20 / 132
ロロァ・ギビェ
しおりを挟むロロァは筆頭高位貴族ギビェ家の長子として生まれた。
何不自由ない生活と、将来の栄達と、至高に次ぐ地位を約束されていた。
さらにロロァは治癒の精霊さんの祝福を受けて生まれた。
治癒魔法が使えることは、奇跡だ。
国の宝、世界の至宝と、うたわれるはずだった。
おかあさんが、生きていたなら。
この世界では男性同士でも魔法によって子どもを授かることができる。
魔法の発達した国では、体外の魔力の繭で子どもを授かることができるが、技術の遅れたバギォ帝国では母となる男性が子を孕むことになる。
力の強い子は、母を傷つけてしまうことがある。
ロロァが治癒魔法の才を持って生まれたことは、おかあさんには、害にしかならなかった。
「治癒魔法が使えるんじゃないのか──!」
「どうしてロアが死ぬ──!?」
「どうして母さえ癒せないんだ!」
「悪魔の子──!」
「お前が、ロアを、殺したんだ──!」
生まれたばかりのロロァは、治癒魔法を使えなかった。
まだ微弱な魔力しか持たないロロァを加護する治癒の精霊さんは、ロロァを生かすだけで精いっぱいだった。
「……僕が、もうちょっと、強かったら、よかったのに……」
おかあさん
「……ごめんね、ロロァ……」
おかあさんの涙と、死が、ロロァの最初の記憶だ。
父の、邸の皆の憎しみが、ロロァに向かうのは、当然のことだった。
惨殺されなかったのは、おかあさんの血を継いでいるからだろう。
廃屋のような離れに押しこめられた。
乳母が面倒を見てくれたが、ロロァに温情を掛ければ筆頭高位貴族家から、にらまれる。
どんなに憎くても、ロアの血を継ぐロロァを殺せない腹いせに、惨殺されるかもしれなかった。
それでも話しかけてくれたから、ロロァは言葉をおぼえられたのだろう。
文字の読み書きを教えてくれたのも、乳母だった。
世界のことを書いた本や、冒険者の活躍を書いた本を持ってきてくれた。
人前では、いかめしい顔をしていたが、廃屋でふたりきりの時は、やさしい声で本を読んでくれた。
あたたかな手を、おぼえてる。
だが、ひとりで食べられるようになると、引き離された。
カビの生えた食糧を三日に一度、投げ入れられるだけになった。
ロロァは、ひとりぽっちになった。
「見ることさえ、忌々しい」
「けがらわしい、悪魔の子め!」
放置されているほうがしあわせだったと気づいたのは、継母と義弟がやってきた時だ。
ロアを亡くした哀しみを癒してくれた聖人のような男性だと噂されていた。
連れ子の義弟も、天使のような少年だという。
憎悪されていても、ロロァは高位貴族家の長子だ。
先王の末の王子だったというロアの血を継いでいる。
このうえない血統と奇跡の力を持つ、筆頭高位貴族ギビェ家の長子ロロァが生きている、ということが脅威だったのかもしれない。
風呂の使えない廃屋で、汚れてガリガリに痩せてちいさくなってゆくロロァを
「汚い!」
「臭い!」
「気持ち悪い力を使いやがって!」
「ギビェを名乗るな!」
「しね──!」
義母に、義弟に、父に、殴られ、蹴られ、叫ばれる哀しみを、痛みを知った。
傷は、精霊さんにお願いすれば、治してもらえる。
でも
「……僕はもぅ、しんだほうが、いいんじゃないかな……」
あざだらけの手足で、うつむいた。
カビの生えた糧を食べなくなれば、しぬ。
わかっているのに、食べて命をつないでいたのは、乳母が持ってきてくれた冒険者の本みたいに、いつかこの家を出て、笑う日を心に描いていたからかもしれない。
いつか、心から、笑えるんじゃないか。
いつか、誰かが、たすけに来てくれるんじゃないか。
そんなのは、幻想だ。
自らの手で、自らの力で、懸命に力を尽くした人だけが、今の世界を、切りひらいてゆける。
なのにロロァは、何にもしていない。
ただ、殴られ、蹴られ、憎まれるだけ。
どうして、反抗する気持ちが、起きないんだろう。
どうして、未来に対する希望が、消えてゆくんだろう。
これ以上、叩き潰されたくないからかもしれなかった。
もうこれ以上、憎まれ、蔑まれ、殴られ、蹴られ、糾弾されたくないからかもしれない。
──母殺し。
その罪をあがなうために、僕は苦しみを、このうえない苦しみを、受けるべきなんだ。
ロロァの頬を、涙が伝う。
「……もぅ、いぃよ、精霊さん……今まで、ありがとう」
もう、食べない。
静かに、息絶えよう。
目を閉じたロロァに降ってきたのは
ドォオォオン──!
爆音と
「はぅあ──!」
悲鳴と
「わがきみ」
血まみれの、おうじさまだった。
1,702
あなたにおすすめの小説
俺、転生したら社畜メンタルのまま超絶イケメンになってた件~転生したのに、恋愛難易度はなぜかハードモード
中岡 始
BL
ブラック企業の激務で過労死した40歳の社畜・藤堂悠真。
目を覚ますと、高校2年生の自分に転生していた。
しかも、鏡に映ったのは芸能人レベルの超絶イケメン。
転入初日から女子たちに囲まれ、学園中の話題の的に。
だが、社畜思考が抜けず**「これはマーケティング施策か?」**と疑うばかり。
そして、モテすぎて業務過多状態に陥る。
弁当争奪戦、放課後のデート攻勢…悠真の平穏は完全に崩壊。
そんな中、唯一冷静な男・藤崎颯斗の存在に救われる。
颯斗はやたらと落ち着いていて、悠真をさりげなくフォローする。
「お前といると、楽だ」
次第に悠真の中で、彼の存在が大きくなっていき――。
「お前、俺から逃げるな」
颯斗の言葉に、悠真の心は大きく揺れ動く。
転生×学園ラブコメ×じわじわ迫る恋。
これは、悠真が「本当に選ぶべきもの」を見つける物語。
続編『元社畜の俺、大学生になってまたモテすぎてるけど、今度は恋人がいるので無理です』
かつてブラック企業で心を擦り減らし、過労死した元社畜の男・藤堂悠真は、
転生した高校時代を経て、無事に大学生になった――
恋人である藤崎颯斗と共に。
だが、大学という“自由すぎる”世界は、ふたりの関係を少しずつ揺らがせていく。
「付き合ってるけど、誰にも言っていない」
その選択が、予想以上のすれ違いを生んでいった。
モテ地獄の再来、空気を読み続ける日々、
そして自分で自分を苦しめていた“頑張る癖”。
甘えたくても甘えられない――
そんな悠真の隣で、颯斗はずっと静かに手を差し伸べ続ける。
過去に縛られていた悠真が、未来を見つめ直すまでの
じれ甘・再構築・すれ違いと回復のキャンパス・ラブストーリー。
今度こそ、言葉にする。
「好きだよ」って、ちゃんと。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
溺愛の加速が尋常じゃない!?~味方作りに全振りしたら兄たちに溺愛されました~
液体猫(299)
BL
毎日投稿だけど時間は不定期
【《血の繋がりは"絶対"ではない。》この言葉を胸にクリスがひたすら愛され、大好きな兄と暮らす】
アルバディア王国の第五皇子クリスは冤罪によって処刑されてしまう。
次に目を覚ましたとき、九年前へと戻っていた。
巻き戻す前の世界とは異なるけれど同じ場所で、クリスは生き残るために知恵を振り絞る。
かわいい末っ子が過保護な兄たちに可愛がられ、溺愛されていく。
やり直しもほどほどに。罪を着せた者への復讐はついで。そんな気持ちで新たな人生を謳歌する、コミカル&シリアスなハッピーエンド確定物語。
主人公は後に18歳へと成長します(*・ω・)*_ _)ペコリ
⚠️濡れ場のサブタイトルに*のマークがついてます。冒頭のみ重い展開あり。それ以降はコミカルでほのぼの✌
⚠️本格的な塗れ場シーンは三章(18歳になって)からとなります。
悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放
大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。
嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。
だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。
嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。
混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。
琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う――
「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」
知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。
耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。
悪役令嬢のモブ兄に転生したら、攻略対象から溺愛されてしまいました
藍沢真啓/庚あき
BL
俺──ルシアン・イベリスは学園の卒業パーティで起こった、妹ルシアが我が国の王子で婚約者で友人でもあるジュリアンから断罪される光景を見て思い出す。
(あ、これ乙女ゲームの悪役令嬢断罪シーンだ)と。
ちなみに、普通だったら攻略対象の立ち位置にあるべき筈なのに、予算の関係かモブ兄の俺。
しかし、うちの可愛い妹は、ゲームとは別の展開をして、会場から立ち去るのを追いかけようとしたら、攻略対象の一人で親友のリュカ・チューベローズに引き止められ、そして……。
気づけば、親友にでろっでろに溺愛されてしまったモブ兄の運命は──
異世界転生ラブラブコメディです。
ご都合主義な展開が多いので、苦手な方はお気を付けください。
【完結】婚約破棄したのに幼馴染の執着がちょっと尋常じゃなかった。
天城
BL
子供の頃、天使のように可愛かった第三王子のハロルド。しかし今は令嬢達に熱い視線を向けられる美青年に成長していた。
成績優秀、眉目秀麗、騎士団の演習では負けなしの完璧な王子の姿が今のハロルドの現実だった。
まだ少女のように可愛かったころに求婚され、婚約した幼馴染のギルバートに申し訳なくなったハロルドは、婚約破棄を決意する。
黒髪黒目の無口な幼馴染(攻め)×金髪青瞳美形第三王子(受け)。前後編の2話完結。番外編を不定期更新中。
悪役側のモブになっても推しを拝みたい。【完結】
瑳来
BL
大学生でホストでオタクの如月杏樹はホストの仕事をした帰り道、自分のお客に刺されてしまう。
そして、気がついたら自分の夢中になっていたBLゲームのモブキャラになっていた!
……ま、推しを拝めるからいっか! てな感じで、ほのぼのと生きていこうと心に決めたのであった。
ウィル様のおまけにて完結致しました。
長い間お付き合い頂きありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる