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真夜と孝介
74 俺の世界、お前ぇさんの世界
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「ダイショウジュさん……昔は相撲の選手だったって、ヒューから聞きました」
玲人にそう言われた孝介は、
「大昔の話だがな。今はただのオッサンだ」
と、苦笑を浮かべた。そんな孝介に玲人はまったく躊躇う様子なく、
「ダイショウジュさんは多分知らないと思いますけど、そこにいるヒルダはこの世界の人間じゃないんです」
と、告げた。
「さっきまでの戦闘を見ていたなら、少しくらいは察しがつくと思います。俺はもともとはこっちの世界の人間だけど、今は異世界に転移して勇者として活動しています。ヒューは日本人と異世界人の混血の魔操師で、セシリアとグレゴリーは生粋の異世界人です。そしてヒルダは闇の地のまそう——」
「知らねぇな、そんなこたぁ」
「いえ、でもこれは真実——」
「興味ねぇのさ」
孝介は玲人にも笑みを向けながら、
「兄ちゃん、俺はな……相撲取りになって挫折してから物書きになって今に至るわけだが、その間にこの世の酸いも甘いもいろいろ味わってきたのさ。兄ちゃんには兄ちゃんにしか知らない世界があるのは当然だが、俺にだって俺にしか知らない世界ってもんがある。それは俺の嫁もそうだし、お前ぇさんの仲間もそうさ。だが、お前ぇさんがどんなところからやって来た人間だろうと、俺はお前ぇさんをひとりの人間として見る。それだけさね。他人の世界やら境遇やらに無理やり首突っ込んであれこれ掻き混ぜる気はねぇさ」
「でも、俺たちの世界はこの世界とは別——」
「いいんだ、兄ちゃん。俺はテメェの嫁がどこから来たのか、正体は何者なのか、そういうこたぁまるで興味ねぇのさ。恐らくお前ぇさんは、午後5時過ぎに国技館の土俵で四股踏んでた頃の俺の話をしたって興味を持たねぇだろ? それと一緒さ」
孝介は落ち着いた口調ながら念を押すように、
「俺は兄ちゃんが何者だろうと、ひとりの立派な男として受け入れるさ。……兄ちゃん、名前は?」
「れ、玲人です。緋村玲人」
「玲人、お前ぇさん大したタマだぜ。テメェの言葉をしっかりぶつけることができるからな。その気持ちを忘れなければ、少なくとも16年前の俺よりも立派な男になれるぜ」
と、孝介は玲人の肩を優しく叩いた。
「若者はいつの世も一番偉いんだ。……期待してるぜ、兄ちゃん。いずれ必ず出世して、俺を顎でコキ使ってくれ」
そう言うと孝介は、ようやくヒルダが朽ちている場所につま先を向けた。
この時のヒルダは徐々に体力を回復させ、倒れた姿勢から上体を起こすまでになっている。が、立ち上がることはできない。体力の損耗もその原因だが、何より孝介と再会できた嬉しさで下半身が震えている。
そんな傷だらけの女に孝介は、
「怪我はねぇか、真夜?」
と、膝を折りながら声をかけた。
直後、ヒルダの涙腺が決壊した。
*****
いわゆる「お姫様抱っこ」でヒルダを担いだ孝介は、そのまま駐車場へ進んだ。
マリナーブルーのNAロードスターが、ふたりの帰りを待っていた。
孝介は真夜を助手席のシートに下ろし、鼻歌を歌いながら運転席のドアを開けた。キーを回してエンジンを始動。旧車のエンジンが唸りを上げる。
「真夜、お前本当に怪我はねぇのか?」
「……大丈夫よ」
「そうか」
それだけ言葉を交わし、孝介はロードスターを発進させた。
彼は上機嫌だった。攻撃魔術が飛び交う戦闘を目撃したはずだが、だからといって動揺している様子は一切ない。ヒルダを討伐しようとした者に対する憤慨も見せていない。そのような負の感情とは正反対の、まるで予想外の臨時収入を手にしたかのような雰囲気でロードスターのハンドルを操作する。
その横でヒルダは、俯きながらも孝介の左手を握り続けた。
ロードスターはどうやら自宅の方向へ走っていないということは察しているが、もはやそんなことはどうでもいい。私はこのままコウと一緒にいる。もう二度と、コウから離れない。
私の命は、コウを愛し通すためにあるのだから。
玲人にそう言われた孝介は、
「大昔の話だがな。今はただのオッサンだ」
と、苦笑を浮かべた。そんな孝介に玲人はまったく躊躇う様子なく、
「ダイショウジュさんは多分知らないと思いますけど、そこにいるヒルダはこの世界の人間じゃないんです」
と、告げた。
「さっきまでの戦闘を見ていたなら、少しくらいは察しがつくと思います。俺はもともとはこっちの世界の人間だけど、今は異世界に転移して勇者として活動しています。ヒューは日本人と異世界人の混血の魔操師で、セシリアとグレゴリーは生粋の異世界人です。そしてヒルダは闇の地のまそう——」
「知らねぇな、そんなこたぁ」
「いえ、でもこれは真実——」
「興味ねぇのさ」
孝介は玲人にも笑みを向けながら、
「兄ちゃん、俺はな……相撲取りになって挫折してから物書きになって今に至るわけだが、その間にこの世の酸いも甘いもいろいろ味わってきたのさ。兄ちゃんには兄ちゃんにしか知らない世界があるのは当然だが、俺にだって俺にしか知らない世界ってもんがある。それは俺の嫁もそうだし、お前ぇさんの仲間もそうさ。だが、お前ぇさんがどんなところからやって来た人間だろうと、俺はお前ぇさんをひとりの人間として見る。それだけさね。他人の世界やら境遇やらに無理やり首突っ込んであれこれ掻き混ぜる気はねぇさ」
「でも、俺たちの世界はこの世界とは別——」
「いいんだ、兄ちゃん。俺はテメェの嫁がどこから来たのか、正体は何者なのか、そういうこたぁまるで興味ねぇのさ。恐らくお前ぇさんは、午後5時過ぎに国技館の土俵で四股踏んでた頃の俺の話をしたって興味を持たねぇだろ? それと一緒さ」
孝介は落ち着いた口調ながら念を押すように、
「俺は兄ちゃんが何者だろうと、ひとりの立派な男として受け入れるさ。……兄ちゃん、名前は?」
「れ、玲人です。緋村玲人」
「玲人、お前ぇさん大したタマだぜ。テメェの言葉をしっかりぶつけることができるからな。その気持ちを忘れなければ、少なくとも16年前の俺よりも立派な男になれるぜ」
と、孝介は玲人の肩を優しく叩いた。
「若者はいつの世も一番偉いんだ。……期待してるぜ、兄ちゃん。いずれ必ず出世して、俺を顎でコキ使ってくれ」
そう言うと孝介は、ようやくヒルダが朽ちている場所につま先を向けた。
この時のヒルダは徐々に体力を回復させ、倒れた姿勢から上体を起こすまでになっている。が、立ち上がることはできない。体力の損耗もその原因だが、何より孝介と再会できた嬉しさで下半身が震えている。
そんな傷だらけの女に孝介は、
「怪我はねぇか、真夜?」
と、膝を折りながら声をかけた。
直後、ヒルダの涙腺が決壊した。
*****
いわゆる「お姫様抱っこ」でヒルダを担いだ孝介は、そのまま駐車場へ進んだ。
マリナーブルーのNAロードスターが、ふたりの帰りを待っていた。
孝介は真夜を助手席のシートに下ろし、鼻歌を歌いながら運転席のドアを開けた。キーを回してエンジンを始動。旧車のエンジンが唸りを上げる。
「真夜、お前本当に怪我はねぇのか?」
「……大丈夫よ」
「そうか」
それだけ言葉を交わし、孝介はロードスターを発進させた。
彼は上機嫌だった。攻撃魔術が飛び交う戦闘を目撃したはずだが、だからといって動揺している様子は一切ない。ヒルダを討伐しようとした者に対する憤慨も見せていない。そのような負の感情とは正反対の、まるで予想外の臨時収入を手にしたかのような雰囲気でロードスターのハンドルを操作する。
その横でヒルダは、俯きながらも孝介の左手を握り続けた。
ロードスターはどうやら自宅の方向へ走っていないということは察しているが、もはやそんなことはどうでもいい。私はこのままコウと一緒にいる。もう二度と、コウから離れない。
私の命は、コウを愛し通すためにあるのだから。
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