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いや
──ヨア
久しぶりに聞いた名に、レーシァは硬直した。
レーシァの宮に射す陽の光まで、かげった気がした。
それは、レーシァを地獄のような暮らしから救ってくれた国の名だ。最後はレーシァを生け贄にしようとしたが、それまではやさしく慈しみ育ててくれた国の名だ。
恩義を感じてしかるべきなのに、その名が耳にふれた瞬間、感じたのは厭悪だった。
──……いやだ。
会いたくない。
ぎゅ、とレーシァはゼドの手をにぎる。
「……会いたく、ありま、せん……」
ふるえる声に、ゼドは目をみはる。
「……どうした。逢いたかったのではないのか? メィスが来たらしいぞ」
メィス。
言われるまで、名さえ忘れていた。
レーシァのふるえる指が、ゼドにすがる。
「……僕は、もう、ゼドさまの、ものです。ゼドさまだけの、ものです」
こまかに揺れる肩を、ゼドの手が抱いてくれる。
「ああ、俺が叱るかと心配しているのか? ……まあ、気分はよくないが、レーシァがメィスを想おうと、俺は──」
「会いたくない!」
悲鳴だった。
「僕は、ゼドさまの御子を孕んでいます」
大きくなったお腹に手をあてる。
あなたの子を孕んだ、あなたのものです。
「……ああ」
納得したようにゼドの瞳が冷めた。
「他の男の子を孕んでいては、気まずいか」
「……他の……? 何を──」
「ヨアの使者に伝えろ。体調不良でレーシァは会わぬ。帰れとな」
「御意」
右手を胸にあてたクノが扉の向こうに消える。
「レーシァさま、落ちついて。あまり昂ると、お腹の子にも、レーシァさまにも障りがある」
ヒノがちいさな手で、レーシァの背をなでてくれる。
そのやさしいいたわりを振り切るように、レーシァはゼドの手をにぎった。
「……ゼドさま」
僕にはもう、あなただけなのです。
想いをこめて見あげたゼドは、目を逸らした。
「……心痛は、子にも、レーシァにもよくない。ゆっくり休め」
ゼドが身をひるがえす。
レーシァとつながった指が、離れた。
「ゼドさま……!」
あわてて追いかけようとしたレーシァは、ゼドの手に止められた。
「たまには、休め。身体をいとえ」
かるく手をあげたゼドがレーシァの宮を出る。その広やかなたくましい背を見送ったレーシァは、ぎゅっと唇を噛んだ。
胸のなかに、闇のもやが現れた気がした。
レーシァは今まで、いやだとか、ゼドには散々言ったけれど、それでも憎いと思ったことは、ほとんどない。
ニベ公国で自分を虐げていた人たちでさえ、憎らしい、報復したいと思ったことは、なかった。
ヨアは自分を救ってくれた国だ。
自分を生け贄にしようとしてくれたから、憐れんだゼドがたすけてくれた。
ゼドに逢えたのも『精霊の御子』ヨアが騒いでくれたからだ。
恩義を感じて、しかるべきなのに。
どうしてヨア、その名がこんなに忌々しく、こんなに憎らしいのだろう。
お前たちさえ来なければ、ゼドの不興を買うことはなかった。
ずっと、ずっと、ゼドにくっついていられたのに。
あんなにしあわせだったのに。
一瞬でひび割れた。
そう、しあわせは、崩れ去る。
ほんのささやかな、ひと突きで。
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