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変わらない本質

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 最初は何がきっかけだったか既に覚えてない。
 ただ、いきたり因縁を付けられ、金を請求された。
 当初は当然拒否した。少ないお金を奪われては生活に支障が出る。
 だが、それは寧ろ相手を奮い立たせる餌と成った。

 言葉での請求が出来ないなら暴力で従わせるしかない。
 そんな時代はいつの時代にも存在する。
 その餌食に成るのは当然、人望も無く人気も無い奴。
 つまり、『いじめをしても大丈夫な奴』である。
 自分の権力、自分の立場を最大限理解し利用する奴の考えは一番凶悪だ。

 それとは真逆に、権力を隠し紳士に生きる人間は、物語のような主人公だろう。
 だが、そんな完璧な主人公は現実には居ない。
 だって、そうだろう。誰も助けてくれないんだから。

 金を奪われた。制服が汚れた。怪我をした。

 自分が全ての証拠。それを示して先生に助けを求める。
 それに返って来る答え『大丈夫だったか?』心配の言葉。『もう大丈夫だ』安心させる言葉。『具体的な事を教えて欲しい』解決へ動く言葉。
 答えは、その全てがハズレだ。

 ベストアンサー『そうか。ちょっと聞いてみるな』である。
 被害者ではなく加害者に具体的な事情を聞こうとする。
 それでもう終わりだ。人の印象なんてそれだけでガララと変わる。
 小学や中学などの義務教育はもっと悲惨である。
 教師が生徒の味方? そんなのは過去も未来も永劫に無い。
 体罰が普通だった過去。今は自分の保身の為に全てを裏切る。さて未来はどうなるのか。

 掃除は押し付けられ、二クラス分行った事もある。
 暴力を振るわれ、いつしか泣く事が無くなった。
 拒絶すれば寄り強い暴力か降り注ぐ日々。
 耐えても耐えても報われる事は無い絶望の日々。
 親はパチンコ中毒、軽めの虐待、頼りに成るハズが無かった。
 子供はあくまでステータスと今後の財布、そして盾だ。

 肉体も精神も磨り減って行き、いつしか全てが無に感じた。
 それでも、痛いものは痛い。苦しいものは苦しい。
 負の感情だけが、無の自分に残された感情だった。
 喜び、嬉しさ、正の感情は一切無かった。

 辛い毎日、ただ時間だけが過ぎるのを待った。
 世の中は不公平の塊だ。
 相手の権力が強ければ、当然弱い自分は呑み込まれる。
 飼い慣らされ、ただの道具として扱われる。

 それに耐えきれず引き篭ったり、自害を選ぶ人も居るだろう。
 だが、この世界は最悪だが平等だ。
 戦えば、レベルが上がり強くなる。
 訓練すれば、技術が上がる。
 誰でも武器が手に入り、誰でもスキルと言う特別な力が得られる。
 その中にはそれ相応の格差はあるが。このシステムは全員平等だ。

 私にはこんな苦痛の日々を耐え抜くスキルがある。
 だから、どれだけ苦しかろうと、どれだけ辛かろうと、立ち上がる事が可能なのだ。

 そして、それだけのスキルを身に付けさせた相手は今、死の淵に立っている。
 絶望に染まる顔はこれまで一切の苦労や苦痛を知らない人の顔である。
 人を虐げる事だけを考えていた奴らには当然とも言える顔。
 ほら見ろ、世の中は平等だ。
 どれだけ権力に寄って、立場的に不公平不平等だとしても、モンスターに寄って訪れる危機と死は皆平等に隣り合わせている。
 今回は、あいつらにそれらの矛先が向いただけの事。
 因果応報? くだらん。

 強い奴は弱い奴を虐げる事を許される。弱い奴は強い奴の顔色を伺い日々を耐え凌ぐ。
 さらに弱者は、強者の全ての感情をぶつけられ、それに耐える為の道具に過ぎない。
 この世は弱肉強食だ。
 誰だって知っている自然の摂理のその言葉。
 誰がそれを否定出来るのか。誰がそれを『間違っている』と豪語出来ると言うのか。

 権力はあいつらの方が強い。だが、戦いに関しては私の方が強い。
 そして、あいつらは弱い。弱いからモンスターに殺される。
 それだけの事が、目の前で起ころうとしているだけだ。

 だと言うのに、周りの顔は青ざめて恐怖している。
 クソみたいな支配者がこの世から消える瞬間なのに笑っているのは私だけだ。
 どこがおかしいと聞かれたら全てだろうか。
 虐げて来た奴が一度でも死を直感するとここまで恐怖するものかと、誰も逆らえない奴が居なく成るのに喜ばない周りの奴ら。
 全てが滑稽に感じて笑ってしまう。失笑? 違うね。
 ここは笑うべくして笑うんだよ。

 助けて、助けて、私が昔に何回も心の中で願った言葉だ。
 それは誰にも届かない。この世にヒーローなんて存在しない。
 それが相手にも実感して貰えただろうか。
 この学校は崩壊するだろう。人も沢山死ぬだろう。
 そしてそれを私は、誰よりも高い場所から見下ろす。
 それが可能なのだ。

 叫び声が心地良く感じる。私の心はここまで腐っていたのかと思えてしまう。
 腐りきった所を、裕也さん、紗波さん、源さん、何よりもヒノ。
 彼らが癒してくれていた。でも、無理だったようだ。
 これが私の本質である。
 嫌いな奴の死を笑って見る事の出来る程のサイコパス。
 学校が崩壊し、沢山の死者が出ると予測出来ているのに誰かを助けると言う考えが出て来ない。

 人は皆自己中だ。
 私も、自分の事しか考えてない。

そうだよ、私は自分の事しか考えてない

 自分が生き残れるなら、ここに居る人間全員差し出してやれる自信がある。
 私にはそれを良しとする勇気が存在する。
 それが私と言う本質だ。

 だけど、それを塗り替える本質が今は存在する。
 もうすぐ冬休みに入る。もうすぐクリスマス。
 そして、裕也さん達、私を変えてくれた恩人達にお礼する日。
 その為のプレゼント。金はいくらあっても困らない。

「だからさぁ! 金になりそうな物持っている奴を、誰かに譲るなんて出来ねぇよなぁ! それを汚されたくはねぇよなぁ! オーガか知らんが、金になるもん全部、全部置いて死ねえええええ!」

 だからこそ、私は動いた。助ける? バカを言うな。
 私は助ける為に鉈を振るったんじゃない。金が欲しいから、オーガを殺す為に振るったのだ。
 後は結果に過ぎない。
 そして、何よりも金になりそうなボスが無条件で倒せるんだ。
 乗らない手は無い。ある筈がない。

「この鉈、痛てぇか?」

『おおおおお!』

 金棒を片手でフルスイングするオーガ。ヒノで急いで武器チェンジ。
 ヒノを下敷きに吹き飛ばされる。
 壁にぶち込まれ、瓦礫に押し潰される。
 オーガはそのまま倒れている奴のトドメを刺そうとする。

「だから、汚すなって」

 瓦礫を蹴り飛ばす。驚くオーガ二体。
 口から牙が出ているんで余計に怖いわ。
 血がどっぷりと制服に掛かってやがる。頭から血が流れ、口からは大量の血を吐き、目は霞む。
 でも、生きていれば十分だ。自然と痛みは感じないしね。

「行くぜヒノ」

 魔剣の再生能力は魔剣の血が私に流れる形で回復して行く。
 ヒノの【睡眠回復】よりかは全然弱いけどね。

「一撃で死なないなら、私の負ける要素は皆無だな」

 ヒノが私を包み込み、制服から黒いパーカーのレザーアーマーに切り替わる。
 再び鉈を取り出し、左手に鉈を、右手に魔剣を。

「全力で稼がせて貰いますぜ」
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