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始まった二人
しおりを挟むぐったりとした織は、しばらく向井の好きなようにさせていたが、息が整うにつれて正気に戻ってきた。
「…何してんの」
「お掃除っす」
「うわあああ!いいよそんなとこ!」
(カマトトぶりやがって)
さっさと服を着込んだ織に、向井は心の中で毒づいた。
織は、ベッドの端で向井に背を向けて寝ようとしたところで、後ろから向井に抱き寄せられた。
「恥ずかしいんすか」
「…僕が言ったこと忘れてもらえない?」
「…どれっすか、俺のこと好きって言ったやつか、指が気持ちいいとか、もっともっとって」
「わあああああ」
こんなに恥ずかしいなら、さっき気絶してしまえれば良かった。織は心当たりがあるだけにダメージが大きかった。
「好きって言ったやつ以外…」
「(要望は)分かりました」
織としても簡単な気持ちで言った訳では無かったが、これで今までのような関係には戻れないと思うとやはり怖かった。
(そもそも何で好きって言ってくれたかも謎だけど、僕のことなんてすぐ飽きるだろうし)
織は抱き枕状態から抜け出して向井の方を向き、その胸に額を寄せた。
そして、すぐ近くにある向井の顔を見上げた。自分に笑いかける眼差しに、織はまた胸が熱くなった。
(でもしょうがない)
「龍君が好き…」
そもそも、好きになった時点で戻れるはずも無かったことを思い出し、織は観念した。
そのまま訪れた激しい眠気に身を任せ、目を閉じた。
(勃たせといて寝るのは罪では)
それはともかく、向井は織が自分の腕で眠っているという事実に感動した。
少し前まで織が男を愛せるかも知らず、何とか手相で分からないかと悪戦苦闘していたというのに。
(好きって言ったのは忘れないでいいんすもんね)
この幸せに免じて、向井は言うだけ言って寝てしまった織を許すことにした。
-----
「うっ」
織は何の気なしにベッドから起き上がった瞬間、無理な体勢で身体を酷使したツケが回ってきた事実を知った。
「立てますか?」
「た、立てなかった」
先に起きていた向井が、カウンターの方から織の様子を見に来た。
「すいません、負担かけちゃいましたね」
「いや、むしろ…」
(めちゃめちゃ優しくて感じた)とは言えなかった。
「ひ弱なおじいちゃんでごめん」
「いや、むしろ」
(俺に潰されながら苦しそうに喘ぐ織さんが良かった)とは言えなかった。
「今日、休みで良かったっすね」
「ほんとそれ…」
「さて」
「うん?」
「アプリ消しましょうか」
向井の手によって一通りの登録解除が終わったところで、持ち主にスマホが返ってきた。
できることが無いため朝シャンを決め込んだ織は、スマホを受け取ってソファ前のテーブルに置いた。
「まあ、自分には無理だと思ったし、もう登録しないと思うよ」
「何すか、合うやつだったらしそうな感じ」
「はは、穿った見方して…向井君がいるうちはやらないよ」
「…」
向井は織をソファに押し倒し、覆い被さるように抱き締めた。
「俺がずっといるから」
(そんな顔しないで)
密着した織の心臓がうるさく鳴っているのを感じて、向井は安心した。
もし今、自分の感情を全てぶつけたら、織が逃げてしまう気がした。
「俺のこと嫌いになるまでは」
(俺から逃げないで)
自分の感情がそれくらい執着じみている自覚はあった。
向井は織の耳元から顔を離し、真っ赤になった織の目を見た。
「…俺のでいてください」
「…うん」
織は自分だけを映す向井の瞳を見つめ返すのが恥ずかしくなり、彼に抱き着いた。
その瞳が自分から離れていく時、自分がもう立ち上がれない予感がして、腕の力が知らず強まった。
「…龍君」
その声に応えるように向井が自分を締め付ける力の強さに、織は安心を覚えた。
これだけ真っ直ぐ自分を求めてくれる人から、逃げられる気がしなかった。
「ありがとう」
-----
向井のやりたい事リストから、またいくつか達成項目が増えた。
「はあっ…あっ…ン……」
(後ろからだと顔は見えないけど攻めやすいな)
視点を変えて見えるものがあるんだな、と向井はひとり知見を深めていった。
向井は無駄な抵抗を見せる織の身体を持ち上げ、織を背中から抱いた形のまま自分の膝に乗せた。
「! や…重いよ…下ろしてっ…、…っ!」
織による抗議は、胸への愛撫によって全く取り沙汰されないまま向井を興奮させる材料になった。
「何で声我慢するんですか?」
「し、してな…あっ、やだ、両方したらやっ、んっ…はぁぁ…っ」
「両方されるの好き?」
「ひっ…あ…はぁ…っ、好き…」
倒れる寸前まで働くような、良くも悪くも我慢強い織が、快楽にはどこまでも弱かった。その事実は向井をエスカレートさせた。
後ろから耳を舐め、首や背中を噛み、何度もキスをしながら胸を指で弄った。
「可愛い。勃ってますよ」
「や、可愛くなっ…、んっ…」
「こっちも勃ってますね。嬉しい」
織は自分が向井を助長させているとは知らず、恥ずかしいことばかり言ってくる向井に何か言ってやりたかった。
「んあっ…向井君が、触るか…ら…はぁっ…絶対やめて…そっち触ったら、おかしくなる…」
必死に伝えたにもかかわらず、織の希望は通らなかったようで、向井は織の性器をやわやわと手のひらで触り始めた。
「ああ!やっ…んやあっ!言ったのに!だめ…あ…っは…」
このまま向かい合って、お互い出して終わろう。向井はそう考え、服を脱ぐために織を攻めから解放した。
ここまで来て逃げないだろうと思ってのことだったが、ソファからベッドへ向かったのは意外だった。
更に意外だったのは、ベッドから戻った織が持っていたものだった。
「織さん、昨日の今日っすよ」
「責任とってもらう」
(やだ、かっこいい)
向井は大人しくベッドに引きずり込まれた。
(ふっふっふ…)
自分の一物を間近で見られるのは流石に恥ずかしいだろう。織はしてやったりの思いでそれを口に咥えた。
「ん…うっ」
(思ってたより苦しい。よだれも出るし…これ気持ちいいのか?)
そう思って織が向井を見上げると、向井が予想外に切羽詰まった顔をしていたことにドキッとした。攻める向井の気持ちが分かった瞬間だった。
「…っ、ふっ…」
(固くなってる。こんなのが入ってたんだ…)
月並みな感想で織が楽しんだのも束の間だった。
「織さん、こっちにまたがってください」
「こっち!? どういうこと?」
「俺も織さんを気持ちよくしたいんで」
もちろん拒否したが、向井に口で勝ったことの無い織はそろそろと向井に自分の秘部をさらけ出した。その恥ずかしそうな様子が向井を更に楽しませているとも知らずに。
「はぁ…」
柔らかい感触に、織は思わずため息が漏れた。自分の口が止まらないように努力したが、向井が後ろの穴に手を伸ばしたことで完全にその余裕が無くなった。
「ひっ」
「痛かった?」
「ちがっ、…え?そっちはダメ…」
「何で?」
「だって、み、見えちゃうし…汚い…んんんっ」
二人はベッドの上で横になったまま、お互いを貪っていたが、今回は向井からの要求があった。
「織さん、乗ってほしい…」
「…うん」
快感に焦らされた織の身体は、簡単に向井を飲み込んだ。
「あ…あぁーっ…龍く…深っ…」
織は腰が動くままに快感を増大させていき、早くも限界が近づいてくるのを感じた。
「まって…ちょっと、はやい…はンっんあっ、あっ…あっ…?」
突然、ずるりと自身を抜いた向井に、織は戸惑った表情を向けた。
「すいません、ちょっとイキそう…あと、後ろからしてもいいですか…?」
「うしろ…?こう…?」
熱に浮かされた織が腰を上げて拡げた場所から、とろりと液が流れ出した。
(こいつ…こいつ…)
向井は何とか自分を見失わないよう叱咤しながら、織が誘う場所へ自身の熱を押し進めた。
(俺のが…織さんに挿さってるとこが見える…あと俺ごしのケツがエロい…)
何度も想像してきた光景を超える絵力だった、向井はゾクゾクと満たされる欲に突き動かされるように織の腰を掴み、身体をぶつけた。
「ぅああ!あっ!龍っく…んああ!」
織は生々しく雄の向井を感じた。自分を求めて夢中になっている事実が、自分の身体を満たす快感と相まって織の脳を犯した。
何とか身体を反らし、織は向井に顔を支えられてキスをした。
そのまま何度も突かれて織は精を放った。追いかけるように向井は腰を揺らし、織の中で果てた。
-----
「どうしてこうなったんでしたっけ?」
「僕!?」
織の休日は、ひとまずグシャグシャになったベッドのシーツ交換に決まった。
「織さん」
「ん?」
織が洗濯機を動かした帰り、カウンターで遅めの昼食を準備している向井が真剣な顔で切り出した。
「俺、ほんとにダメな時は我慢できる子なんで…」
(気にしてたんだ)
「いったん俺が恋人でいいっすか」
(今さらそこ確認するの…?)
色々と思うことはあったが、向井の顔を見ると水を差すことはできなかった。
織は向井の隣に座った。
(さっきまであんなことしてたのに…)
向井がいつから織を好きで、いつまで好きなのかも織はまだ知らなかった。
それでも、目の前にいる向井が今、自分を思ってくれていることは分かった。
カウンターテーブルの上で固く握られた向井の手に、織は自分の手を重ねた。
「む、向井君が僕に手を出すなら問題ないんだよね」
「全くないっす」
織は恥ずかしさのあまり声が震えるのを必死で抑えた。
「じゃあ…恋人で、お願いします…」
「…」
(あれ)
向井からの反応が無かったため、織は恥ずかしさをこらえて彼の方を見た。
織が顔を上げた瞬間、向井が織に抱き着いたため、顔は見えなかった。
「…ありがと…織さん…」
「龍君こそ。…大好き」
「何でいま言うんすか…もうやだ」
向井が鼻をすする音が聞こえたので、織は近くにあったティッシュを渡した。
「…あす」
「そんなに僕の事好きなの…?」
「そうすよ、でも男が好きかも分かんなかったし、絶対嫌われたくなかったからずっと我慢したんすから…」
「その頃から?全然わかんなかった…」
「でしょ、良かったっすじゃあ…本当に好きだったんで…」
なぜか織も涙が出てきた。
「ごめん、なんも知らずに甘えてばっかで…」
「いや、結果オーライっす」
「え?」
向井の声がいつも通りに戻った。
「羽場さんのことが無ければ、このスピードでどうこうなんなかったと思うんで」
「あ、まぁ、そう…かな?」
「ハイ。やっぱ、耐えきれなくなってからが始まりだなって思いました」
「はぁ…」
(耐えきれなくなったのは僕では?)
「今、耐えきれなくなったのは僕じゃない?って思いました?」
「なんで分かんの」
抱き着いたままの向井は、織の腰に回した腕に力を込めた。
「絶対こっちっすから。ここ数か月なんか夜な夜な(今思えば)羽場さんと連絡したり、前日元気だったのに翌日急に腰押さえてたり、そんなん見てたら相手いるんだって思うじゃないっすか」
そう思うのは織を見過ぎていた向井だけだったが、織は思っても言わなかった。
「だからって諦めらんなくて…変な話、男って結婚とか無いじゃないですか。そしたら恋人じゃない奴と連日やってんのかいってなって…」
自分の失言を思い出したらしく、向井は織から身体を離し、俯きながら言った。
「…あの時はウザすぎる絡みしてすみませんでした」
「アハハ、もういいよ。むしろ結果オーライでしょ」
向井の愛が存外重いことを感じた織は、知らず笑顔が深まった。
思わず立ち上がって、座ったままの向井を後ろから抱き締めた。
「それでも、好きでいてくれてありがとう」
「織さん…」
「大好き」
「待って織さん」
(珍しく素直に話してんのに…)
「どうしたの」
「あんまり言われると俺、襲いそう」
織は向井から離れ、昼食の準備に戻った。
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