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一章 転生と心

世界の動きだし

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 ドゴーン、爆発と共にとある屋敷が爆ぜる。立ち上る火は月が照らすこの国をより紅く照らす。
 この国のシンボルかと錯覚するかのような輝きを放ち、大きな火は暗闇に紛れて煙を空に伸ばす。
 周囲の目を奪い、「なんだ」「なんだ」と騒ぎ立つ。
 いきなり出現した爆炎は事故なのかなんなのか。
 だが、決して火を使う場所ではない二階から燃えている不思議は人を集めた。

 その中心にはその屋敷に住んでいたであろう痩せた女性、その息子、そして興奮冷めない様子の娘。
 その後ろには法律違反の塊である奴隷や働き先を失い無職となった使用人達が居る。
 そう、この火事により、資産も何もかも失った。残ったのは優秀な命と罪のない命。
 金が無ければ使用人は雇えない。雇えないからその人達は職を失う。
 奴隷から解放されても行先は限られている。そんな限られた一つの孤児院は今は無い。
 この屋敷の主人が犯した罪の精算は痩せた女性へと向かう。
 この一つの火事でそこそこの人数の人生が終わった。

「悪いな。俺には、君達の人生を考えれる程の余裕は無かった。あの野郎を、同じやり方で殺したかった⋯⋯君達には悪いと思っている」

「いえ。この国の汚点を掃除して頂き感謝致します。⋯⋯本当に、ありがとうございます」

 娘は他人から話掛けられた。見た目は知らないが、なんとなく分かる彼女は返事をする。
 今後の生活を空に浮かべながら、空を見上げる。
 軽く溜息を吐いて、屋敷から離れる。手に握られた数少ない金をじゃらりと揺らして。

 翌日、屋敷からは一人の丸焦げの焼死体が発見された。この屋敷の主人だと推定され、火事の原因糾明が急がれた。
 そして、例の三人と奴隷達が国王に呼び出された。
 玉座の前で跪く三人と奴隷を見下ろすのはこの国の国王である。
 国民を大切にし、亜人だの関係なく生命たるもの平等であると言う思想を持つ。
 いずれは魔族とも平和協定を結び、世界平和を考えている。

「呼び出された理由は分かっているか」

「はい。如何なる処分もお受けします」

 母親が先陣を切る。
 この場所には不思議な事に騎士の姿が見えなかった。
 本来なら騎士などが居るのだが、今回は国王と王妃だけである。
 そして、国王は娘の名前を最初に読み上げた。

「ソナタに今の爵位を継がせる事とする。さらに、現領地の相続を命ずる」

「え」

「不服か?」

「⋯⋯い、いえ」

 娘は戸惑っていた。何故罰が無いのか。

「我が国の汚点に縛られていた者達よ。ソナタ達の望みを聞く。もしも行先が無いのであれば、この娘に面倒を見て貰え。嫌だとは、言わんな?」

「⋯⋯ッ! 勿論でございます」

「うむ。期待している」

 この結果により、帰る場所の無い元奴隷達は娘に寄って匿われる事と成った。
 勿論、道具としてではなく一人の生命として。

 次に息子の名前が呼ばれた。

「貴様には陰に所属して貰う」

「え」

 娘の目が見事な点へと変わり、兄を見る。

「分かりました。ここまでの好条件を出されて断れませんしね。畏まりました我が主」

「ふん。適当言いよって」

「え、え」

「コラ。陛下の前だ。今は冷静にいなさい」

 そして、それからも色々と言われて開放された。
 しかし、兄が陰に誘われた時から娘の思考は中々動いていなかった。
 領地へと向かう馬車の中で兄がこれまでの経緯を話した。
 陰に正式に入るのは一週間後だ。

「元々陰に誘われていたんだよ。大体五歳の頃に」

「そんな早くから?」

「幼い頃から英才教育を施す為だ。だけど、断った。新しく誕生した妹の面倒もあったし、母様だけをアイツの傍に残して置きたくなかった」

「兄様が、私よりも、優秀? ない。絶対にありえない」

「おいコラ。まぁ、今に成ってはその心配もないし⋯⋯何よりもリーシアちゃんの姿をしていたあの存在が気になる」

「なんで? なんで兄様が⋯⋯」

「もう無視するな? 母様は聞いてるよね?」

「知ってたわよ?」

「もう話すの止めようかな」

 実際この男は平凡な息子を演じながら、裏では国の育成機関に通って陰としての実力を付けていた。
 同期の中でも群を抜いて実力があったのだが、正式な陰ではなかった。
 しかし、いずれ国王は陰に入る事を確信していたので、危険を承知で育成していた。
 実際にこの男は陰へと正式に今回入会する事となる。

「落ち着きました。お兄様、どうしてそうなったかお話お願いします」

「もう領地が目の前なんだが!」

 ちなみに行先の無い元奴隷は全員であった。
 奴隷として売られる前、この人達が奴隷に成る瞬間。
 拉致される時に家族諸共全員殺された⋯⋯或いはバラバラに売られた。
 娘は元奴隷達の家族を探しながら領地経営する事をこの場で誓った。
 そして、後に大都市とまで言われる領地に成る。

 ◆

 少し時間を遡り、まだ火が立ち上る中で夜の墓場へと来ている女の子が居た。

「皆、終わったよ。こんな理由で殺す必要は無かったって怒るかな? 俺が死んだらきっと君達とは真逆の方向に行くだろう。だから、ここでお別れだ。最初に別れる分岐点はここだよ。⋯⋯僅かな時間だったけど、楽しかったよ。本当に楽しかった。名前をくれて、ありがとう」

 振り返り、外に向かって歩みを進める。
 その姿は徐々に大きくなって行く。
『大人』と言う概念とリーシアを配合した姿と成ったのだ。
 きっと、すくすく成長した大人のリーシアは今のこの人の姿に成っているだろう。
 性別操作可能。見た目操作可能。スキル色々使用可能。
 そんな奴が見た目を固定すると無意識に魂に刻んだ。だからと言って、他の姿に成れない訳ではなかった。
 本の僅かにだが、このままが良いと願っても。ある種の呪いの様な力だった。

「ヒスイ、君には迷惑を掛けたよ。さようなら。そこそこ短い時間だったけど、悪くない旅だったよ。弓矢の腕だけは上げろよ」

 器物破損、放火、不法侵入、殺人、様々な犯罪を重ねたこの人は自分の元主に別れを告げた。
 薄れて行く刻まれた契約の証を見ながら、空へと舞う。

 刹那、その人を包み込む魔法陣が出現し、光となって消えた。

 ◆

 教会にて、教皇は焦っていた。普段傍に居るシスターはどうしたのかと慌てていた。

「た、大変です」

「今の教皇の態度を見ていたら分かります」

「別に自分の話ではありません。神託が参りました」

「如何様に!」

「大きな事です」

「い、一体⋯⋯」

神々の遊戯ラグナロク・ゲームが始まったようです」

「ラグナロク・ゲーム⋯⋯ですか?」

「⋯⋯これは世界禁忌事項の一説にあります。つまりは、神に選ばれた者にしか知る事を許されていません。その一人がワタシです。来なさい。貴女になら問題ないと言う事です。そして貴女に任務を与えます」

「畏まりました」

 二人は場所を変えた。教皇は外から見えない様に魔法を使い、同時に音も漏れない様にした。絶対に他者に漏れたくない情報と言う事である。
 そして、ラグナロク・ゲームの話をされた。

 数百年に一度、神々が様々な世界から魂を持って来て、この世界に集中させる。
 そして、その魂同士で戦わせる。神々はその魂の中から一つ選んで加護を与える。
 そしてその加護を与えられた者同士は殺し合い、最後まで生き残った魂に加護を与えた神の勝ち。
 これは下手をしたら様々な国が滅ぶ程の大事に成る。
 世界が滅びかけた時もあり、禁忌事項となった。
 しかし、神の娯楽としてこの文化は隠れて引き継がれていた。

「そ、そんな事が⋯⋯」

「そして、貴女を信頼しての頼みです」

「はい」

「我が主が加護を与えるべきと判断した存在がこの付近に居るそうです。逃げらられる前にその存在に、この神水を」

「これは?」

「進化の聖水。またの名を神水。飲ませた存在に加護と進化を齎す。選ばれていない者が口にすると体が崩壊し、魂諸共消失します」

「⋯⋯」

「これを、その存在に」

「⋯⋯どうやって、探せば?」

「⋯⋯それは」

「それは」

「それは」

「それは⋯⋯」

「神のみぞ知る」

「無いんですね」

「ヒントは姿形を変えるそうです。後、『神指』を使えばその存在のある程度の方向が分かるようです」

「あるじゃないですか。分かりました。その任務、お受け致します。教皇様の側仕えを新たに用意します」

「頼みます。くれぐれも、誰にも気づかれぬように」

「はい!」

 そして、教皇の傍に何時も居る、教会本部最強とまで言われたシスターが動き出す。

「ワタシも、そろそろ神聖法国に戻りますか」

「その方がよろしいかと。真の教皇不在の教会本部は最近不穏な動きを見せているようですから。国も動かなくなります」

「使徒が集まった国ですからね。国王ではなく、教皇の役目、ですからね。ワタシは神の声だけをお聞きしたい」

「無理です。立場には責任を」

「分かっていますよ。それは、貴女も同じです」

「はい!」
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