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4、神さま、悪鬼を憂う
しおりを挟む蟠 龍 菱 文 鏡
祖父は半紙に墨で書いて見せた。
「ばんりゅうひしもんきょう。古代中国の神鏡だ。紀元前のものだが、日本に渡ってきたのは奈良時代。知っての通り、朝廷に献上されたこの鏡を、さる高貴な方が手にしたとたんに神さまが現れたので、その方を祭主として神社がつくられた」
窓も扉も閉めきった部屋に集まっているのは七人。
水音とその両親、月冴とその両親、そして隠居した先代宮司の祖父だ。
「その初代祭主のことは、古文書を調べてみたら、確かに巫乙女と書いてある」
「問題はその続きだ」
龍文神社の現宮司である月冴の父が口をはさんだ。いいかげん、由来などはもういいから早く本題に入って欲しいと、その場にいる全員が思っていたところだ。
「おい! わしの話はここからが山場なのに、よけいな口を出すでない」
子供じみた祖父の文句に、一同はあきれ顔を見合わせる。
「いいから黙って聞いておれ。その初代は若くして亡くなった。それで弟君が祭主を継ぎ、その血筋がワシらまで続いておる。世の流れで天照大神はじめ他の神々もあわせてまつるようになったが、主神は龍神さまで、御神体は御鏡というのは変わらんかった。それが、鎌倉時代に盗まれてしまって、今日まで長らく主神のいない神社として軽く扱われてきたのだ」
感極まった様子で語り続ける祖父を、止められる者はもういない。
「水音が巫乙女として生まれ、つとめを果たせる年齢になったから、神さまは戻って来てくださったんだ。わしは誇りに思うぞ!」
「じいちゃん……そういう思いこみはやめようよ」
水音は頭が痛くなってきた。
黄色く光る祖父と月冴、赤い伯父、水色の伯母、緑の母、ピンクの父に囲まれていると、色彩がチカチカして目がおかしくなりそうだ。
「本人に聞く方が手っ取り早いでしょ」
鏡に手を伸ばす。
「待て、まだ話は終わ……」
祖父を無視して、水音は鏡を持ち上げた。
ぶわっと空気が揺れ、一瞬にして水音の視界が真っ青に染まる。
「か、神さま……」
水音と月冴は二度めだが、大人たちは腰をぬかすほど驚いた。
うっとりするほど優美な姿をした神さまは、ゆったりした衣をまとい、身の丈ほどもある長い髪を五色の綾紐で高く結っている。
「しもべ達よ、久しく留守にしたな」
にっこり微笑んだ神さまに、祖父が慌てて床に両手をついて頭を下げた。
「お帰りなさいませ!!!」
月冴と宮司夫妻も平伏し、水音の両親も同じように頭を下げる。
「我の力は弱っておる。しばらくは大したこともできぬが祀ってくれようか?」
「はっ!誠心誠意おまつりさせていただきます!」
いつもは現実的な宮司が、感極まった様子で声を震わせている。
「さしあたって案じられるのが、この身につきまとう悪鬼ども。あのような穢れを寄せつけるなど、神の身でありながら情けないが、力を蓄えるまでは退けることもかなわぬ」
神さまは水音の肩にそっと手を置いた。
「巫乙女も狙われるやも……」
心配そうに顔をのぞかれ、水音はどきっとした。切れ長の目の奥はオーラと同じ深い青色をしていて、見ていると吸いこまれそうになる。
「どうしたらいいですか?」
水音はなぜか、神さまから目をそらせなかった。神さまも優しそうな視線を水音に向けたままだ。
「肌身離さず我を持っていて欲しい。そうすれば力を蓄えながら、そなたを守れる」
「ずっとっていうのは難しい、ような気が……」
鏡を持っているということは、神さまも現れっぱなしで水音のそばにいるということだ。
学校に神さまを連れて行くわけにはいかないし、風呂やトイレはどうしたらいいというのだ?
「水音、言う通りにしなさい」
祖父が口出ししてきた。
「学校もしばらく休みだ。せっかくだから、ここに篭《こも》って巫女修行でもすればいい。おまえは今まで神社のことに無関心過ぎたからな」
「ええっ」
「言うておかねばならぬことがある。大事なことだ」
神さまは水音の肩に置いた手に力をこめた。
「血縁のない男子に触れられぬよう気をつけよ」
「え? それってどういう……」
恵太のことを思い、水音は青ざめた。
「たとえわざとでなくとも指一本でも触れれば、巫乙女を穢す者として罰が下されるのだ」
やっぱりそういうことだったのか――ほんの少し耳に触っただけで、恵太のオーラは黒くなり、階段から落ちて怪我をしたら元の色に戻った。もし階段のそばじゃなかったとしても、何らかの形で罰が下っていたのだろう。
「やめてよ……そんな迷惑なこと、なんでするの?」
水音は自分のせいで恵太に怪我をさせたと思うと、いたたまれない気持ちになった。好きだと言ってくれた人をこんな目に遭わせるなんて、申し訳なさでいっぱいになる。
「呪いも罰も、我が意図して下すわけではない。そういう風になっているとしか……我にも止めることができぬのだ」
神さまは口ごもりながら言い訳した。責められてしょんぼりしているようだ。
「無理! いや、ほんと無理」
水音は首をふりながら後ずさりした。
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