【完結】かわいい彼氏

  *  ゆるゆ

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がんばるよ




「勉強するから、むり」

 断固NOを言えるようになった遥斗が、陸上部の勧誘をお断りすると、体育教師は泣きそうな顔になった。
 ごめんよ。

 周りのクラスメイトたちは教師に勧誘される遥斗にも、断る遥斗にも目をまるくした。

「めちゃくちゃ勉強してるよなー、遥斗」

「ちょっと引く」


 勝手に引くがいい!

 お前たちが引いている間に学力をたくわえ、りょーくんと一緒の高校に合格してみせる!

 奇跡は、踏ん張って頑張ってる人にしか、降ってこないんだぞ! たぶん!


 ふんと鼻を鳴らす遥斗に、ちょっと涙目だった教師が復活して、にやりと笑った。


「佐倉、陸上をがんばれば、スポーツ推薦っていうのがあるんだぞ! 勉強が多少できなくったって、高校に行けるんだ!」

 ………………。

 ……どうして頭わるい前提で話が進むのかな?

 おかしくない?


「すげえじゃん、佐倉」

「すぽーつ推薦!」

 なぜ周りのほうが盛りあがる?

 ほめてくれるのは、うれしいよ。ありがとう。


「陸上、やってみないか、佐倉!」

 熱のこもる勧誘に、遥斗はあっさり首をふった。


「行きたい高校に、スポーツ推薦枠、ないので」

 りょーくんが行くような、このあたりの偏差値の高い進学校に、スポーツ推薦枠は、ない。

 残念だけど。
 とっても! 残念だけど!

『かけっこ一等賞なら、りょーくんと一緒の高校に入れてあげます』だったら、めちゃくちゃ陸上がんばるのに!

 ……りょーくんと手をつないで帰った後でね。そこは譲れないけどね。


「え、うそ、遥斗、そんなに頭いいの?」

「すごい、佐倉、頭よかったんだ!」

『勘違いしてたよ、ごめんな!』みたいなクラスメイトたちに、ふるふる遥斗は首をふった。

「だから勉強してる」

「なるほど」

 皆が納得した。

 ……なぜあっさり納得する?

 ひどくない?


「じゃあまあ、陸上部に籍だけおいて、大会のときだけ走ってくれ! 小学校のときもしてたんだろ? 勉強の息抜き、いい気分転換になるぞ」 

 にこにこする体育教師が、勧誘一色だよ。

「陸上部の人が、いやな気もちになりませんか」

 小学校のときは、3人しか部員がいなかったから、ほんとうの助っ人だった。
 陸上部の3人は『佐倉のおかげで、リレーに出られる!』『ありがとな、佐倉!』とても喜んでくれたけれど、他のクラブの人とかから、『何あいつ』という目は、いつも刺さった。

 陸上に命を懸けるより、りょーくんに命を懸けたい遥斗は、申しわけないが放課後の練習に参加できない。


 りょーくんと一緒に帰るしあわせを、1日たりとも削るわけにはいかない──!


 拳をにぎった遥斗は正論を告げる。

「一生懸命練習している部員が大会に出るほうがいいと思う」

 教師は笑って親指をたてた。

「この間、3年が卒業して、新入生が入ってくれなくて、部員が3人になっちゃったんだ。佐倉が入ってくれたら、リレーに出場できる! 頼むよ、佐倉!」

 またか! 少子化、きびしい。

「それに佐倉、走ってるだろ? 身体を見れば、わかる」

 しばらく沈黙した遥斗は、こくりとうなずいた。

 走ると脳が活性化すると聞いて、学力があがるかもと、土手の桜並木を走るのは続けている。あんまり頭がよくなっていない気がするけれど、走るのを止めると、もっと頭がぽんぽこりんになりそうで、こわい。

「第一中学の陸上部がリレーに出場できるようになるためにも、佐倉の気分転換のためにも、走ってくれ!」

 拝まれました。

 勉強の時間が割かれてしまうのは残念だけれど、机にかじりついてもだめなときがあることを遥斗は学習していた。

 りょーくんのおかげで、走るのはだいすきなままだ。
 リレーに出場できるようになったら、陸上部の3人はよろこんでくれるかもしれない。

 小学校のときの、皆の笑顔を思いだす。

「すこしだけなら? リレーだけ?」

 譲歩した遥斗に、体育教師は、やりきった会心の笑みを浮かべた。

「おお、ありがとう、佐倉!」


 流された気がしないでもないけれど、遥斗はいちおう陸上部の部員となり、休日にスタートの練習やバトンを受ける練習をすることになった。

 確かに時間は割かれるけれど、その分、がんばって勉強しようとするので、ちょこっと効率があがった気がする……?

 小学校のときに教えてくれたおじいちゃんが、部活動指導員としてまた遥斗を教えてくれた。

「おお、おお、はるくんか! また速くなったのう!」

 頭をなでてくれたら、恥ずかしいけど、照れくさいけれど、こっそりうれしい。




 地元のちっちゃな大会に、遥斗は陸上部員として出場することになった。

 両親が応援に来てくれるのは、恥ずかしいけど、ちょっとうれしい。

 涼真が応援に来てくれるのは、ちょっと恥ずかしいけど、めちゃくちゃうれしい。


「りょーくん、来てくれたんだ!」

 こくんとうなずいた涼真が、遥斗の手をにぎってくれる。


「がんばれ、ハル」

 真っすぐな澄んだ声で、耳にやさしい低い声で、涼真が言ってくれたら、遥斗はいつだって、どこまでも走れる気がする。


 パァン──!

 スタートピストルと同時に、一斉にバトンを持った皆が駆けだした。

 ぱぁん! でいっしょに走りたくなってしまう遥斗は、どきどきしながらバトンを待つ。

 今日も遥斗は、アンカーだ。

「一番速いから!」

「頼むぞ、佐倉!」

 皆の希望をのせて、遥斗は走る。

 ちょっと重たいときもあるけれど、プレッシャーに指がふるえたりするけれど、でもとびきり、わくわくする。


「佐倉──!」

 陸上部の第3走者が駆けてくる。高鳴る胸を押さえるように遥斗はゆっくり駆けだした。

 パシ!

 練習のとおり、バトンをつかんだ瞬間、加速する。


「おぉお! 佐倉、はや──!」

「すげえ!」

「いっけ──! 佐倉──!」

 陸上部の3人が応援してくれる。


「ハル……! がんばれ……!」

 りょーくんの声が、聞こえる気がする。

 観客席で応援してくれる涼真が、遥斗の背を押してくれる。


 思いきり大地を蹴った遥斗は、ラストスパートをかけた。

 ギアをあげるたび、加速するたび、どこまでも速く走れる気がして、びっくりする。

『人間は、自分が思うより、ずっとできる』

 おとうさんの言葉を思いだす。

 勉強も、こんな風だったらいいのに……!

 思いながら前を向く。

 結んだはちまきが風に流れて、遥斗はゴールラインを駆け抜けた。


「俺らが6位入賞とか、すげえ!」

「佐倉のおかげだよ、ありがとう!」

 陸上部の皆が、泣いてよろこんでくれた。

「ありがとうー! 佐倉ー!」

 体育教師が、号泣してた。

 うん、よろこんでくれて、うれしいよ。鼻水ふこうね、せんせー。



「がんばったね、はる!」

「よくやった!」

 両親がほめてくれるのも、もちろん、うれしいけれど。


「ハル、すごい」

 夜空の瞳をほそめて、ほんのり唇の端をあげてくれるりょーくんの言葉が、とびきりうれしい。


「ありがとう、りょーくん。でも今日はメダルなかったよ」

 また、りょーくんの首にかけてあげたかったな。

 ちょっと残念な遥斗の頭を、のびた涼真の長い指が、そっと、なでてくれた。


「ハルが走るの、いつも、すごい」

 まぶしいものを見るように、目をほそめて、ほのかに笑ってくれた。


 きゅんきゅん、胸が音をたてる。

 とくとく鼓動が駆けて、走ることが、りょーくんが、もっと、だいすきになる。







 がんばったら、がんばった分だけ報われるような、かけっこと違い、がんばっても、がんばっても、ふつうにしがみつくだけで精いっぱいのお勉強に、遥斗はしょんぼりだ。

 逆だったらよかったのにな。

 ちょっと思う。

 でも遥斗は、かけっこが得意だったから、運動会で思いきり転んだから、涼真のやさしさに包まれ、恋が降った。

 勉強が得意な遥斗は、涼真をライバルとして憎々しく思ったかもしれない。



 だから遥斗は、これでいい。

 涼真がだいすきな自分が、すきだから。



 そう思っても、あがらない成績にはしょんぼりする。

 下がらないで、精一杯だよ!

 ふにゅにゅにゅにゅ……!

 それでも、涙目でしょんぼりしながらも毎日がんばっていれば、尽力がいつか実を結び、激的に成績があがることがあるかもしれない。

 上達は、階段みたいにやってくるという。
 平坦なところを我慢してこらえて、がんばりつづけると、ある日突然、できるようになるらしい。

 びよんと!

 ……ほんとかな? そうだといいな……!

 もし成績が、びよんと跳びあがったら、りょーくんと一緒の高校に通えるかもしれない。

 希望を捨てずに、自分にできる限りの全力で遥斗は勉強をがんばった。

 がんばれば、がんばるほど、涼真との間にそびえたつ断崖に打ちのめされる。

 それでも机にしがみつくように勉強した遥斗は3年になり、おそらく自分の本来の頭の出来でゆけるだろう高校よりも2ランクも上げた高校の受験を勧められるようになった。


「やった!」

 よろこべたのは、ちょこっとだった。

 遥斗の奮闘の結果、受験することになった高校は、涼真の滑り止めの高校、しかも下のほうの滑り止めにしかならなかったのだ。


 しょんぼりだ。

 がんばっても、がんばっても、がんばっても、だめなことはあることを、遥斗は学んだ。


 ちょっと涙目で、勧められた高校を告げた遥斗に、両親は誇らしそうにうなずいた。

「がんばったね、遥斗!」


「結果ばかりを見ちゃうけど、ほんとうは、がんばることが、すごいことなんだよ」

 おとうさんが、笑ってくれる。


「気力と体力がないと、がんばれない。
 がんばれるって、奇跡みたいに、すごいことなんだ」

 おかあさんが、笑ってくれる。


「がんばったことは、ひと欠片もムダにならないよ」


「ぜんぶ遥斗を輝かせる、ひかりになる」


 落ちこむ遥斗の頭をなでてくれた。







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