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目のくらむ
『かざりの王に、かざりの騎士団長』
その言葉は、比喩でも何でもなく、真だった。
そう、俺はようやく、ひゆが分かるようになった。
たとえるということだ。
たとえるという言葉さえ、理解のむずかしい俺に、陛下はやさしく教えてくれた。
「ほら、空が落ちてきそうに、真っ暗だよ。
落ちてきそうだけれど、ほんとうは、落ちてこない。
りんごみたいなほっぺ、って言うでしょう? ほんとうは、りんごじゃない。
ちがうものと比べて、似てるねっていうのが、比喩、たとえるっていうことなんだよ」
10歳の子と思えぬほど聡明な陛下は、得意がるでも、自慢するでもなく、学のない俺に、さまざまなことを教えてくれた。
陛下のお言葉を聞くのが、すきだった。
お傍にいられるだけで、しあわせだった。
けれど、王は、いつも、ひとりきりで。
何か陛下のためにできることはないかと奔走したが、武器を振るうしか能のない俺は、読み書きさえも、おぼつかない。
平民の孤児の言うことなど、誰も聞いてくれなかった。
──それは、陛下と同じだったのかもしれない。
ひとりで王宮の書庫に通い、たくさんの本を読み、ひとりで学ばれていたことを知っている。
教士はひとりもつかず、誰も王としての権限を認めなかったが、それでも王は、たゆまず学ばれ、声をあげることを止めなかった。
それなのに、王の言葉は、俺以外には、届かない。
──お力になりたかった。
あなたのために、できることなら、どんなこともしたいのに。
……この手でできることは、なにもなかった。
絶望とは裏腹に、陛下のお傍に侍ることを許される騎士団長となれたことは、天にのぼるような、さいわいだった。
夜の王宮巡回の任務を率先して代わらなくていい。
月の夜の、ほんのわずかな時の逢瀬を心待ちに、一日を焦がれるように過ごさなくてもいい。
「おはようございます、陛下」
そうっと、眠るあなたに、声をかけて
「本日は、雨です。緑は喜んでいるようです」
そうっと、あなたの寝台の天蓋を、開くことも
「おやすみなさい、陛下」
寝台に、もぐるあなたに、声をかけて
「どうぞ、よい夢を」
そうっと、あなたの寝台の天蓋を、閉じることも、ゆるされた。
一日中、あなたのお傍に、いられる。
それは、目のくらむような、さいわいだった。
舞いあがっていた俺は、あまりにも恵まれて、だからこそ国の危機が遠くなってしまったのかもしれない。
そう、俺は、恵まれていた。
恵まれすぎたくらいに。
今はガデ王国に孤児院は存在しない。親に捨てられた子は路上生活者となり、窃盗しなければ生きていけない。
隣国とはいつも小競り合いが続いた。侵攻を繰り返す国は疲弊し、負傷者があふれた。
農地は荒れ、税は上がり、生きてゆくことさえ、苦しくなる。
この荒廃をつくりだしたのは残虐王だと、だからこそ愚王を倒すのだと、改革が起こった。
その王が、残虐でも、愚かでもないことを、王にお目にかかった者すべてが、知っている。
きよらな泉の瞳には、まっすぐな光だけがあった。
民を思い、国を思い、法をつくり、制度をつくり、そのすべてを踏み潰されても、それでも声をあげることを止めない。
──あなたこそが、俺のあるじ
王となるべき人だった。
王にふさわしい人だった。
万の、億の、さいわいが降るようにと、祈ったのに。
王宮が、燃えている。
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