アリバイ(刑事 佐川 敏 殺人事件捜査リポート)

矢野 零時

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1臨場

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 八月六日の午前九時に本村良子から警察に電話があった。
 木村はブティック・オカダに勤めていて、いつも店に一番先に出勤していた。今日も店中を見て歩き、社長室のドアが開いているので中に入って社長の岡田沙織が死んでいるのを見つけたのだ。

 ブティック・オカダがある繁華街を所轄している中の島警察署に県警通信指令室から臨場するように要請がだされた。
 署の刑事課長はすぐに近くを走らせている覆面パトカーをさがし、それに乗っている佐川敏に連絡をし現場にむかうように指示を出した。
「また殺人事件ですか。やっと一つ片付けたばかりなのに、俺たちを休ませるきはないらしい」と、ハンドルをにぎっていた近藤次郎が愚痴をこぼした。
「他の奴らは俺たちより仕事をやっているふりがうまい。ともかく現場にいくしかないな」
 佐川は、相棒の近藤にブティック・オカダの住所を教えた。すぐに近藤はウインカーをつけハンドルを右に切っていた。 
 この都市まちの繁華街はフッションなどの若い人たちがくる店と、午後五時以降に中年の男たちが主にやってきて飲食をしていく店が混在していた。昼間は太陽が夜はネオンや店明かりがついて、一日中暗い時がない場所だった。
 街中の道路に車を入れることができない。本通り沿いに停車スペースがあって、すでに鑑識係のボンゴ車がとまっていた。その隣に車をとめ、佐川たちは夢銀座通りに入り、ブティック・オカダに向かった。
 この時間帯ならば、通りは多くの人が歩いているはずなのだが、すでに立ち入り禁止の黄色いテープがはられ、近くにある交番からきた警官がブティック・オカダの前に立っていた。
 佐川たちが警官に近づくと敬礼をしてくれた。
「ご苦労さまです」
「鑑識係長の根本右近もきているのかな?」
「はい、十五分ほど前からきて鑑識を行っております」
「じゃ、殺人事件と思っているんだな」と、佐川が片眉をあげていた。
 現在の捜査は、物証(物的証拠物)をまず確保するがが第一議となっている。本人の自白をえたとしても状況証拠だけでは、裁判になった時に覆される恐れがあるからだ。

 しばらくして、鑑識課の青い制服を着た田中康夫が店からでてきた。
「お待たせしました。現場にどうぞ」
「今日は早かったね」と、佐川は皮肉を言ってやった。
 佐川たちは、田中の見ている前で靴にビニール袋をかぶせ、手に白い手袋をはめた。ビニール袋や手袋をつけるのは、指紋や足紋を現場に残さないためだ。それをしないで現場に入れば、鑑識の連中に文句を言われ、始末書を書かされる。

 佐川たちは田中の後についていく。一階は普通のブテックの店内だった。マネキンが置かれ、そのマネキンには秋に向けての衣服が着せられていた。ガラスケースの中には宝石のついたブレスットやネックレスも置かれていた。
 手すりのついた階段をあがった田中は、二階のホールを歩き白いアンテックな装飾の付いたドアを開けた。
「佐川刑事、ここですよ。現場は」

 田中に言われて、社長室に入り込む。中にアンティークなソファが置かれて四角に組まれていた。ソファの真ん中に透明なガラスのテーブルが置かれている。
 岡田沙織はソファと壁の間の狭い所に置かれたマネキンのようだった。

 すぐに鑑識係長の根本がやってきた。
「殺されたことに間違いはない。首を見てごらん。紐をまかれた跡がある。腰紐みたいもので絞殺されたのだろう。硬直の具合から見て、十二時間前から十四時間前に殺されたと思われるね」
「ということは、殺されたのは昨日の午後八時から午後十時までの間ですね」と、佐川は反芻するように繰り返し、近藤は手帳にメモをしていた。

「ここは社長室というよりは、服の新作打ち合わせに使っていたらしい。まあ、会議室だな。そうなると店にいるみんなの指紋がついている。まず社員みんなの指紋をもらうことから始めなければならないな」と根元がいった。
「それは私らの仕事ですからね」と言っていたが、田中は面倒なことになったなと思っている顔をしていた。

「ともかく彼らの中に犯人がいても、指紋がすぐに証拠になりませんね」と、佐川は首を傾げた。

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