戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~

川野遥

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白鷺と鶴と

会津包囲②

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 江戸の井伊直孝・真田信之の下にも、情報は刻々と届いていた。

「加藤家の旧臣が処刑された?」

 福島からの伝令に、直孝が驚く。

「それで、伊達殿らは?」

「加藤家が自壊するまで待つ構えの模様です」

「待つ? いや、それはまずい…」

 井伊直孝が首を左右に振った。

(確かに勝つことだけを考えれば、待つことが一番正しいだろうが…)

 世間に対する評価というものもある。

 加藤明成がごときは、ひよっこというのが世間の評価である。その加藤明成が好き放題しているというのに手が出せないというのはまずい。

「毛利家や前田家と睨み合っていたというのとは、訳が違うのじゃ。蒲生家のことも先延ばしにしていたし、おまけに蒲生の家臣をつけよと指示をしたのは我々徳川であるし」

 会津の失態は徳川家のせいによるもの、そう陰口を叩かれても強く反論できない。その状態を放置しておいては徳川家全体の問題へとなってきかねない。

「上総殿や前田筑前も今回の件では協力してくれている以上、早期に決着をつけねばならない」

「恐れながら井伊様」

 真田信之が口を挟む。

「伊達殿や上杉殿が動かないのは、恐らく西のことも考えているのではないかと」

「それは分かっている。しかし、それを差し引いても、会津の件は長期戦にはしたくはない。加藤になめられているという風に受け止められては困るのじゃ。このままで冬を迎えては、半年近く解決が遅れてしまう。その間に徳川頼りなしと別のところで問題が起きるかもしれん」

「…なるほど。確かに続く者が現れてもまずいですしな」

「各自に伝えてくれ。長期戦は賢明なれど、徳川のためにならず。可能な限り早期に決着をつけるべしと」

 直孝の指示を受け、返書がすぐに作られ、東北各地へと飛ばされていった。



「…確かに、加藤明成ごときにてこずっていると思われるのは、まずいか」

 返書を受けた伊達政宗は、上杉景勝を呼び寄せた。直孝の書状を見せようと思っていたが、やってきた景勝も同じ書状を携えてきている。

「加藤は毛利や前田とは違うのですぞ、と厳しい指摘を受けてしまいましたな」

 景勝が苦笑しながら言う。

「加藤明成の乱心ぶりによっては、会津の領民まで処刑するかもしれませぬし、西会津にいる上総介に伝えて、三日後に攻撃をかけることとしましょう」

 政宗の方針に、景勝も異を唱えない。

 かくして、政宗と景勝の連署の書状が相馬、南部、佐竹らにも送られる。もちろん、全員異を唱えることなく準備を整え始めた。



 その前日。

 伊達政宗のいる本陣に、南部利直が姿を見せた。

 盛岡城主・南部利直は41歳。関ケ原の戦いの際には、政宗が扇動した一揆鎮圧などに追われており、伊達家との仲は良好、というわけではない。とはいえ、それ以降、徳川家の支配が固まって以降はお互い敵対的な行動は控えている。

「おお、南部殿。どうされた?」

「少し聞きたいのだが、今回の戦いでは前田殿もこちらについているというのは真か?」

「そういう風には聞いている」

 前田利常から江戸の井伊直孝に協力する旨の書状が届いているという話は聞いている。それに対して、直孝がどう答えたのか、家光らがどう感じたのか、それは江戸を離れている政宗には分からない。

「…そういえば、南部殿は」

 利直の「利」というのは前田利家からの名前であることを思い出した。30年前の豊臣政権への参加の頃から南部家は前田家との縁が強く、利直は前田家と徳川家の対立を不安げに見ていたのかもしれない。政宗はそう理解する。

「さすがに表立って対立されると、我々南部もどうしようもないのですが、そうでないのなら、何とかとりなしができれば…とは思っております」

「左様であるな。であれば、ひとまずこの戦いで南部殿も功績をあげていただかないと」

「うむ。できれば一翼を任せていただきたい」

「分かりました。それでは…」

 政宗は内心「渡りに船だ」と思っていた。

 会津攻めはしなければならないが、これからのことを考えると、なるべく兵士を損耗させたくない。そこに自分達から攻めたいと言ってくれる部隊が出てくれるのは本当にありがたいことであった。



 加藤明成は会津中部の猪苗代に滞在していた。西、東、どちらにでも対応できるようにするためである。

 徳川軍が本格的に攻め入る準備を整えているという情報は既に入ってきていた。明成にとっては朗報である。

「このままでは、父上か会津の領民も手をかけねばならんかったからのう」

「殿、酒の準備ができましたが…」

「阿呆が。明日にも戦になるかもしれぬというのに酒など飲んでいられるか」

「しかし、景気づけという言葉もありますし」

「そういうものは生きたいものがすることだろう。わしは死ぬつもりなのだ。一人でも多くの者を道連れにしてやりたいのだ。どうして酒など飲んでいられようか」

 明成は城の外へと血走った目を向ける。

 自分でも信じられない、くぐもった笑みが口から洩れてきた。



 十月二十四日。

 伊達政宗は全軍に指示を出した。

「一つ、会津の領民には危害を加えるな。一つ、会津兵には容赦する必要はない。一つ、この戦いは冬が来る前に終わらせる。すなわち、五日以内には鶴ヶ城を占領するのだ」

 最後の触れにどよめきが起こる。

「何を驚いておるのじゃ。加藤なんぞはひよっこで、下にいるのも蒲生家のならず者同然の者達じゃ。こんな奴らに後れを取るわけにはいかぬぞ!」

 政宗の激に兵士の意気はある程度は上がったが、大きく盛り上がるというほどではない。

「今まで、殿の方でのんびりされていたのに、急に五日以内で落とさなければならない、では兵もびっくりするだけでしょう」

 後ろにいた伊達成実が苦笑した。政宗も自嘲気味に笑う。

「それはそうなのだが、わしらにも事情があるからのう。成実、大変かもしれぬがよろしく頼む」

「分かっておりますとも」

 成実は兜をかぶり、自分の持ち場へと戻っていく。

 それを見届けて、片倉重長に目配せをした。重長が指示を出し、出陣の太鼓が鳴らされる。歓声が起こり、兵が前進していった。

「むっ?」

 少し南の方に視線を向ければ、南部家の向鶴の旗をつけた兵が高い意気で進んでいく様子が見える。その後ろを相馬が続き、北の方では上杉家が会津領に侵攻しているはずであった。

「南部や上杉が頑張って、伊達はなるべく温存、となれば有難いのだが…」



 会津の西には、松平忠輝、真田信吉、酒井忠勝、蒲生忠郷がいた。

「わしらのせいで、申し訳ございません」

 一番年少であり、ある意味今回の事件の原因の一つでもある蒲生忠郷が謝罪をする。

「気になさるな。家臣の暴走というのはどこの家にでも多かれ少なかれあるものであれば」

 鷹揚に答えているのは、この方面で指揮をとる松平忠輝である。

「ここまでのんびり待機しておいてから急ぐのも身勝手な話だが、冬になってしまえば進軍そのものを止めなければならない。何とかそれまでには終わらせなければならない。大変だろうが、心して進軍してもらいたい」

「分かっております」

 全員が頷く。

「よし。それでは進軍だ」

 忠輝が指揮を下し、西からの軍も会津領への侵攻を始めた。
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