5 / 117
さよなら、最愛
しおりを挟む涎を垂らして喜んでいられた期間は、短かった。
僕の籠を蹴られる、落とされる、投げられるは、益々激しさを増した。
「お前さあ、レトゥリアーレ様に、笑いかけられてたよなあ。
俺でさえ、あんな顔で笑ってもらったことねえのに!」
ロズェの拳が、僕のちっちゃな腕に、めり込んだ。
衝撃に、火花が散った。
目に火花が散るって、ほんとなんだと、ぼんやり思う僕の頭を、激痛が支配した。
腕が、変なほうに曲がった。
涙が止まらないくらい痛い。
山羊のミルクを啜った僕に、
「死ね」
タズェは嗤った。
嗤われて、初めて、ミルクの味が、苦かったことに気づいた。
毒が入れられたんだと思う。
僕の肌は、青黒く腫れあがった。
息ができなくなり、ひゅーひゅー、細い息が、口から洩れた。
けほけほ噎せる僕を、ぽふぽふ慰めてくれるのは、犬だった。
投げつけられた籠を、くわえて戻してくれるのは、犬だった。
「クソが!」
「お前も死ね!!」
犬まで、殴られそうになった。
「ふぎゃあぁあああ!」
僕は、泣いた。
僕にできる攻撃は、騒音公害だけだ。
ぴょんと跳ねた犬が、僕のもとに駆けてくる。
僕のちいちゃな手が、もしゃもしゃの犬の毛を、しっかり掴んだ。
「僕をのせて、遠くに逃げて」
ちゃんと言えたか、わからない。
「ふにゃにゃにゃ、ふにに、ふぬぬぬぬ」
みたいだったと思う。
でも犬は、真っ黒な目で僕を見つめて、わん! と鳴いた。
僕を背に、黒い足が、大地を蹴る。
勿論、誰も追いかけて来ない。
厄介払いできると、うれしそうだ。
僕は、レトゥリアーレが大すきだよ。
最愛の推しだよ!
まだあんまりよく目が見えないけど、傍にいられるだけで、しあわせだよ。
でも僕が、傍にいちゃいけないと思うんだ。
転生者は、強制力を甘く見てはいけない。
たくさん転生物のお話を読んだ僕は知っている。
エルフを絶滅させ、レトゥリアーレを殺す僕は
傍にいちゃ、いけないんだ。
どんどん犬は、駆けてくれる。
エルフの隠れ里が、遠くなる。
僕は、曲がっていない方の、ちいさな手を振った。
エルフたちが、生き延びることを願って
レトゥリアーレの、さいわいを願って
あたたかな犬の背から、さよならの手を振った。
応援ありがとうございます!
218
お気に入りに追加
2,167
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる