64 / 77
真夜と孝介
64 孝介さんって、昔からちょっと抜けてるのよ
しおりを挟む
「時間の問題かもしれねぇな。俺がお前とこうして会ってるってことがバレるのは」
いつもの居酒屋チェーン店夢国の個室3畳間で、孝介はいつものように酒を飲みながらいつものように弘子を左肩に添えている。そしていつも通りの態度と口調で、
「女ってなぁ、やっぱり敏感だ。お前とこうしてくっついたせいで移った匂いが分かるんだものな」
と、溜め息を吐くように言った。それに対して弘子はクスクスと笑い、
「そりゃそうよ。女は男よりも、そういうところに敏感だから」
「つくづく俺は、ガサツな男だってぇことがよく分かる」
「ガサツというより、ちょっと抜けてるのよ」
「抜けてる?」
「孝介さん、昔からそう。他人への気遣いはできるのに、肝心なところに気づかないのよ」
弘子は孝介の肩に人差し指を立て、それを回しながらこう告げた。
「私の父も、最期までそれを気にしていたわ」
「え……?」
「あの出来事に関しては、どこをどう考えても俺の弱さのせいだった。だからあいつが腹を切ることはなかった。なのにあいつは、誰の声も聞かずにそのまま飛び出した……ってよく言ってたの。父はね、寂しかったのよ。母を亡くしてから心にポッカリ穴が開いて、それを埋めるために賭け事に手を出してしまった。だけどそれが、いずれは協会を巻き込む騒ぎになるということくらい自覚していたわ。だから、孝介さんに告発されたことはむしろ救いになったのかも」
「まさか」
孝介は眉間に皺を寄せ、
「俺は部屋を壊したんだ。お前が亡くなった女将さんの代わりに盛り立てていた部屋を、後先考えずに木っ端微塵にしちまったんだ。週刊晩秋の記者の口車に乗せられてな」
と、答えた。さらに、
「他の連中よりも筆が達者でキーボードも叩けるって理由だけで、広報部で物書きの仕事をやらせてもらってたんだがな……。俺はそれに妙なプライドを持ってたんだ。週刊誌で記事を書けるってことに魅力を感じていたことは否定しねぇさ。……要は、己の承認欲求を抑え切れなかったんだ」
「承認欲求?」
「物書きってなぁ大なり小なり承認欲求の塊さね。それでいてツブシの利く奴だけだこの世界で米を取っていける。そうでなきゃ潰れるか、SNSで政治の話をしてシンパを集めるしかねぇ」
すると弘子はおかしそうに笑い、
「何それ?」
と、返す。
「孝介さん、そんな変な世界で仕事してるの?」
「笑い事じゃねぇさ。あれだけいろんな妖怪がうろついてる商売ぇも他にありゃしねぇ。……さて」
孝介は思い出したかのように、
「そろそろ帰るかね」
と、弘子に告げた。
「もう帰るの? まだ9時前だけど」
「今日は10時には帰るって嫁に言っちまったんだ」
孝介はゆっくり立ち上がり、
「まあ、また時間作ってここに来りゃいいさね」
弘子に背中を向けた。
いつもの居酒屋チェーン店夢国の個室3畳間で、孝介はいつものように酒を飲みながらいつものように弘子を左肩に添えている。そしていつも通りの態度と口調で、
「女ってなぁ、やっぱり敏感だ。お前とこうしてくっついたせいで移った匂いが分かるんだものな」
と、溜め息を吐くように言った。それに対して弘子はクスクスと笑い、
「そりゃそうよ。女は男よりも、そういうところに敏感だから」
「つくづく俺は、ガサツな男だってぇことがよく分かる」
「ガサツというより、ちょっと抜けてるのよ」
「抜けてる?」
「孝介さん、昔からそう。他人への気遣いはできるのに、肝心なところに気づかないのよ」
弘子は孝介の肩に人差し指を立て、それを回しながらこう告げた。
「私の父も、最期までそれを気にしていたわ」
「え……?」
「あの出来事に関しては、どこをどう考えても俺の弱さのせいだった。だからあいつが腹を切ることはなかった。なのにあいつは、誰の声も聞かずにそのまま飛び出した……ってよく言ってたの。父はね、寂しかったのよ。母を亡くしてから心にポッカリ穴が開いて、それを埋めるために賭け事に手を出してしまった。だけどそれが、いずれは協会を巻き込む騒ぎになるということくらい自覚していたわ。だから、孝介さんに告発されたことはむしろ救いになったのかも」
「まさか」
孝介は眉間に皺を寄せ、
「俺は部屋を壊したんだ。お前が亡くなった女将さんの代わりに盛り立てていた部屋を、後先考えずに木っ端微塵にしちまったんだ。週刊晩秋の記者の口車に乗せられてな」
と、答えた。さらに、
「他の連中よりも筆が達者でキーボードも叩けるって理由だけで、広報部で物書きの仕事をやらせてもらってたんだがな……。俺はそれに妙なプライドを持ってたんだ。週刊誌で記事を書けるってことに魅力を感じていたことは否定しねぇさ。……要は、己の承認欲求を抑え切れなかったんだ」
「承認欲求?」
「物書きってなぁ大なり小なり承認欲求の塊さね。それでいてツブシの利く奴だけだこの世界で米を取っていける。そうでなきゃ潰れるか、SNSで政治の話をしてシンパを集めるしかねぇ」
すると弘子はおかしそうに笑い、
「何それ?」
と、返す。
「孝介さん、そんな変な世界で仕事してるの?」
「笑い事じゃねぇさ。あれだけいろんな妖怪がうろついてる商売ぇも他にありゃしねぇ。……さて」
孝介は思い出したかのように、
「そろそろ帰るかね」
と、弘子に告げた。
「もう帰るの? まだ9時前だけど」
「今日は10時には帰るって嫁に言っちまったんだ」
孝介はゆっくり立ち上がり、
「まあ、また時間作ってここに来りゃいいさね」
弘子に背中を向けた。
0
あなたにおすすめの小説
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
誰でもイイけど、お前は無いわw
猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。
同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。
見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、
「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」
と言われてしまう。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!
ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」
それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。
挙げ句の果てに、
「用が済んだなら早く帰れっ!」
と追い返されてしまいました。
そして夜、屋敷に戻って来た夫は───
✻ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる