怖のためか、腰を抜かしている人たちが数人見えた。
「えっと……」
ノア殿下はドラゴンに擦り寄られている私を見て、他の者達と同じように困惑の表情を見せたが、すぐに表情をいつもの澄ました顔に戻して私のすぐ近くまで近づいてきた。
「ぎゅああ!」
「ティティ、ちょっと黙って」
「ぎゅお」
近づいてきたノア殿下に威嚇し始めたティティを制し、私はノア殿下に向き直る。
「随分と手懐けているけれど、そ、そのドラゴンは?」
「この子はティティです」
とりあえず名前を教えると、ノア殿下は苦笑しつつ頷いた。顔が物語っている。「違う、そうじゃない」と明らかに言っている。しかし、それ以外に私に言えることはあまりない。
「そ、そうなんだね。……えっと、もしかして、セシーリアのペットかな?」
(ティティとの関係か。何と言えばいいのだろうか。……ティティはペットというよりは、むしろ……?)
言葉を探すように視線を暫し彷徨わせたあと、ノア殿下がそう言うので私も暫し固まってそれから口を開いた。
「えっと、__私の"兄"です」
「ぎゃおっ」
「__……え?」
一番しっくりくるその言葉を選ぶと、ノア殿下はニコニコとした笑顔のまま首を傾げた。私の声に同意するように鳴いたティティの鳴き声だけがシーンとした辺りに響いた。
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