御鏡の青き神さまと巫乙女

奈古七映

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4、神さま、罰を当てる?

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 三時間目が終わるころ、やっと水音みなとは学校に着いた。

 いつもの風景によけいな色がついているせいで、神社での出来事が夢ではなかったのだと思い知らされる。
 町を歩く老若男女、電車の乗客、学校の生徒、先生……みんな色とりどりのオーラに包まれていて、目に見えない虫か何かまで色を発しているらしく、空間に色だけついている場所もたくさんあった。

「まさか霊とかじゃないよね」

 廊下の端にくすんだ色を見つけた水音は、慌てて目をそらす。

「神さまのせいだ……」

 昨夜、夢に出てきたような気がするのだ。
 朝起きた時こうなっていたのだから、無関係なはずがない。

「みーなと」

 昼休みになってすぐ、後ろから声をかけられた。

「まこちゃん」

 水音はふり向き、やわらかいピンク色を目にして、表情をゆるませた。

 同じクラスの石井真子はわりと親しい友達だ。

「大遅刻なんて珍しいじゃん。どうしたの?」


 真子を包むピンクは淡くて、どこかホッとする色だった。

「ちょっと神社の用事で……」

 水音の両親も神職についているので、こう言えば家の用事だと伝わる。

「駅で待ってたよ、彼氏くん」

 水音は立ち止まった。
 先週からつきあいはじめた彼氏の顔がぼんやり浮かぶ。

「やば! 約束してたんだ」
「まじかよ」

 真子はあきれ顔で言う。

「謝り行った方がいいんじゃない? いくら向こうから告ってきたからって、すっぽかして知らん顔はまずいって」
「そうする。ごめん、ありがと!」

 2つ隣のクラスに急ぐ。

「大谷くん」

 呼びかけに大谷おおたに恵太けいたはふり返り、水音を見ると微笑んだ。

あらたさん、学校来てたんだ」

 先週まで委員会でちょっと話す程度だったので、二人の空気はまだぎこちない。

「今朝来なかったから、どうしたのかと思ってた」
「ごめんなさい!」

 1階の購買へ行くという恵太と並んで階段へ向かいながら、水音は言い訳を口にした。

「急用で神社行ったら遅くなっちゃって」

 水音はオレンジ色のオーラを見て、品行方正な恵太には似合わない色だと思った。

――色に意味ってあるのかな?

 占いなども興味がない水音には、オーラの色のことなんて全然わからない。

「次はちゃんと連絡するね」
「ドタキャンなんて、ない方が嬉しいけどね」

 恵太はじっと水音を見て言った。

「き、気をつける」

 ドキドキしながら目をそらした水音に、恵太は手を伸ばしてきた。

「どうしたの、これ?」

 耳たぶに恵太の指先が触れ、水音はびくりと身を震わせた。

「ピアス……じゃないか」
「え?」
「かさぶたが青くなった、みたいな」

 水音の脳裏に浮かんだのは、神さまのきれいなくちびる。
 頬をかすめて耳たぶに触れた瞬間、痛みが走った、あのくちびる。
 力強い腕に、深い青に包まれた感覚――もし水音が拒絶しなかったら、どうなっていたのだろう。

「傷かな。気付いてなかった?」
「う、うん……」

 あいまいに笑ってごまかそうと恵太を見た水音の目が、信じられないものをとらえた。

――色が変わってる!

 たった今、水音の耳に触れた恵太の手が、指先から黒っぽくなっている。
 まるでオレンジが腐るように、みるみるうちに変色していく。

「やだ……何なの?」

「どうかした?」

 恵太は水音の顔をのぞきこもうとしたが、急にふらっとバランスを崩して階段の手すりにつかまった。。

「大谷くん!」
「力がぬける……何だこれ」

 水音は支えてあげたかったが、自分に触れたところから黒くなったのが気になって、手を出せなかった。

「誰か……」

 助けを求めようと、恵太から目を離した時、ドンと鈍い音がした。

「わっ、落ちた!」
「大丈夫!?」

 騒然とするまわりの声で下を見ると、踊り場に恵太らしき男子が倒れている。

「嘘!」

 水音はあわてて駆け寄った。

「うう……」

 痛みがあるのか、恵太は苦しそうにうめいていたが、なぜかオーラはオレンジ色に戻っていた。





 病院を出ると、玄関前に月冴つかさの白い軽自動車が停まっていた。

 辺りはもう薄暗くなっている。
 水音《みなと》は黙って助手席に乗りこんだ。

「神社に行くからな」

 月冴の言葉にうなずきはしたが、水音はけわしい表情のままだ。

「彼氏、骨折だって?」
「腕と肋骨のね」

 救急車ではこばれた恵太を追って病院に来た水音は、さっきまで付き添っていたのだが、大事を取って一晩入院することになったので帰って来たのだ。

「おかしくない?」

 月冴には、電話で事情を話してある。

「大谷くん、あたしに触ったらオーラが黒くなって倒れたんだよ。鏡の神さまが呪ったんじゃないの!?」
「落ち着け。本当に呪いかどうか、わかんないじゃないか。偶然かもしれないし」
「偶然って、見てないからそんなこと言えるんだって」
「だけど朝、おまえ俺のこと突き飛ばしてっただろ? 俺は何ともないぞ?」

 そういえば確かに突き飛ばす時、両手で月冴に触れたが、瞬間的にドンと押しただけで素肌に触れたわけではない。

「とにかく、神さま呼び出して話さないとな。呪いってやつの真相も、まだちゃんと聞いてないし」
「……わかってるよ」

 水音はため息まじりに言った。

「でも、あの鏡に触るの、ちょっと抵抗ある」
「我慢しろ。たぶんだけど、水音にしか反応しないっぽいんだから」

 神さまを何とか出現させられないか、あれから月冴と父親、それに隠居した祖父まで加わって色々やってみたが、どんな古い祝詞《のりと》をとなえても鏡には何の変化もなかった。

「じいちゃんが言うには、巫乙女かんなぎみこというのは過去にも一人だけらしい」

「たった一人?」

「うちの神社ができた時の伝説、知ってるだろ? やんごとなき方が鏡に触れたら神さまが現れたって。それが巫乙女なんだって」
「それ、作り話じゃなかったの?」
「俺も何かの比喩だと思ってたよ。今朝、この目で水音が神さまを出現させるのを見るまでは」
 
ハンドルを握る月冴は真顔だった。

「おまえは神さまにとって特別な人間なんだ」

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