御鏡の青き神さまと巫乙女

奈古七映

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3、神さま、お話する

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「呪い!?」

 水音みなとは鏡を落としそうになった。

「これ、手を離すでないと言ったであろう」

 自称「神さま」が真剣な口調で注意する。

「気をつけろよ」

 月冴つかさも眉をひそめた。

「おまえが持ってないと、神さま消えちゃうんだから」

 理由はまだ聞いていないが、水音が鏡に触れていれば、神さまは人の姿でいられるらしい。
 何となく納得いかなかったが、水音はしっかり鏡をにぎって、正座したひざの上に乗せた。


 ここは月冴の部屋。
 いきなり出現した神さまに話を聞くために移動したところだ。

「我が眠っている間に何があったかは知らぬ」

 神さまはそう前置きして話しはじめた。

 目覚めた時、神さまの本体である鏡はどこかの蔵に隠されていた。
 国宝級の珍しいものだが盗難品なので表に出せず、しかも持つ者を不幸にするという噂が付いていた。
 前の持ち主は、呪いの噂は知っていたが信じなかった。だが、本当に不幸が続いたので、そのことを黙って骨董屋に売ったという。

「あの店の女主人は賢明であった」

 黒々とした悪鬼どもが鏡に群がっているのを見て、骨董屋の女主人は腰をぬかしたらしい。

「あれが見えたということは、生まれつき霊力のかけらでもあったとみえる」

 それで彼女は昨夜こっそり神社にやって来て、鏡を奉納箱に入れて去ったのだという。

「わかったぞ」

 月冴が怒り気味につぶやいた。

「そんな怪しい品物を扱う骨董屋なんて、この町にはあいつしかいない」

「誰のこと?」

 水音が尋ねると、月冴は忌々しげにその名を口にした。

「ヨシノだよ。うちの遠縁の……知ってるだろ? 宝物庫の茶器を盗んで売ったのバレて、神社出入り禁止になった女」

 あらた佳乃よしの。しばらく見かけていないが、そういえばそんな人がいたなと水音は思い出した。たしか月冴と同い年で、とても秀才なのだと聞いたことがある。

「出禁なんて初耳なんだけど」

 やや年が離れているので一緒に遊んだりはしなかったが、顔は知っている。よく神社に遊びに来ていたし、昔は月冴と仲が良かったはずだ。

「みなと、あの時まだ小さかったからな。誰も聞かせなかったのかも」
「知らなかった。町で骨董屋やってるってことも初めて聞いたし」
「あのヨシノなら、ひと目で御神体だってわかったはずなのに。また何か企んでるのか……やっぱり父さん呼んで来た方がいいな」

 月冴は立ち上がった。

「神さま、少し待っていて下さい」

 月冴は頭を下げると、急いで廊下に出て行った。足音が遠ざかっていく。
 水音は小さく息を吐き、黙って座っている神さまに目線を向けた。

 オーラが他の人や生き物に比べると、とても大きい。
 まるで青い炎に包まれているように見える。

 深い青色のせいで本来の顔色はよくわからないが、姿形は神々しく整っている。
 ただ、どことなく疲れているようで、やつれて弱々しくも見える。

「あの……」

 水音はおそるおそる話しかけた。

我が巫乙女かんなぎおとめよ、何でも遠慮なく申せ」

 神さまは美しい顔をにっこりほころばせた。

「かんなぎおとめ……って何ですか?」

 さっきからそう呼ばれているが、水音はどんな字を書くのかもわからなかった。

「わからぬのか」

 神さまは少し悲しそうな顔をした。

「そなたは我と共にあるべき存在なのに」
「……巫女みたいなものですか?」

 情報をはっきり与えてもらえないことに、水音は少しイラつきながらも根気よく質問した。

「巫乙女は我と離れず、互いに守り、力を分かち合うがさだめ」

 青い炎がゆらり揺れたと思った瞬間、神さまは水音のすぐ前に移動していた。

「え……?」

 水音の体を青が包みこむ。

「我が守りのあかしを」

 抱きしめられているのだとわかった時には、力強い腕のなかで身動きできなくなっていた。
 神さまのきれいなくちびるが、水音の頬をかすめて通りすぎる。

「いっ……た!」

 耳たぶにチクリと鋭い痛みを感じた水音は、思わず鏡から手を離してしまった。
 ゴトンと重い音をたてて、鏡が床に転がる。
 神さまの姿は消え失せ、今まであんなに青かった部屋も見慣れた色に戻っていた。

「お待たせ。父さんの部屋に移動しよう」

 月冴が戻って来た。
 ぼう然としていた水音だったが、ハッと我に返って立ち上がった。

「学校行かなきゃ!」

「こっちの方が大事だろ。あれ?……おまえ、手を離すなってあれほど」

「ごめん! 無理!」

 水音はドンと月冴を突き飛ばして逃げ出した。
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