1 / 26
ルゼ
しおりを挟む──荒い息が、聞こえる。
大気が、揺らぐ。
エーテ王国の王宮舞踏会で、アルファの誰かが、発情した。
「ルゼ? どうした」
跳びあがった俺に、不審そうに父が眉をひそめる。
親父が用意してくれた着慣れない貴族の服が、オメガの俺を守るようにひるがえる。
「卑しい血が混じっているとはいえ、高位貴族の末席に名を連ねるザァナ家の──とびきり高貴な! 俺の血をひいているんだ。
立っているだけだぞ、しゃんとしろ!」
忌々しそうに鼻を鳴らす父はアルファだから、この気配が分からない……?
わめく父を後ろに、つられて強制発情させられないよう、あわてて鼻を塞いだ俺は、目をむいた。
鼻を押さえても、意味がない。
めちゃくちゃ、いい匂いがする。
……他のオメガは反応していない、みたいだ……?
俺にだけ、強く感じられるフェロモン……? そんなこと──
フェロモンに撃ち倒されるような俺の思考をさえぎるように、父親が鼻を鳴らす。
「下賤で無能なお前がようやく成人したから、子どもを恵んでやろうという親心だ。
貴族のアルファ、できれば次期当主をつかまえて、この薬を盛って、孕め。あとは俺が金をせびってやる」
『お前が高位貴族だなんて、この国は終わりだ──!』
『お前の血をひいてるなんて、最低だ──!』叫びたいのを、あわててこらえた。
こんな親でも、いちおう高位貴族だ。
王宮舞踏会で暴言を吐いたら、平民の俺の首ヴ飛んでしまう
親父に突きつけられた小瓶のなかの紫の雫が、俺の手のなかで揺れる。
この薬を使って、やさしいアルファの子を孕めたら、子どもも俺も、救われるかもしれない。
思ってしまった自分も、金をせびりたい父と、同罪だ。
噛みしめたら、吐息がふるえた。
平民で従僕をしていた男性オメガの母を無理やり凌辱して孕ませ、俺を産ませておいて
『地位と金目的の、卑しいオメガに襲われた!』
騒いで母を邸から追い出したのは、高位貴族の末席にしがみつくザァナ家の第三子である父だった。
俺がオメガだとわかると、金をせびることに使えると思ったらしく認知はしたものの、家名を名乗ることは許さず、邸に入れることさえないのだから、父親の最低具合はよく知っている。
今はそんなことに構っている場合ではない。
発情したアルファは、理性が飛ぶ。
オメガと見ると、襲わずにいられないらしい。
力の強いアルファになると、オメガを強制的に発情させることさえできるという。
──発情させられたら、お終いだ。
どんなにいやだったとしても、オメガは高確率で、アルファの子を孕んでしまう。……俺の母のように。
母は父を憎み、俺を憎んだ。
あたりまえだ。だれが自分を凌辱し、蔑み、追放した、誰より憎い男の子どもを愛してくれるだろう。
そんな離れ業ができるのは、ありえないほど尊くやさしいオメガだけだ。
孤児院で育った俺に、時折、父は面会にやってきた。
『アルファに近づいて孕ませてもらえるようなオメガかどうか』肉づきや顔を確認するために。
金は出さないが、金づるは繋ぐ。
そんな親ばかりの孤児院でも、さすがに高位貴族の息子はいなかったから、皆から無視されたり、水を掛けられたり、散々だった。
「男のオメガ」
「いやらしい」
蔑みが降るのは、毎日だ。
そう、エーテ王国では身体の性別ではなく、アルファ、ベータ、オメガと呼ばれる性が重視される。
とても優秀でエーテ王国の中枢を支えるのが、アルファだ。民のうちの一割ほどがアルファで、貴族に集中する。
身体が男性であっても孕め、高確率でアルファ、もしくはオメガを産めるのが、オメガだ。民のうちの七分ほどがオメガで、アルファよりも貴重だ。男のオメガは、さらに少ない。
アルファやオメガの持つフェロモンに反応せず、発情もしないベータ。民の八割三分を占める。
この3つの性によって、特に貴族は品定めされる。
アルファなら、家を継ぐ次期当主候補だ。
オメガなら、アルファの伴侶、もしくは愛人となって子を産むことを望まれる。
ベータなら、優秀な場合をのぞき、さようなら。オメガかベータとなればオメガが選ばれるので、ベータが当主になれるのは、よっぽど優秀か、よっぽど他に誰もいない時だけだ。
貴族なら、オメガに生まれたことを喜べばよかった。うまくいけば、立派なアルファに囲われて、養われ、なかなか優雅な暮らしをさせてもらえる。運命のつがいになれたら、しあわせの絶頂だという。
さいあくなのは、平民のオメガだ。
裕福な家に生まれれば、優秀な子を孕めると大切にされることもあるのだが、男性オメガはとても少ないこともあって、物珍しさから、濡れるのか確かめたいとか、具合がいいらしいとか言われて、変なのが犯そうと寄ってくる──!
「いつでも発情期なんだろ?」
「男がほしいんだろ?」
くっちゃい息を吹きかけられて
「誰がお前の粗──なんか、いるかァア──!」
拳を振りあげたことは、何度あるのか数えるのも、いやだ。
────────────────
はじめましての方も、他のお話を読んでくださった方も、見てくださってありがとうございます!
はじめての、オメガバースです──!
オメガバースは、こうじゃないと! みたいなのじゃなくても、自分流にアレンジしていいみたいなので? 思い切って書いてみました。
書いてみたら、めちゃくちゃ楽しかった(笑)ルゼと一緒に、気軽に楽しく読んでいただけるようなお話を目指して、がんばります──!
見てくださった、あなたさまが、ちょこっとでも楽しんでくださったら、ルゼといっしょに、とても、とてもうれしいです!
624
あなたにおすすめの小説
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
回帰したシリルの見る夢は
riiko
BL
公爵令息シリルは幼い頃より王太子の婚約者として、彼と番になる未来を夢見てきた。
しかし王太子は婚約者の自分には冷たい。どうやら彼には恋人がいるのだと知った日、物語は動き出した。
嫉妬に狂い断罪されたシリルは、何故だかきっかけの日に回帰した。そして回帰前には見えなかったことが少しずつ見えてきて、本当に望む夢が何かを徐々に思い出す。
執着をやめた途端、執着される側になったオメガが、次こそ間違えないようにと、可愛くも真面目に奮闘する物語!
執着アルファ×回帰オメガ
本編では明かされなかった、回帰前の出来事は外伝に掲載しております。
性描写が入るシーンは
※マークをタイトルにつけます。
物語お楽しみいただけたら幸いです。
***
2022.12.26「第10回BL小説大賞」で奨励賞をいただきました!
応援してくれた皆様のお陰です。
ご投票いただけた方、お読みくださった方、本当にありがとうございました!!
☆☆☆
2024.3.13 書籍発売&レンタル開始いたしました!!!!
応援してくださった読者さまのお陰でございます。本当にありがとうございます。書籍化にあたり連載時よりも読みやすく書き直しました。お楽しみいただけたら幸いです。
悪役令息(Ω)に転生した俺、破滅回避のためΩ隠してαを装ってたら、冷徹α第一王子に婚約者にされて溺愛されてます!?
水凪しおん
BL
前世の記憶を持つ俺、リオネルは、BL小説の悪役令息に転生していた。
断罪される運命を回避するため、本来希少なΩである性を隠し、出来損ないのαとして目立たず生きてきた。
しかし、突然、原作のヒーローである冷徹な第一王子アシュレイの婚約者にされてしまう。
これは破滅フラグに違いないと絶望する俺だが、アシュレイの態度は原作とどこか違っていて……?
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
婚約破棄で追放された悪役令息の俺、実はオメガだと隠していたら辺境で出会った無骨な傭兵が隣国の皇太子で運命の番でした
水凪しおん
BL
「今この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」
公爵令息レオンは、王子アルベルトとその寵愛する聖女リリアによって、身に覚えのない罪で断罪され、全てを奪われた。
婚約、地位、家族からの愛――そして、痩せ衰えた最果ての辺境地へと追放される。
しかし、それは新たな人生の始まりだった。
前世の知識というチート能力を秘めたレオンは、絶望の地を希望の楽園へと変えていく。
そんな彼の前に現れたのは、ミステリアスな傭兵カイ。
共に困難を乗り越えるうち、二人の間には強い絆が芽生え始める。
だがレオンには、誰にも言えない秘密があった。
彼は、この世界で蔑まれる存在――「オメガ」なのだ。
一方、レオンを追放した王国は、彼の不在によって崩壊の一途を辿っていた。
これは、どん底から這い上がる悪役令息が、運命の番と出会い、真実の愛と幸福を手に入れるまでの物語。
痛快な逆転劇と、とろけるほど甘い溺愛が織りなす、異世界やり直しロマンス!
虐げられΩは冷酷公爵に買われるが、実は最強の浄化能力者で運命の番でした
水凪しおん
BL
貧しい村で育った隠れオメガのリアム。彼の運命は、冷酷無比と噂される『銀薔薇の公爵』アシュレイと出会ったことで、激しく動き出す。
強大な魔力の呪いに苦しむ公爵にとって、リアムの持つ不思議な『浄化』の力は唯一の希望だった。道具として屋敷に囚われたリアムだったが、氷の仮面に隠された公爵の孤独と優しさに触れるうち、抗いがたい絆が芽生え始める。
「お前は、俺だけのものだ」
これは、身分も性も、運命さえも乗り越えていく、不器用で一途な二人の成り上がりロマンス。惹かれ合う魂が、やがて世界の理をも変える奇跡を紡ぎ出す――。
冷酷なアルファ(氷の将軍)に嫁いだオメガ、実はめちゃくちゃ愛されていた。
水凪しおん
BL
これは、愛を知らなかった二人が、本当の愛を見つけるまでの物語。
国のための「生贄」として、敵国の将軍に嫁いだオメガの王子、ユアン。
彼を待っていたのは、「氷の将軍」と恐れられるアルファ、クロヴィスとの心ない日々だった。
世継ぎを産むための「道具」として扱われ、絶望に暮れるユアン。
しかし、冷たい仮面の下に隠された、不器用な優しさと孤独な瞳。
孤独な夜にかけられた一枚の外套が、凍てついた心を少しずつ溶かし始める。
これは、政略結婚という偽りから始まった、運命の恋。
帝国に渦巻く陰謀に立ち向かう中で、二人は互いを守り、支え合う「共犯者」となる。
偽りの夫婦が、唯一無二の「番」になるまでの軌跡を、どうぞ見届けてください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる