9 / 21
◆第1章 ゆっくりと籠に堕とされていく金糸雀
009.少しずつ嵐は近付き、世界は脱線する
しおりを挟む(オーウェン様と私がお付き合いしている?)
アリスはその事を考えすぎて熱発した。そのせいで2日ばかり学院を休んだ。いつもなら「エイダ様やミラさんを早く見たい」だとか、「あの本を早く読みたいのに」だとか、「授業が...」だとか考えてしまうはずなのに、今回は全くそういうことは思い浮かばなかった。
__『だって、アリスさんとオーウェン様は"お付き合い"されているのでしょう』
そう言ったマリーナの言葉がずっと頭の中をぐるぐるして、それからオーウェンの顔が浮かんで、学院での周りの生徒たちの可笑しな言動や視線を思い出す。
(確かに私とオーウェン様は仲が良いと思う。.....でもただのお友達なのに.....。やっぱりこの世界でも男女の友情は成立しない派が多いのかな)
相変わらず王子をお友達と言うことに、「私ったら不敬ではないかしら?」という不安やら恐怖やらが思い浮かぶのだが、それよりも『お付き合いをしている』と学院の人たちに思われていることの方が遥かに怖い。
陰湿ないじめとか嫌がらせとかを受けないのは、アリスが侯爵令嬢だからだ。きっとそうだ。特に家の名前もある。侯爵の中でもシェッドスフィア家の地位はこの国では高い。
シェッドスフィア家は、数代前、当時の王から侯爵から公爵へと陞爵しないかと提案をされたことは有名な話だ。そして、当時のシェッドスフィア家当主が、建国した際に王家と交わした"約束"を守るために断ったことも同じくらい有名な話である。
王の言葉を断ることなど許されるはずないのだが、こればかりはその当時の王も諦めざるを得なかった。そして、この国、オーリアノッドの建国から随分経っても"約束"を守ろうとしていることに王はとても喜んだという。
シェッドスフィア家の役割は、『流す』『はじく』『不必要なものを減らし、取り除く』『解明し、照らす』だ。建国当時、初代の王と"血の約束"をした今の4つの公爵と、2つの侯爵のうちの一つである。
その6つの公爵と侯爵のそれぞれの役割を知らない者は多くいる。しかし、建国史やら授業やら大人から聞く昔話やらでそれぞれの家の名はこの国で広く知られている。貴族なら仲良くはしたくても、中々手を出したくはないだろう。特にシェッドスフィア家はその"役割"からあまり敵に回したい人はいない。
(でも、だからといってこの状況はなぁ.....)
男女が毎日のように一緒にいればそういう噂がされるのは当たり前だ。その二人の本当の仲を知っている者など本人たちだけか、それに近しい者くらい。自分たちが真実を言わない限り、外野で見ている者がその真実を正確に捉えることは難しい。特に少しでも噂が流れれば、面倒なことになるのは分かりきっている。
(深く考えなくても分かるはずなのに.....!)
アリスは頭を抱えた。恋愛経験なんて前世から全くない。他人の恋愛にも友人からの話以外ではあまり関心はなかった。それだけでなくアリスは少し呑気にし過ぎていた。
他人のことを観察するのは好きだが、彼らの話している内容にはあまり興味を持つことは少なかったため、噂が流れ始めていても気づかなかったのだ。すぐ気づいていればどうにかできたかもしれないのに、とアリスは今更つらつらと考える。
噂されていることを含め、全てオーウェンの計画通りで、オーウェンはアリスのことを友人ではない感情で好意を持っているのだと知らないアリスはそれはもう悩んだ。
熱が引き、学院にいつものように登校するのだが、 身体に重石のような重いものがじわりじわりと押さえつけられるような気分になった。
(今まで何も思わなかったけど、視線が気になるわ.....)
どうも最近周りと話が噛み合わないことがあるとは思っていた。思っていたし、よく色んな人から見られる。だが、アリスにとってそれは割と日常だった。シェッドスフィア家の者というだけで見られるし、アリスの瞳の色には関心が向きやすいこともあって慣れきってしまっていた。
(マリーナさんが知っているということは、王太子殿下は絶対に知っている.....)
マリーナは王太子であるクロードと仲が良い。そして同じクラスだ。この前、街でクロードに会った時、彼は何も言ってこなかったのに、と考えてとあることを思い出した。
__『最近学院での生活で困ったことはないかい?』
と何かを心配した表情でクロードはアリスに聞いてきた。アリスが首を傾げれば、『いや、貴女が大丈夫なら良いんだ』や『でも、"色々"大変だろう?困ったことがあれば私に言いに来なさい』と言っていた。
アリスはあの時、クロードのことを後輩を心配する先輩という風にしか考えていなかった。特にアリスの家族が過保護過ぎて、それを知っている者たちはアリスに『困ってないかい?』と有難いことによく声を掛けてくれるので、アリスは何とも思っていなかった。
(あれってもしかして"このこと"を言っていたのでは.....?)
と、今更ながらにクロードの言葉を思い返して考える。マリーナが言うように学院の者の殆どが"このこと"を知っているのなら、いくらアリスが侯爵令嬢で例えシェッドスフィアの人間だとしても色々と言ってくる者はいるだろう。噂の相手が王子なのだから。だからクロードはアリスに困ったことがないかを聞いてきたのだろう。そう考えるとアリスは更に重い気持ちになった。オーウェンの兄であるクロードに誤解であっても噂を知られているなど普通に困るからだ。
「.......」
昼食を終え、北校舎側へ続く廊下を歩きながら相変わらず噂のことで悩む。いつもなら「今日のエイダ様とミラさんが楽しみだわ~」とニコニコしながら歩くのに、今日は全くその感情が浮かばない。
噂を否定したいのならアリスがあのベンチに行かなければオーウェンと過ごさないことにも繋がる。そうすれば噂も消えていくのだろうが、アリスの身体はいつの間にか染み付いた日課の通りに行動してしまう。
今日はあの場所へあまり行く気はしなかったのに、つらつら考え込んでいるうちにアリスは無意識にこんな所まで来ていたのだ。
(.....本当にどうしよう)
悩んでも何も浮かばない。重たい足取りであるが、いつもの定位置は確実に近くなってきている。
__そんな時だった。
「あの、すいません。アリス・シェッドスフィア様ですか?」
「?.....ええ、そうですけれど」
「少しだけお時間よろしいでしょうか?」
「ええ、構わないわないですわよ?」
廊下を歩いていると話しかけられた。振り返ると一人の女の子がこちらの様子を伺うように見ている。制服のリボンの色は緑だ。学院のリボンとネクタイは学年により違い、赤は現在の3年生、青は2年生、緑が1年生となっている。
彼女は1年生のようである。
「あの!質問してもよろしいですか?.....少し変な質問かもしれないんですけど.....」
「??」
(へ、変な質問?まさかオーウェン様との噂の件かしら?.....これは噂は誤解だと伝えるチャンスなのでは?)
アリスがそう考えながらコクリと頷くと、1年生は濃い茶髪の毛先を弄りながら、緑色の目を右へ左へ動かす。何か聞きづらいことなのだろうか?と、思いながら黙って待っていると、ようやく決心した、というように彼女がしっかりとアリスを見た。
「そ、その!.....シェ、シェッドスフィア様は、女性なのですか?」
「え?」
(女性なのですか?.....どういうこと?男性だと思われているのかしら)
思わぬ方向からの質問にアリスはポカンと口を開ける。この見た目なのに性別を問われるとは思わなかった。
「.....」
「.....」
長い髪はライラに結ってもらい、リタが選んでくれた可愛らしいリボンをつけているし、制服だって明らかに女性用だ。もちろん胸に膨らみもある。それに明らかに声や体格も男性のそれとは違うだろう。
「ええ、もちろん。.....私の性別は女で間違いないわ」
「.....で、...ですよ、ね」
そう答えれば、彼女はどうも腑に落ちないと言う顔をしている。そしてアリスの頭のてっぺんから爪先まで確認するように視線を滑らせた。そして効果音でもつきそうな勢いで頭を下げた。
「失礼なこと聞いたり、ジロジロ見てしまったりしてすみませんでしたっ!その、.....シェッドスフィア様にとても良く似ている男性の方を見たことがあるので、つい気になってしまって...」
「そういうことですか。.....でも、見ての通りの性別ですわ」
そう言うと彼女はコクリと小さく頷いた。近くで改めてアリスのことを確認して納得したのだろう。
(私に似ている男性、ね。兄様たちはそれなりに似ているかもしれないけど、わざわざ質問されるほどではないし。似ているなら少なくとも髪の色は薄い水色の筈だろう。目の色が同じ人など特にこの国では見ることがないだろうし.....)
と、考えてみる。1番アリスに似ているだろう2番目の兄テイトは髪が薄紫だから流石に見間違えないだろう。兄妹で唯一同じ髪色のクラウスは父に似ていて、母似のアリスとはあまり見間違うことはないだろう。
(.....となると?)
もしかしたら親戚の誰かと間違えられたのかもしれない。もちろん前述した通り、アリスは遠い国出身の母親似だが、髪の色だけなら同じ色の人間もそれなりにいる。遠目に見て、誰かが彼女に「あれはシェッドスフィアの.....」と話していれば、それなりに見間違えるかもしれない。
「あともう1つだけよろしいですか?」
「ええ、いいですわ。何でしょう?」
「アルバート、という男性を知りませんか?」
「アルバート?.....それは先程の私に似ている方のお名前?」
「はい」
(アルバートかあ。.....同じ名前の人間は沢山いるけれど、私と見間違えるような人間でその名前となると.....)
と考えるが、やはり分からない。きっと自分の知る人の中にその人はいないだろう。その名前でアリスに似ているとなると、親戚の誰かと間違ったという可能性はそれが偽名でない限りは薄かった。
「ごめんなさいね。この学院でその名前の方には何人か心当たりがあるのだけれど、私に似ているとなると分からないわ」
「...そうですか。いえ、お時間を取ってしまい申し訳ありませんでした。それだけでも知ることができて良かったです」
そう言ってその子はまた頭を勢いよく下げると、「失礼致します」と踵を返してあっという間に廊下からいなくなってしまった。
「.......」
アリスは何だかモヤモヤしたが、自分には関係のないことのようだから、と考えながらまた歩き出した。そうすると、忘れかけていた悩みたちがまた思い浮かんで思わずため息をつく。
「今日、どんな顔をしてオーウェン様に会えばいいの?」
噂を知ってしまった手前、どう行動すればいいのかばかり考えてしまう。エイダとミラをただ眺めていたいだけだった数ヶ月前の自分を懐かしく思った。
◇◆
<色んな意味で苦労人、王太子クロードの心境>
(あああ、いつもうちの弟がごめんねぇ!君、絶対"あの噂"知らないよね?絶対オーウェンが囲い込みに行ってるだけだよね??注意しないと!.....ああ、でもオーウェンのやつ、めちゃくちゃ怖いんだよぉおお)
1
あなたにおすすめの小説
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?
山下小枝子
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、
飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、
気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、
まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、
推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、
思ってたらなぜか主人公を押し退け、
攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・
ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。
そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。
お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。
挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに…
意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。
よろしくお願いしますm(__)m
強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!
ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」
それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。
挙げ句の果てに、
「用が済んだなら早く帰れっ!」
と追い返されてしまいました。
そして夜、屋敷に戻って来た夫は───
✻ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
甘い匂いの人間は、極上獰猛な獣たちに奪われる 〜居場所を求めた少女の転移譚〜
具なっしー
恋愛
「誰かを、全力で愛してみたい」
居場所のない、17歳の少女・鳴宮 桃(なるみや もも)。
幼い頃に両親を亡くし、叔父の家で家政婦のような日々を送る彼女は、誰にも言えない孤独を抱えていた。そんな桃が、願いをかけた神社の光に包まれ目覚めたのは、獣人たちが支配する異世界。
そこは、男女比50:1という極端な世界。女性は複数の夫に囲われて贅沢を享受するのが常識だった。
しかし、桃は異世界の女性が持つ傲慢さとは無縁で、控えめなまま。
そして彼女の身体から放たれる**"甘いフェロモン"は、野生の獣人たちにとって極上の獲物**でしかない。
盗賊に囚われかけたところを、美形で無口なホワイトタイガー獣人・ベンに救われた桃。孤独だった少女は、その純粋さゆえに、強く、一途で、そして獰猛な獣人たちに囲われていく――。
※表紙はAIです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる