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こわい
しおりを挟むセバは眠る時間を限界まで削った。
今までかつてないほど頭を高速回転させなければならないので、あまり睡眠を短くしすぎると効率が逆に著しく低下してしまう。
「セバは8歳だ。3刻は眠りなさい。食事もきちんと摂るように。孤児院の当番はすべて免除する。すべての時間を勉強にあてなさい。ああでも、時々は身体を動かすんだよ。頭の回転が戻るから」
微笑んだロヌは、平民には無料で提供される今までの入試問題と、ゲォルグのつけだと高価な参考書を揃えてくれた。
「でも掃除や料理当番は──」
「いーって、がんばれ、セバ」
孤児仲間が、肩をたたいてくれる。
「……でも、皆に負担が──」
心配するセバを励ますように、笑ってくれる。
「8歳で帝立学院を受験するなんて、すげえよ」
「ジェディス領都孤児院の誇りだよ!」
「がんばれ、セバ!」
きらわれていると思ってた。
疎まれていると。
「……ありが、とう」
滲みそうな涙をぬぐったら、皆が頭を撫でてくれる。
「俺らのことなんか眼中にないのかって、悔しかったけど」
「セバならやれるよ」
照れくさそうに笑ってくれる。
「そんな風に思ったことない……! 俺はただ、何とか身を立てたくて……」
うつむくセバの頭を、皺の手がやさしく撫でてくれる。
「泣くのも、仲直りも、合格してからゆっくりしよう。時が惜しい。
がんばりなさい、セバ。
道は、自分で拓くものです」
「はい──!」
参考書を抱きしめて、笑った。
セバの頭のなかを、詰め込み過ぎた文字がぐるんぐるん回っている。
入試問題を解こうとするたび、回る文字を追いかけた。
さすがドディア帝国中の精鋭を集める帝立学院の入学試験だ、憶える知識が半端ない。
ドディア帝国の歴史は当然として、現在の治世の仕組み、帝王を頂点とする高官すべてを憶えるのは、基礎中の基礎だ。ドディア帝国すべての領地と特産と領主の治世と防衛、すべての貴族を暗記できて、ひと息ついたら大間違い。世界地図を頭に叩き込み、すべての国の施政と地勢と特産、交易と同盟国と主要な高官を把握し、帝国の学者だけでなく世界の学者が唱える最新の学説を網羅しなくてはならない。
去年の論述問題は
『ロドヴァルド卿が今年発表した学説を踏まえ、ゾンデ王国に存在する魔界との境界の危険性と、ドディア帝国がとるべき対応を論述せよ』
経済や政治ばかり学んでいた受験者は『……ロドヴァルドさんって誰……』『……魔界……?』真っ白になって崩壊したらしい。
こわい。
毎年『〇〇が今年発表した学説を踏まえ』から始まる恐怖の論述問題の配点は5割だ。大コケしても、他の記述問題で何とか挽回できるかはギリギリだ。9割じゃないだけありがたいが、ドディア帝国式の論文が書けないと話にならない。
「うぅう」
呻く時間さえ惜しかった。
論述の形式を憶え、模範解答を読み、どう論理を展開してゆくのか理解したら実践だ。
「ロヌ院長、添削してくれますか」
「おお、がんばってるね、セバ」
頭をなでてくれた白いお髭のロヌは、セバの回答にもしゃもしゃの白い眉を寄せた。
だめらしい。
こわい。
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