【完結】騎士と王の最期の恋

  *  ゆるゆ

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目のくらむ




『かざりの王に、かざりの騎士団長』

 その言葉は、比喩でも何でもなく、真だった。

 そう、俺はようやく、ひゆが分かるようになった。
 たとえるということだ。

 たとえるという言葉さえ、理解のむずかしい俺に、陛下はやさしく教えてくれた。

「ほら、空が落ちてきそうに、真っ暗だよ。
 落ちてきそうだけれど、ほんとうは、落ちてこない。
 りんごみたいなほっぺ、って言うでしょう? ほんとうは、りんごじゃない。
 ちがうものと比べて、似てるねっていうのが、比喩、たとえるっていうことなんだよ」

 10歳の子と思えぬほど聡明な陛下は、得意がるでも、自慢するでもなく、学のない俺に、さまざまなことを教えてくれた。


 陛下のお言葉を聞くのが、すきだった。

 お傍にいられるだけで、しあわせだった。


 けれど、王は、いつも、ひとりきりで。

 何か陛下のためにできることはないかと奔走したが、武器を振るうしか能のない俺は、読み書きさえも、おぼつかない。

 平民の孤児の言うことなど、誰も聞いてくれなかった。


 ──それは、陛下と同じだったのかもしれない。


 ひとりで王宮の書庫に通い、たくさんの本を読み、ひとりで学ばれていたことを知っている。

 教士はひとりもつかず、誰も王としての権限を認めなかったが、それでも王は、たゆまず学ばれ、声をあげることを止めなかった。


 それなのに、王の言葉は、俺以外には、届かない。


 ──お力になりたかった。

 あなたのために、できることなら、どんなこともしたいのに。

 ……この手でできることは、なにもなかった。



 絶望とは裏腹に、陛下のお傍に侍ることを許される騎士団長となれたことは、天にのぼるような、さいわいだった。

 夜の王宮巡回の任務を率先して代わらなくていい。

 月の夜の、ほんのわずかな時の逢瀬を心待ちに、一日を焦がれるように過ごさなくてもいい。


「おはようございます、陛下」

 そうっと、眠るあなたに、声をかけて

「本日は、雨です。緑は喜んでいるようです」

 そうっと、あなたの寝台の天蓋を、開くことも


「おやすみなさい、陛下」

 寝台に、もぐるあなたに、声をかけて

「どうぞ、よい夢を」

 そうっと、あなたの寝台の天蓋を、閉じることも、ゆるされた。


 一日中、あなたのお傍に、いられる。

 それは、目のくらむような、さいわいだった。


 舞いあがっていた俺は、あまりにも恵まれて、だからこそ国の危機が遠くなってしまったのかもしれない。


 そう、俺は、恵まれていた。
 恵まれすぎたくらいに。


 今はガデ王国に孤児院は存在しない。親に捨てられた子は路上生活者となり、窃盗しなければ生きていけない。

 隣国とはいつも小競り合いが続いた。侵攻を繰り返す国は疲弊し、負傷者があふれた。

 農地は荒れ、税は上がり、生きてゆくことさえ、苦しくなる。

 この荒廃をつくりだしたのは残虐王だと、だからこそ愚王を倒すのだと、改革が起こった。



 その王が、残虐でも、愚かでもないことを、王にお目にかかった者すべてが、知っている。

 きよらな泉の瞳には、まっすぐな光だけがあった。

 民を思い、国を思い、法をつくり、制度をつくり、そのすべてを踏み潰されても、それでも声をあげることを止めない。



 ──あなたこそが、俺のあるじ

 王となるべき人だった。

 王にふさわしい人だった。



 万の、億の、さいわいが降るようにと、祈ったのに。


 王宮が、燃えている。






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