僕の、しあわせ辺境暮らし

  *  ゆるゆ

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ふたりで




 僕は、ムニャのお家の玄関の近くに捨てられたらしい。

 それは、あの人の『誰かが気づいて拾ってくれますように』願いだったのかもしれない。
 最後の、やさしさだったのかもしれなかった。

 ムニャは雪に足を取られながらも、僕を抱いて運んでくれた。

 3歳のわりにちいさい僕はガリガリだから、ムニャの負担も少ないかもしれない。
 水浴びするのがせいぜいだったから、きれいな服を着ているムニャには匂うかもしれなかった。

「ごめ、なしゃ……ぼく、くしゃい……?」

「そんなことない」

 やさしく抱き寄せてくれる、あたたかな腕に、うっとりする。

 ガリガリで、風呂にも入れてもらえず、今にも千切れそうな服を着て売られた僕には、誰も買い手がつかなかった。買ってもすぐに、はかなくなってしまうと思われたのかもしれない。

「ぼく、ちゃんと、はたらく、かりゃ……」

 ふるえる声に、夜の瞳を見開いたムニャはささやいた。

「今は、生きることだけ、考えて」

 ムニャの声は、今までかいだこともないような、やさしい香りをふりまくようだ。

 あたたかな腕につつまれると、鼓動がとくりと音をたてた。




 雪の降り積もる広やかな庭を抜けると、こぢんまりしたお屋敷が建っていた。

 ギィイイイ

 きしみながら、扉が開く。

 雪明かりに照らされた邸は、ほこりまみれで、ひと気がなかった。
 寝室の暖炉には不思議な赤い石が燃えている。

「……あったかぃ……」

「お風呂を沸かすから、ちょっと待ってね」

 僕を暖炉の前に置いたムニャが、寝室の奥の扉を開ける。

 ムニャが不思議な赤色の石にふれると、ふわふわ白い湯気が立ちのぼり、あたたかそうな水が大きなお風呂? に満たされてゆく。

 ……魔法みたいだ。

 ぽかんとする僕の頭を、ムニャの大きな手がなでてくれる。


「急に熱いお湯に入るのは、身体によくないのかな? ちょっと、ここで、あたたまろうね」

 冷え切った僕の手を、やさしくムニャの手が、こすってくれる。

 水仕事であかぎれだらけの僕の手と違う、なよやかな手だった。

 ごつごつの、あの人の手とも違う。お店のお兄さんの手とも違った。


「きれぃね」

 うっとり、ムニャの指をなでたら、夜の瞳が瞬いた。

「は、はじめて、言われた……!」

 ふうわり、ムニャの目じりが朱くなる。


「むー、きれい」

「むー?」

 僕は、こっくりうなずいた。


「むに? むーちゃん」

 あかぎれの指を、そっと、ムニャの頬にのばす。

 見開かれた夜の瞳が、揺れた。


「……皆、僕の目も、髪も、真っ暗闇で気もちわるいって……」

 僕は、首をふる。


「ほしの、おめめ。よるの、かみ。
 むーちゃん、きれい」

 夜空の瞳が、ぐしゃりと歪んだ。

 伸ばした手を、ムニャが、すがるように、にぎってくれる。


「……っ……」

 お兄さんなムニャの肩が、揺れている。

 星の瞳からこぼれる涙に、手をのばす。


「いいこ、いぃこ」

 ちいさな手で、ムニャのちいさな頭をなでる。


「……っ……」

 ちいさな腕で、ふるえるムニャを抱きしめる。


「ぼくが、ぃるよ。ぼくに、むーちゃんが、いてくれゆ、みたぃに」


「ぅ、あ……!」

 しゃくりあげて泣きだすムニャを抱きしめたら、僕の目からも、涙がこぼれた。


「すてられゆの、つらかった、ね」

 うなずくムニャを、抱きしめる。


 ふたりで一緒にこぼれる涙は

 せつなくて

 やさしくて

 ほのかに、あまい。






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