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氷の声
しおりを挟む広やかな背が、まるでロヌからセバを庇うように前に出た。
セバは茫然とゲォルグを見あげる。
氷の声が、落ちてくる。
「厳しい審査をしたはずだが、手落ちがあったことを孤児の皆に申し訳なく思う。院長に酷いことをされたんだな」
「…………え?」
茫然とするセバに、ゲォルグは首を振った。
「辛いだろう、言わなくていい。あんなことやこんなことをされたなんて──!」
「してません──!」
ロヌの悲鳴に、ゲォルグは鼻を鳴らす。
「犯罪者はいつもそう言うんだ」
跳びあがったセバは首を振る。
「い、院長はいつも、やさしくしてくださいました!」
「あんなことや、そんなことをな。それは性的虐待というんだ、セバ」
噛んで含めるようなゲォルグに首を振る。
「さ、されてません──!」
セバが否定すればするほど、ゲォルグの凍気が噴きあがる。
「愛だというのか?」
吊りあがる月の眉に、ロヌが叫ぶ。
「孤児院は魔道具で録画されています、ご不審ならお調べください──! 天に誓って、私は虐待などしておりません!」
ゲォルグは高い鼻を鳴らした。
「こんなに愛らしく色っぽいセバに手を出さぬなど、できるわけなかろう」
断言だ。
……なんだか、ありえないほどうれしい言葉が聞こえた気がする。
しばらく停止したセバは、脳内でゲォルグの言葉をもう一度再生してみた。
『愛らしい』だなんて、セバには最もふさわしくない言葉だ。つり目で怖いらしい。
『色っぽい』は8歳だし、ありえない。
よし、幻聴でした。ありがとうございました。
納得するセバの向こうで、ロヌ院長が叫んだ。
「申しあげます! 私は、されたい方です──!」
拳を握るロヌの白いお髭までぷるぷるしてる。
ぽかんと口を開けたゲォルグが、ぱくぱくしてる。
「……それ、は……あらぬ疑いを、すまなかった」
「解ってくださったらいいんです」
鼻をすするお髭のロヌが、涙目だ。
こほんとロヌ院長が咳払いする。
セバの背を、そっと押してくれた。
「セバは大変優秀です。必ずや、ゲォルグさまの御力となるでしょう。孤児院では教育に限りがあります。執事となる根幹を仕込むのは早い方がいい。セバをお連れくださいませんか?」
ゲォルグの月の眉があがる。
「領地巡りに? 同じ馬車に同乗させろと?」
「ジェディス家が治める地を知ることは、素晴らしい糧となりましょう」
蒼の瞳が細くなる。
「だめだ」
氷の声だった。
唇を噛んだセバは、項垂れる。
自分には、奇跡は降ってこない。
自分は、愛くるしい誰からも愛される主人公じゃない。
孤児院でも、いつも遠巻きにされていた。
手を握ってくれるのは、やさしいロヌだけだった。
愛想がないセバは、いつも冷たく見えるらしい。
つり目だからか、睨んでいると勘違いされることも多かった。
不利な容姿を才覚で補うべきなのに、気の利いたことを何も言えなかった。
せっかく、お目にかかれたのに
俺の主は、あなたなのに
一生に一度の機会を、自分の無能で潰してしまった。
優秀賞を狙うだなんて、分不相応だったんだ。
あなたのものになりたいなんて、夢をいだいて、ごめんなさい。
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