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一章 転生と心

本気な奴に止めろは通用しない

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「ほらほら、受け切れるかなぁ!」

「⋯⋯」

 相手の攻撃が吸い付くように急所を狙って来る。
 刀身を弾いたりして受け流し、時には髪一重で避けて近づく。

「はっ!」

【発勁】を利用した拳の突き出しを剣で防がれ、上手く衝撃を逃がされた。
 それによって剣が砕ける事無く、足の突き出しが喉を襲う。
 鱗に変えて防御を試みるが、【発勁】とはまた違う技術なのか、激しい痛みと共に吹き飛んだ。

「痛い」

 壁に大の字で衝突して、床に着地する。
 明確なダメージを受ける感じは前回よりも強い。
 でも、死にたくいとか、そう言う考えは全く出て来ない。
 ただ、殺意に呑まれて殺したいと言う欲しか湧いて来ない。

「お前は確かに強いよ。今の俺で勝てるか怪しい」

「そうかい。ま、逃げるとかは出来ないから」

「勘違いするなよ。こっちは鼻から逃げるって言う選択肢は存在しないんだ」

 確実な不意打ちなら銃を使うのが一番だろう。
 だが、こいつはそれを躱す気がする。こいつは見抜いている。俺にまだ、余裕があると。
 だから相手も余裕を見せる。決して全力で戦わず、俺の全力を見る。
 そして、先に全力を見せた方が確実な負けを得る。それがこの戦いだ。

 ⋯⋯カマセの方を見ると、止血を試みているようだった。
 傭兵を見ると、剣をクルクルしながら俺の様子を伺っていた。

「⋯⋯ほい」

 俺は左腕をもぎ取り、刀へとその姿を変えた。

「気持ち悪いなぁ」

「知ってるよ」

 でもな。多分あの子達は、こんな俺を見ても受けれてくれている。寧ろ心配してくれる。
 それ程までに強く優しく純粋な子供達だった。

「未来ある子供達の命を平気で奪うお前に明日は要らない」

「明日は自分の手で作り出すもんだ⋯⋯よ!」

 一歩で俺との距離をゼロへと変える。そして瞬速の斬撃が降り注ぐ。

「陰式一番、滝壺」

「陰式八番、八咫烏」

 さっきのを見よう見まねで行う。俺の薄い斬撃は軽々弾かれ、技は不発に終わる。
 一閃の斬撃は勢いを落としたが、深々と俺の肩を切り裂いた。
 それが腹まで下がって行く。一瞬意識が途切れた感じがした。
 痛みを感じながらも平然としていられるが、確実に『死』が近づいていると分かる。
 冷静に分析出来る怖さをここで知った。

「痛ぇな!」

「はっ!」

 流石に動ける筈のない傷を与えた傭兵は反撃に反応出来ない。
 確実に仕留めたという『勘違い』と攻撃後と言う隙の大きい『体勢』により、俺の反撃は避けれない。
 さらに言えば、この一撃に賭けていた為に、剣ではなく刀で戦った。
 言い訳だが、剣で使う技を刀では上手く扱えないのは当然だろう。

「ふん!」

 しかし、流石は元国の情報機関『陰』だ。反応された。
 ま、俺はどれだけ『陰』が凄いのか知らないのだが。
 しかし、反応されたとは言え、浅く相手の腹を切り裂いた。月に照らされる鮮血がこれ程までに美しいとは思わなかった。

「うっ」

 子供の体は当然小さい。胴体の真ん中まで切り裂かれた体に目をやる。
 スカスカの肉体が視界に入る。血すら出ない。
 血が流れてないとは正にこの事。⋯⋯そうだ。もう、リーシア達にも血は流れないんだ。
【自己再生】を使うが、再生速度が遅い。

「化け物か」

「なんで、なんで」

 その事を考えると子供達の笑顔がフラッシュバックする。
 どんな姿になっても笑顔ではしゃぐ子供達。暴れすぎてリーシアに怒られる男の子。そして笑い出す皆。
 誰よりも率先して俺と子供達を繋ぎ合わせようとしてくれたリーシア。
 皆に変身してどっちが本物かクイズで遊んだ子供達。
 俺に名前を与えてくれた恩人達。手がリザードマンに成ってもカッコイイと言ってくれた子供達!

 皆、誰かの欲望の為に殺される存在じゃない。
 自分の保身の為に周りを下げる。その為の犠牲に成る人達は自分達の為に死ねると感謝しろとのたうち回る豚!
 利己主義エゴイズムのクズ野郎。

「お前らには生きる資格は無い。ここで命の糸を切る。地獄から這い上がれるネギも糸もお前らには差し出されない。あっても、絶対に切れる。永劫の苦しみを味わあい、自分達のして来た行いと欲望と向き合い反省しろ」

 刹那、俺の闘気が激増した。
 ゾーンと言う奴なのだろうか。後ろにリーシア達が居ると感じた瞬間、俺の感覚が全て変わったのだ。
 最初は割と見えた動き、そしてスピードを上げられて普通に速いと感じる相手の動き。
 しかし、今ではブレて、ゆっくりに見える。それだけじゃない。相手の足の動き、呼吸、視線、それらで次の動きが予測出来る。
『死』を自覚した俺、リーシア達を自覚した俺、それらが俺を覚醒させた。

 空気が、空間が、手に取るように分かる。
 左腕を治し、再びリザードマンと人間の腕を合わせた形にする。
 俺の纏う気配が切り替わった瞬間、傭兵の顔から余裕が消えた。
 正に真剣勝負が始まろうとしていた。
 ⋯⋯だが、横槍が入った。

「なんっ!」

 傭兵の足に何かが刺さった気がした。音がしなかった。かなりのスピードだった。
 今の俺ですらギリギリ見えた程度だ。
 吹き矢だった。毒針でも放ったのだろう。

「これは、俺が気づかなかった。何故だ。なぜ、そこまでの存在が俺を⋯⋯」

 そいつが俺の味方だろうが敵だろうが関係ない。
 俺のやるべき事に有利に運ぶなら、十分だ。
 恩義も感じないし感謝もするつもりはない。
 俺は俺の目的の為に動くだけだ。

「まて、それは卑怯⋯⋯」

「殺し合いに卑怯もクソもあるか」

 麻痺なのか、相手は体が上手く動けていなかった。
 だが、動けたとしても、この攻撃は躱す事は出来なかっただろう。
 今の傭兵には絶対に分からないが、今の俺の動きは相手の認識出来るスピードよりも速かったのだ。

「ぐああああ!」

 そのまま両足を手刀で切断した。

「こ、こんなの、認めねぇ! ぜ、ぜってぇに、認めねぇ!」

「怒りは人を強くする」

 俺はベランダへと向かい、隠していたカバンを持って来る。
 止血すら出来ない状態の傭兵が俺が取り出した瓶を見て目をかっぴらく。
 血が見える程に強く開いている。

「同じ臭いを探すのに苦労したよ。熱伝導水溶液。熱や火を通す液体。油ともガソリンとも違うが似た性質、火炎瓶に使用される液体だ」

 それを床にタラタラ垂らして、瓶が空に成ったらもう一本取り出し、再び垂らす。
 さらにカマセと傭兵に垂らしいたいが、我慢する。

「おま、え。最初から、それが目的か」

「ああ。正直俺は⋯⋯最初から殺すつもりならお前を不意打ちで確実にやれていた自信があった」

 元々お前に殺意は無かった。だから、障害を排除する感じで、狙撃銃で遠距離スナイプすれば良かったのだ。
 最初から銃を使えば良かったのだ。魔力と痛みを惜しまず、サブマシンガンを使えば良かったのだ。
 わざわざ剣と拳と言う近接格闘をする必要は無かった。
 最初はお前を殺さない為だった。しかし、途中から俺のターゲットと変わった。
 そして⋯⋯皆と同じ目に合わせる為だ。

 カマセも、傭兵も、手加減して確実に殺さないように無力化した。
 今回は誰かの手助けにより出来た。正直、足を切った程度ではこの傭兵を無力化出来た自信はない。
 さっきの攻撃もしっかり命中したと思うが、それでも両足を切断出来たか怪しい。
 出来なくて、逃げられるのが最悪のオチだ。

 ま、上手く行ったので良い。結果良ければ全て良し。

「き、きじゃまぁ! わ、ワタシを誰だと思って⋯⋯」

「うるさいよ。安心して、暴力は振るわないから」

 無力化は終わっている。だから、今後は何もしない。
 なので、子供が見せる純粋な満面の笑みを浮かべた。
 相手から見たら、悪魔の笑みだろうがな。

「や、止めてくれ」

「お、俺は役に立つ。続けるな! 陰の情報も、国家機密も、全部、俺が知っている事全部話すから、助けてくれ!」

「そ、そうだ。奴隷を何体でも買ってやる! 今回の事も不問にしてやる! だから、止めろ!」

 俺は液体をこの部屋全面を広げたので、最後に一つの石を取り出した。
 爆火石だ。

「良い事教えてあげる。バカと煙は高い所を好む。そして、煙を吸う方が早く死ぬんだ。だから、火が通らないようにして、煙を吸わないように屈めば、長生き出来るよ」

 俺は親切にそう言った。純粋な親切心だ。別に、その方が長く苦しむとか、火に炙られやすいとか、そんな考えは無い。
 無いが、思い浮かんでしまう。

「あ、あと。国とか、奴隷とか、興味ないんで」

 そして、近くにあった本棚をベランダまで移動させて、塞ぐように閉じた。ガラス扉を破壊してしまったからね。
 そして、石に魔力を流す。最後まで流したら、床に捨てる。
『止めろ』と言う二人の絶叫が心地好く感じたのは⋯⋯俺が魔物だからだろうか。
そして石は綺麗なパリン、と言う音を立てて破裂した。
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