【完結】奪われて、愛でられて、愛してしまいました

  *  ゆるゆ

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いや




 ──ヨア

 久しぶりに聞いた名に、レーシァは硬直した。

 レーシァの宮に射す陽の光まで、かげった気がした。

 それは、レーシァを地獄のような暮らしから救ってくれた国の名だ。最後はレーシァを生け贄にしようとしたが、それまではやさしく慈しみ育ててくれた国の名だ。

 恩義を感じてしかるべきなのに、その名が耳にふれた瞬間、感じたのは厭悪だった。


 ──……いやだ。

 会いたくない。


 ぎゅ、とレーシァはゼドの手をにぎる。

「……会いたく、ありま、せん……」

 ふるえる声に、ゼドは目をみはる。

「……どうした。逢いたかったのではないのか? メィスが来たらしいぞ」


 メィス。

 言われるまで、名さえ忘れていた。


 レーシァのふるえる指が、ゼドにすがる。

「……僕は、もう、ゼドさまの、ものです。ゼドさまだけの、ものです」

 こまかに揺れる肩を、ゼドの手が抱いてくれる。


「ああ、俺が叱るかと心配しているのか? ……まあ、気分はよくないが、レーシァがメィスを想おうと、俺は──」

「会いたくない!」

 悲鳴だった。


「僕は、ゼドさまの御子を孕んでいます」

 大きくなったお腹に手をあてる。

 あなたの子を孕んだ、あなたのものです。


「……ああ」

 納得したようにゼドの瞳が冷めた。

「他の男の子を孕んでいては、気まずいか」

「……他の……? 何を──」

「ヨアの使者に伝えろ。体調不良でレーシァは会わぬ。帰れとな」

「御意」

 右手を胸にあてたクノが扉の向こうに消える。


「レーシァさま、落ちついて。あまり昂ると、お腹の子にも、レーシァさまにも障りがある」

 ヒノがちいさな手で、レーシァの背をなでてくれる。

 そのやさしいいたわりを振り切るように、レーシァはゼドの手をにぎった。


「……ゼドさま」

 僕にはもう、あなただけなのです。


 想いをこめて見あげたゼドは、目を逸らした。


「……心痛は、子にも、レーシァにもよくない。ゆっくり休め」

 ゼドが身をひるがえす。

 レーシァとつながった指が、離れた。


「ゼドさま……!」

 あわてて追いかけようとしたレーシァは、ゼドの手に止められた。


「たまには、休め。身体をいとえ」

 かるく手をあげたゼドがレーシァの宮を出る。その広やかなたくましい背を見送ったレーシァは、ぎゅっと唇を噛んだ。

 胸のなかに、闇のもやが現れた気がした。

 レーシァは今まで、いやだとか、ゼドには散々言ったけれど、それでも憎いと思ったことは、ほとんどない。

 ニベ公国で自分を虐げていた人たちでさえ、憎らしい、報復したいと思ったことは、なかった。


 ヨアは自分を救ってくれた国だ。
 自分を生け贄にしようとしてくれたから、憐れんだゼドがたすけてくれた。

 ゼドに逢えたのも『精霊の御子』ヨアが騒いでくれたからだ。


 恩義を感じて、しかるべきなのに。

 どうしてヨア、その名がこんなに忌々しく、こんなに憎らしいのだろう。

 お前たちさえ来なければ、ゼドの不興を買うことはなかった。


 ずっと、ずっと、ゼドにくっついていられたのに。

 あんなにしあわせだったのに。


 一瞬でひび割れた。



 そう、しあわせは、崩れ去る。

 ほんのささやかな、ひと突きで。






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