大人の絵本・ぼくのお父さん

矢野 零時

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ぼくのお父さん

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 オオカミは、お腹がすいていました。
 それも三日間、なにも食べていなかったのです。
 すると、草原の中に、ウサギの親子をみつけました。

 ウサギなら、オオカミを見ただけで逃げていきます。
 でも、ウサギの親子は 逃げようとはしません。いえ、逃げられなかったのです。
 子ウサギはうまれたばかりで、ほとんど動くことができません。
 お母さんウサギが逃げないのは、子ウサギをまもらなければと思っていたからでした。
 お母さんウサギは子ウサギをだいて、ふるえていました。

 オオカミがちかづくと、お母さんウサギが言いました。
「私を食べてもいいけれど、この子だけは食べないでください」
「でも、おれ、オオカミだからな」
「お願いします。この子だけは食べないでください」
 いつまでも、言いあらそいをしたくはありません。すこしでも早くお腹をみたしたくなっていたからです。
「ああ、いいとも」と、オオカミは言っていました。
 お母さんウサギは、かくごをきめ目をつぶっています。
 オオカミはくちを大きくあけ、ひとくちでお母さんウサギを食べてしまいました。


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 子ウサギは、お母さんウサギをさがして手足を動かしています。
 思わず、オオカミは子ウサギをだきあげました。オオカミは、お母さんウサギと話していたことを思いだしたからです。
「きみを食べたりはしないよ」と、オオカミは子ウサギに言いました。
 お母さんウサギは、オオカミにお母さんオオカミを思いださせていたのです。お母さんオオカミは、おさない頃のオオカミをやさしくだいて、ミルクを飲ませくれました。
 まずお母さんからのミルクが必要だね。
 そう思ったオオカミは子ウサギをだき、牧場に行きました。
 牧場には、羊たちが放しがいにされていました。オオカミは羊たちをおいかけ、牧場のさくそばに一匹の羊をおいつめました。もちろん、ミルクのでるお母さん羊です。
「助けてください。オオカミさん。私を食べてもおいしくはありませんよ」
「いや、食べるきはないよ。そのかわり、子ウサギにミルクをやってくれないかね」
「えっ、そんなことでいいんですか?」
 羊はオオカミから子ウサギをあずかると、ミルクをやりはじめました。長い間、ミルクを飲んでなかったからでしょうか。かんたんに羊の乳首から子ウサギは離れようとはしません。 
 その間に、オオカミは牧場そばの木からおちた枝とワラをあつめて、ゆりかごを作りました。ゆりかごができあがると、オオカミは子ウサギがいる所にもどっていきました。
 ミルクでお腹をみたした子ウサギは、羊のそばで寝いきをたてています。
「ありがとうね」と言って、オオカミは子ウサギをだきあげました。そして、ゆりかごの所につれて行き、ゆりかごの中にそっとおいてやりました。
 次の日も、その次の日も、オオカミは子ウサギをつれて羊をたずね、羊も子羊たちとおなじように子ウサギにミルクを飲ませてくれました。

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 ある日のこと。いつもつきそっているオオカミに羊は言いました。
「子ウサギには名前がひつようだね」
「名前?」
「そうだよ。子ウサギが遠くにいる時に、どうやってよぶんだい」
「そうだね。どうしたら、いいのだろう?」
「私の子羊たちが六匹いて、子ウサギは七ばんめに私の子供になった。じゃ、ナナでどうかな?」
「ナナ、いいね。ナナとよぶことにしよう」
 オオカミはかけだし、子ウサギの所に行くと、「ナナ、ナナ」と言って子ウサギをだきあげていました。 
 いつも、オオカミはナナをゆりかごに入れて、見まもり続けていました。
 どうしてもナナから離れる時には、羊に見まもってくれるように頼んでいました。
 羊のミルクとオオカミの世話のおかげでナナはどんどん大きくなっていきました。
 とうとうナナはミルクではなく牧場にはえている草を食べだしたのです。
 そばにやってきた羊はやさしい目をナナにむけました。すると、ナナはそんな羊に気づいたのでしょうか。
「ぼく、お母さんと同じ草を食べられるようになったよ」と、じまんげに言ったのです。  
 子羊たちも、ナナのそばによってきて、祝福するようにメエーメエーと言っていました。
 それを見ていたオオカミは、おおよろこびです。
「よかったね、ナナ。もう赤ちゃんではなくなった」
 すると、ナナはオオカミの方に顔をあげました。
「お父さん」
「えっ」と、オオカミはおどろきました。
「お父さん、お父さんだよね」と、ナナが言ってくれたのです。
「そうだね。そうだよ」
 思わず、オオカミは目に涙をためて、ナナをだきあげていました。
 
 
                 4
 ある日のこと。ナナが顔をあげて牧場のまわりを見ていると、さくの下をくぐって耳だけが黒い黒耳ウサギがちかづいてきました。
「こんな所に仲間がいるとは知らなかった」
「仲間?」
「そうだよ。きみは、ぼくたちとおなじウサギ」
「ちがうよ。ぼくはナナ。お父さんの子供だよ。ほら、お父さんはそこにいるだろう」
 ナナはゆりかごのそばでたたずんでいるお父さんを指さしました。
「なにを言っているの。オオカミじゃないか。オオカミは、ぼくたちウサギを食べるんだよ」
「そんなことはしないよ。一度も、ぼくを食べようとしたことがない。それどころか、ぼくをここまで大きくしてくれたんだ」
「うそだろ。それなら、大きくしてから食べようとしているんだよ」
 そんな時に、羊がちかづいてきました。
「お母さん、お父さんはオオカミなの? ぼくを食べようとしているの?」
 ナナが聞くと、お母さんは顔を左右にふりました。
「お父さんがナナを食べようとしたことは一度もないね」
 そう言ったお母さんはすぐに顔をさげました。
「でも、うそをつけないわ。お父さんはオオカミなのよ」
「えっ」
 ナナは、ゆりかごを前にしてすわっているお父さんをみつめました。
 

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「大きなくちだろう。あれはウサギを食べるためなんだよ」と、黒耳ウサギが言いました。
「ぼくはどうすれば、いいのだろう?」
「仲間だって、みとめてくれるね」
 思わず、ナナはうなずきました。
「オオカミなら、やつけなければダメだよ」
「お父さんをやつけるの?」
「お父さんじゃないよ。オオカミだよ」
「オオカミだから、きっと本当のお母さんを食べてしまっているよ」
「お父さんが、お母さんを食べてしまったと言うの?」
 ナナの顔がゆがみました。
「お父さんに聞いてみる!」
 ナナは走って、オオカミの所に行きました。うしろに黒耳ウサギがついてきています。
「どうしたの、ナナ?」
「お父さん、お父さんはオオカミなの?」
 オオカミと言われて、お父さんの顔から、やさしさが消えました。
「ほら、オオカミの顔にかわっただろう」と、黒耳ウサギがナナの耳元でささやきました。
「やっぱり、あんたはオオカミだったんだ」
「いや、そうじゃない。いまは、ナナのお父さんだよ」
「それじゃ、ぼくの本当のお母さんは、どこにいるの?」
 オオカミのひたいに深いたてじわができました。
「オオカミはお母さんウサギを食べているぞ」と、黒耳ウサギが大声をだしました。
「お父さん、いや、オオカミ。ぼくのお母さんを食べてしまったの?」
「うそをつけないな。そうだよ。お母さんを食べてしまった」
「じゃ、お母さんの敵討ちをしないとダメだぞ!」
 そうけしかけた黒耳ウサギは、すぐにさくの後ろにかくれていました。
 ナナは泣きながら、オオカミの胸にこぶしを何度もふりおろしました。
「強くなったな。ナナ、強くなった。だが、それでは敵討ちはできないぞ」
「どうすればいいの!」
 ナナがそう言うと、オオカミはまわりを見まわし、さくそばにある木をみつけると、木にちかづいて行きました。木から枝をもぎとると、ナナの所にもどってきました。
「枝の先はするどく、とがっているだろう。これならば、オオカミを相手にたたかうことができるよ」
 そう言って、オオカミは枝をナナにもたせ、枝のするどい先を自分にむけさせたのです。
「さあ、ついてごらん」
 言われるままに、ナナはオオカミの胸をつきました。オオカミは子ウサギのもっている枝を両手でつかむと、さらに強く胸におしつけていました。
 血がふきでて、オオカミの胸に大きな薔薇がさいたようでした。
「ナナ、すごいな。オオカミをたおせるなんて、本当に大人になることができたんだね」
 そう言ったオオカミはクルリとまわって背を見せ、歩きだしました。どんどんとオオカミは小さくなっていき、やがて森の木々の中にきえてしまいました。

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 オオカミのすがたがまるで見えなくなると、黒耳ウサギがナナにちかよってきました。
「すごいね。オオカミをやっつけたね。きみのおかげで、ぼくたちを食べるオオカミは、もういなくなったよ」
 やがて、牧場にたくさんのウサギたちがやってくるようになりました。地面に穴をほって作る巣の作り方をナナはウサギたちに教わりました。そのおかげで、牧場そばに穴をほり、ナナはそこで住むようになりました。
 ウサギたちの話を聞いていると、オオカミは毎日のようにウサギたちを食べているようでした。でも、お父さんがウサギたちをおそった話をウサギたちから聞くことはありません。
 じゃ、お父さんは何を食べていたのでしょうか?
 そう考えていたナナがゆりかごの方を見ていた時でした。
 遠くからゆっくりと黒く大きなものがやってきました。その大きさは、牧場にいる牛よりも大きなものだったのです。でも、ナナもはじめて見るもので、大きな岩にしか見えません。
 大きな岩は、お父さんが作ったゆりかごにちかづいてきます。
 ゆりかごを前にすると、大きな岩はなにかを確かめるように立ちどまっていました。
 やがて、ゆりかごをつかみあげて背にのせると、大きな岩はもどっていこうとしたのです。
 思わずナナは走って大きな岩の前に飛びだしました。
「ゆりかごをどうするの?」
「子ウサギには、もういらないものだろう。だが、これを欲しいと言うものもいるよ」
「それは、だれ?」
「ゆりかごを作ったものだよ」
「えっ、じゃ、お父さんだ」
「お父さんじゃないだろう。あんたには、もうオオカミだ」
 ナナはくちごもってしまいました。すると、大きな岩はナナの横をとおって、歩きだしました。
 ナナはふたたび、大きな岩の前に飛びだしました。
「お父さんの所につれて行ってください」
 大きな岩はおどろいたように、ナナをみつめました。
「どこにいこうとしているのか、知っているのかね?」
 ナナは首をふりました。
「森だよ。そして、わたしは熊とよばれている」

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 熊はふたたび歩きだし、ナナは後について行きました。ナナに熊はついてくるなとも、ついてこいとも、なにも言いません。でも、熊の方からいろいろと話かけてくれたのです。
「肉を食べないで、生きる方法を聞かれたことがあったよ」
 ナナはすぐにお父さんのことだと思いました。
「そこで、ハチミツのとり方を教えてあげたよ。あんずの美味しさも教えてあげた。オオカミはあんずのハチミツづけを自分で作って食べていたね。キノコやクルミ、それに川で魚のとり方も教えてあげた。でも、オオカミは食べたりなくて、いつもお腹がすいていたと思うよ。だから、やせていただろう」
 たしかに熊の言うとおり、お父さんはいつもやせていました。話を聞いてナナは泣きだしていました。早くお父さんにあって、あやまらなければと思っていたからです。
 やがて、熊とナナは森の中に入りました。
 大きな木を背にして腰をおろしたオオカミが、いえ、お父さんが目をつむっていたのです。ナナは走っていって、「お父さん」とよびかけました。でも、オオカミは目をあけません。
「お父さんはどうしているの? ねむっているの?」
 熊はこまったように、だまっていました。
「ねむっているだけだよね?」と、ナナは熊に聞きました。
「そうだね。長いねむりについているだけだよ」
 そう言った熊は、背からゆりかごをおろすと、オオカミのそばにおきました。
 さすがに、ナナもオオカミが死んでしまったことを知りました。
「ゆりかごがそばにあれば、きみのお父さんでいたことをいつも思い出していられると、言っていたよ」
「お父さん。お父さんは、ぼくのお父さんだよ」
 子ウサギだったナナは、ねむるお父さんにだきつき泣きだしていました。

                  終



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