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出陣!
しおりを挟むちっちゃな家に帰ってきたキーアは、ヤエが貸してくれた服を着てみた。
ふつうのシンプルの白いシャツに、魔法の糸らしいもので、きらびやかな模様が刺繍されている。
「魔力を、流す……」
首をひねったキーアは、身体のなかにある魔力が、こう手からみょーんと流れだすのを想像してみた。
みょーんが服に伝わって──ぴかぴかするのに目を剥いた。
「おお! 光ってる! すごい! これ、魔力が流れてるってこと?」
「素晴らしいです、キーアおぼっちゃま!」
ビカビカ色が変わってゆく服に、見守ってくれていたスーパー従僕トマが拍手してくれる隣で、おじいちゃん執事ヨニが首を傾げた。
「キーアおぼっちゃま、これはちょっと、色が激しく変わりすぎなのでは? もうちょっと細く細く、ゆっくり魔力を流したほうがよろしいのではないでしょうか」
「なるほど! 細く、長く、ゆっくり、ゆっくり」
みょーんと出そうとしていた魔力を、しゅー、と、ちいさくゆっくりにしてみる。
「おぉお! さすがキーアおぼっちゃま!」
きれいな虹色に、ゆっくり色が変わるようになったよ!
なんか、すんごいネオンサインを着てるみたいだけど、本番の服はこうじゃないよね……!
信じてるよ、ヤエさま──!
『仮縫いの服ができたから、来てー』
郵便屋さんがヤエの手紙を届けてくれたのは、すぐだった。
「はっや!」
びっくりしたキーアは、さっそくトマとヨニと一緒に公都の奥にひっそりたたずむ、ヤエのお店に向かう。
カラカラン
鈴が鳴って、唇に針をくわえたヤエが、手をあげた。
「いやもうなんか、キーアが俺の服を着てくれるって思ったら、楽しみで楽しみで、手が速くって!」
着せてくれた服は、すべてが仮縫いで、ちょっと間違うと糸が切れてしまいそうなのだけれど、まち針とかが絶対に刺さらないように、抜いてくれている。やさしい。
「うわ、これだけ腰絞っていいのか♡ なるほど。腰も足もほっそいなー♡」
とろけるような笑顔で鼻歌のヤエに、キーアの肩は、しょんぼり落ちる。
「……お肉が買えなくて、筋肉がつかなくて……」
切ない!
「いやこの引き締まった身体、最高でしょ! これで本縫いするから、あんまり太ったり痩せたりしないでね。最高に仕上げたいから」
「……え、いや、それ、むずかし……」
引きつるキーアを励ますように、トマが胸を叩いてくれた。
「大丈夫です、キーアおぼっちゃま! 体重制御は俺が!」
さすがスーパー従僕トマ!
ご飯も筋トレも鍛錬も監督してくれてるから、お任せしておけば、間違いなし!
「ギリギリまで刺繍するから、当日に店に来てくれる? 着つけと化粧もさせて。完璧に仕上げたいから」
微笑んでくれるヤエに、仰け反った。
「そ、それは鬼課金コースでは……! 払えるお金ないし、申しわけない──!」
あわあわするキーアの額に、ヤエのひとさし指がふれる。
「だから、キーアには俺の広告塔になってもらうの。完璧に仕上げなくてどうするの。
キーアのためでもあるけど、俺のためだよ」
やわらかそうなベージュの髪を揺らして笑ってくれる。
「お肌と髪に気をつけて、たっぷり寝て、たっぷり食べて、よく運動して、健やかにいてください」
とろけるような微笑みが、やさしい。
「が、がんばります! たぶん、つやつやにしてくれます、トマとヨニが!」
スーパー従僕と、スーパー執事だから!
「お任せください、キーアおぼっちゃま!」
「限られた資金のなかで、最高のものを召しあがってください!」
トマとヨニがやる気だ!
ありがとう!
「ヤエさまも、あんまり無理しないでね」
仮縫いが仕上がるのがあまりにも早かったし、心配で思わず手を握ったら、ヤエのベージュの瞳が瞬いた。
「やっぱりこれ、脈ありなんじゃ♡」
トマとヨニが、剣を抜きそうになってる。
完璧なトマとヨニの調整のおかげでキーアは、お肌もつやつや、髪もさらさら、顔も名前もない、今だけは……! 身長もないモブの、たぶん限界です、ありがとうございます!
しあがったら、大公殿下主催の、舞踏会だよー!
き、緊張する……!
伴侶(予定)に逢うんだよ。
『今までごめんね』って謝って、伴侶(予定)を解消!
お互いに自由になって、大公立学園での学園生活を楽しもう!
悪役令息が応援してほしいなら、応援してあげるよー。
主人公も!
中立になれたら、うれしいなー。
「キーアおぼっちゃま、そろそろヤエ殿のお店に向かいましょうか」
髪をすいてくれたヨニに、カチコチな頬で頷いた。
「……い、行こう、か」
「だいじょうぶですよ、キーアおぼっちゃま。めちゃくちゃ、かわいーです!」
トマが拳を握ってくれる。やさしい。
「うれしいけど、でも『かっこいー』が、いい」
ちょっとふくれる頬に、トマもヨニも、3歳のお子さまのわがままを聞く瞳で、とろけるように笑ってくれた。
キピア家にあることが不思議になるけど、たぶん先代の時にしつらえた馬車をトマが出してくれて、ヨニと一緒に乗りこんだ。
「……はー……緊張する……」
口から心臓が出そうだよ。
入学試験の時より、緊張してそう。
騎士科のときも、魔法科のときも、手がぶるぶるだったね。思いだした。
「キーアおぼっちゃま、ヤエ殿のお店に到着いたしました」
しゃっと御者席から降りたトマが、馬車の扉を開けてくれる。
ヤエのお店の扉も開けてくれて
カラカラン
澄んだ鈴の音が迎えてくれた。
「いらっしゃーい!」
にこにこ出てきてくれたヤエが、固まった。
「…………うわあ…………」
ベージュの瞳が見開かれて、止まる。
息を、してない。
「え、なんですか、その反応──! こわい!」
泣きだしそうなキーアに、ヤエが、ぽかんとしてる。
「……なにこれ。……やばい。……え、俺の服が負けるとか、ありなの?」
茫然としてるヤエの目が、泳いでる。
「現在のキーアおぼっちゃまの、最高値かと」
「会心の、しあがりです!」
ヨニもトマも、胸を張ってくれる。
「えへへ、トマとヨニのおかげで、髪、さらさらで、お肌、もちもちなんだよ。
さわる?」
ベージュの瞳が、まるくなる。
耳まで深紅に染まったヤエが、飛びあがった。
「なにこの子──! 大人を誘惑してくるんだけど──! ちょ、手を出したら俺が犯罪者じゃないか──!」
真っ赤な頬で、もだもだしてる。かわいい。
「ヤエ殿、舞踏会のお時間がございますので、お支度を」
ヨニにうながされたヤエが、朱い頬で立ちあがる。
「……わ、わかった。……うわあ、もっと刺繍を張りこんでもよかったなあ。キーアが可愛いのはわかってたけど、まさか、ここまでとは……あと2刻あったら刺繍を足すんだけど……」
ぶつぶつ呟いてるヤエが、くやしそうに吐息した。
「……ごめん。キーアを最高に魅力的に見せる服をつくったつもりだったけど、今のキーアには負けると思う。
服は着る人を引き立たせるものなのに、着る人に引きたててもらう服だなんて、ほんとにごめん。最初に謝っておく」
「ヤエさまの服を着られるだけで、至福ですから──!」
ぴょこんと飛び跳ねて両手を掲げるキーアに、トマとヨニの、ヤエの目も、3歳のお子さまを、やさしく見守る目になってる。
ヤエは、プロだった。
わー♡ きゃー♡ しながら、着つけてくれて、メイクをしてくれ、髪のスタイリングをしてくれる。
「……はー、かんぺき。……すごい。芸術」
渾身の力作が完成したように拍手するヤエに、ヨニもトマも拍手して、キーアも一緒に拍手した。
鏡のなかの自分が、なんか、違う自分になってる。
「……ヤエさま、すごい……」
これが鬼課金の実力か──!
あれだよ、使用前 → 使用後
『別人だろぉおオ──!』クオリティ!
「これ、今から馬車とか乗るんだよね?」
首を傾げるヤエのベージュの髪が、ふわふわ揺れた。
「はい」
「大公宮に行って、踊ったりするんだよね?」
そうだよ、トマとヨニと一緒に、ダンスの練習も、ちゃんとしたんだよ!
……前のキーアは、ダンスなんて、ちっともしなかった。
踊ったこともなかったし、ダンスを覚える気さえなかった。
舞踏会に行っても、壁面にしつらえられたバイキングに夢中で、両手にケーキを持って、食べかすをくっつけてたよ。
そりゃ、伴侶(予定)やだって言われるよ──!
前のキーアがちっちゃくなってる。
一緒に反省しような。
「踊れるようになりましたー!」
えへん!
胸を張るキーアに、とろけるように笑ったヤエが、顔を引き締める。
「俺も、ついてっていいかな?」
「え?」
「舞踏会。キーアの従者として。謝罪するんだろ? 直前に、乱れてたら意味がないから。最高のキーアにしてあげる」
「……え、え、迷惑、なんじゃ……」
あわあわするキーアに、ヤエが微笑む。
「こんなに可愛いキーアの隣にいられるなんて、しあわせしかない」
とろけるようなあまい声で囁かないでください──!
ヤエさまルートがないのは、やっぱり運営、最大の手落ちだ──!
「従者は3人まで連れてきてよいとのことですので、一緒に参りましょう」
ヨニが微笑んで、ちょっと唇を尖らせたトマも頷いてくれた。
トマが、かわいい。
「キーアおぼっちゃまを、可愛くしてくださるから、ですからね」
「わかってるよ、トマ。もー、かわいーんだから♡」
トマの頬に ちゅ♡ しそうなヤエを、ちっちゃな身体を押しこんで、あわあわ阻む。
「ヤエさま! トマは俺の大事な大事な従僕ですから! お遊びとか、真剣に絶対にだめですから──!」
両の拳を握って叫んだ!
きょとんとしたヤエが吹きだして笑って、真っ赤になったトマが、とろけそうに笑ってくれる。
「ありがとうございます、キーアおぼっちゃま。お仕えできて、しあわせです」
「俺も、トマがいてくれて、とってもしあわせだよ! 勿論、ヨニも!」
3人でぬくぬく抱きあって、笑った。
「はいはい、こういう時にね、俺が要るんだな」
乱れた髪や服を、しゃしゃっと戻してくれる。
さすがプロ!
「じゃあ、大公宮へ?」
首を傾げるキーアに、スーパー執事ヨニが首を振る。
「いえ、高位貴族であられるトリアーデ家へ。伴侶(予定)のネィトさまをお迎えに参ります」
来た──!
久しぶりの、再会です──!
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