【完結】ずっと、だいすきです

反逆

「……っ！」

　見開かれた蘇芳の瞳が、揺れている。


　──自分がセバに衝撃を与えられる。

　ゲォルグにとって、心苦しく思うよりずっと遥かに、とろけるような恍惚だった。


　──あぁ、きみは、俺のものだ。


　熱い痺れに脳髄まで侵される。


　うっとり微笑むゲォルグは、さぞ酷い男に見えるだろう。


　ごめんね、セバ。

　セバのしあわせを思って離れるだなんて、してやらない。


　１０年後に迎えにくるから、待っていて。

　１８になったきみなら、傍から、離さないから。



「これはこれは、またご無体なことをおっしゃいますなあ、ゲォルグさま」

　とろけていたゲォルグの頭に、低い声が杭を打ちこんだ。

　ロヌ院長の白いお髭がぷるぷるしてる。

　間違いない。

　激おこだ。


「前言撤回の非難も甘んじて受ける。ジェディス家存亡の危機だ」

「…………は？」

『何言ってんだコイツ』顔に書いた院長の耳を引っ張る。
　他の者に聞こえぬよう、院長の耳に囁いた。


「８歳のセバが俺の従僕になった場合、こんなに可愛くて色っぽいセバに手を出さないなんて不可能だ。セバが拒絶してくれたらいいが、しないだろう」

　苦々しく、真実を告げる。

「俺の理性が崩壊したときが、ジェディス家が亡ぶときだ」

　あんぐり口を開けた院長が引き攣った。

「俺の理性は薄氷だ。踏めば落ちる。ジェディス家が終わる」

「……な、なるほど……？」

　納得してくれた。
　たぶん。

　吐息したゲォルグは、セバに向き直る。

　隈が、ひどい。
　すこし、痩せた。
　８歳でその色香は危険だろうと、さらに細くなった腰から目を逸らす。

　ゲォルグは息を吸う。


「１８になったら、俺の従僕として迎えることを、約束する。
　だから、待っていてくれ」


　きみは、俺のものだから。
 









　ゲォルグさまがいらっしゃる。
　急な報せに、セバは跳びあがって喜んだ。

　また、お逢いできる。


　私の、あるじに。

　あなたに。


　高鳴る鼓動と火照る頬で、冬の冷たい大気さえ遠くなる。


「ゲォルグさま──！」

　月の髪が揺れた。


　あなたと、目があう。

　それだけで、たまらない恍惚が指先まで駆けてゆく。


　けれど

「帝立学院の入学試験を８歳で受験することは、認められない」


　くれたのは、絶望だ。


「１８になったら、俺の従僕として迎えることを、約束する。
　だから、待っていてくれ」


　──お決まりだ。
　１８になるまで待っていたって、迎えに来てなんて、くれない。

　だって
『帝立学院の一般入学試験に合格しろ。できたなら俺とともに通う従僕として使ってやる』
　あの心がふるえる約束も──嘘だった。


　くやしさと、さみしさ、憤りで、目の前が紅く染まる。


「『ドディア帝国法第２７条、貴族の強権を振りかざし、平民の身命、財産、権利を著しく侵害した者は爵位剥奪のうえ財産没収とする』
　帝立学院が認可してくれた出願を、ジェディス家の強権で取り消させるなら、ジェディス家は今、終わります！」


　叫んでいた。

　あるじに対する反逆だ。

　ゆるされるものじゃない。



　でもあなたは、仕えさせてもくれない──！

　あなたが、俺の、あるじなのに──！


　あふれる涙と叫んだセバを、見開かれた蒼の瞳が見つめていた。