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さよなら、最愛

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 涎を垂らして喜んでいられた期間は、短かった。

 僕の籠を蹴られる、落とされる、投げられるは、益々激しさを増した。

「お前さあ、レトゥリアーレ様に、笑いかけられてたよなあ。
 俺でさえ、あんな顔で笑ってもらったことねえのに!」

 ロズェの拳が、僕のちっちゃな腕に、めり込んだ。

 衝撃に、火花が散った。

 目に火花が散るって、ほんとなんだと、ぼんやり思う僕の頭を、激痛が支配した。

 腕が、変なほうに曲がった。
 涙が止まらないくらい痛い。

 山羊のミルクを啜った僕に、

「死ね」

 タズェは嗤った。

 嗤われて、初めて、ミルクの味が、苦かったことに気づいた。

 毒が入れられたんだと思う。
 僕の肌は、青黒く腫れあがった。
 息ができなくなり、ひゅーひゅー、細い息が、口から洩れた。

 けほけほ噎せる僕を、ぽふぽふ慰めてくれるのは、犬だった。
 投げつけられた籠を、くわえて戻してくれるのは、犬だった。

「クソが!」

「お前も死ね!!」

 犬まで、殴られそうになった。

「ふぎゃあぁあああ!」

 僕は、泣いた。
 僕にできる攻撃は、騒音公害だけだ。

 ぴょんと跳ねた犬が、僕のもとに駆けてくる。
 僕のちいちゃな手が、もしゃもしゃの犬の毛を、しっかり掴んだ。


「僕をのせて、遠くに逃げて」


 ちゃんと言えたか、わからない。

「ふにゃにゃにゃ、ふにに、ふぬぬぬぬ」

 みたいだったと思う。
 でも犬は、真っ黒な目で僕を見つめて、わん! と鳴いた。

 僕を背に、黒い足が、大地を蹴る。


 勿論、誰も追いかけて来ない。
 厄介払いできると、うれしそうだ。




 僕は、レトゥリアーレが大すきだよ。

 最愛の推しだよ!

 まだあんまりよく目が見えないけど、傍にいられるだけで、しあわせだよ。


 でも僕が、傍にいちゃいけないと思うんだ。


 転生者は、強制力を甘く見てはいけない。
 たくさん転生物のお話を読んだ僕は知っている。



 エルフを絶滅させ、レトゥリアーレを殺す僕は

 傍にいちゃ、いけないんだ。



 どんどん犬は、駆けてくれる。
 エルフの隠れ里が、遠くなる。

 僕は、曲がっていない方の、ちいさな手を振った。


 エルフたちが、生き延びることを願って


 レトゥリアーレの、さいわいを願って


 あたたかな犬の背から、さよならの手を振った。






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