91 / 112
おら?
エィラはきっと、苦しんでる。
心の負担は、身体をもおかしくさせることがある。
すこしでもエィラの心が軽くなるよう、薬湯かなにかを処方してほしい。
セバの進言で、すぐにジェディス家お抱えの医士が呼ばれた。
「具合がわるいところはないのですが……」
遠慮するエィラを、おじいちゃん医士は、丁寧にやさしく診察してくれた。
「魔法でお子さまがうまれる場合でも、お子さまがうまれた後に情緒が不安定になってしまうのは、よくあることなのです。どうかお叱りになったり、責めたりなさらず、あたたかく見守ってさしあげてください」
心配していたのだろうゲォルグは、安堵したように微笑んで、そっとエィラの肩を抱いた。
「ゲォルグさま、ありがとうございます」
微笑むエィラは、ゲォルグの伴侶で、ジゼの母だ。
セバには決して持つことのできないすべてを手にした人。
焼けつく痛みを胸に見送るセバを、ちょいちょい指で医士が招いた。
あまりゲォルグとエィラに聞かれたくないことを話す定位置となってしまったジェディス邸のメナの執務室で、セバはメナとともに医士に対する。
「……エィラさまは、かなり情緒が不安定になっておられます。脈も定まらない。落ち着いているように見えるのは、自制のたまものです。心に多大な負荷が掛かっている。薬湯をお出ししますが、効果は……」
医士は残念そうに首を振った。
「ほんの些細なことで、決壊します。
ジゼさまから目を離さず、誰かはいつもお傍にいて、お守りくださいますように」
医士の言葉に、メナは深くうなずき、セバは唇を噛んだ。
「メナさま、今からでも、ジゼさまの名を変えませんか。エィラとゲォルグさまの音を入れた名に」
瞬いたメナが、首をかしげて、つぶやいた。
「オラ?」
吹きだして笑ったセバと医士に、メナも笑う。
なごませてくれたメナに感謝しながら、セバはうなずく。
「それでもいい。ゼもセも、ハもバも、だめです。エィラが気にしてしまう。──何の関係もない俺を」
進言するセバの目をのぞきこんだメナは、長くほそく、息をついた。
「……ああ、そうだね。ゲォルグさまに進言しておく」
メナは言ってくれたのに。
『ジゼ』
名は、変わらなかった。
分不相応だとわかっている。
それでも
「ジゼ」
ゲォルグが呼んで、とろけるような、やさしい笑みを浮かべて赤子を抱くたび、傷ついたように目を伏せるエィラを、見ていられない。
また間違ってジゼに手をあげたりしたら、ジゼも、エィラも傷ついてしまう。
まだ何が起きようとしているのか理解できないかもしれないジゼよりも、きっと、エィラのほうが、傷つく。
我が子に、ゲォルグとの子に手をあげるなんて、やさしいエィラの望みとはかけ離れたものだ。
そんなこと、もうエィラに、させたくない。
「ゲォルグさま!」
ソゾに馬車を出してもらったエィラが買い物に出かけたときを狙って、セバはゲォルグの執務室に駆けこんだ。
「セバ、ジェディス領東北部の降水量の経年変化を調べておいてくれないか。近年雨が減っているようで、干ばつの危険がある、利水工事を急がせないと──」
「ジゼさまの名を、変えてください!」
あるじの言葉を遮ってまで叫んだセバに、ゲォルグは凛々しい眉をあげた。
あなたにおすすめの小説
身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される
秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました!
最終17位でした!応援ありがとうございます!
あらすじ
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。
ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。
死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――?
傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
売れ残りオメガの従僕なる日々
灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才)
※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!
ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。
無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。
白金の花嫁は将軍の希望の花
葉咲透織
BL
義妹の身代わりでボルカノ王国に嫁ぐことになったレイナール。女好きのボルカノ王は、男である彼を受け入れず、そのまま若き将軍・ジョシュアに下げ渡す。彼の屋敷で過ごすうちに、ジョシュアに惹かれていくレイナールには、ある秘密があった。
※個人ブログにも投稿済みです。
ギルド職員は高ランク冒険者の執愛に気づかない
Ayari(橋本彩里)
BL
王都東支部の冒険者ギルド職員として働いているノアは、本部ギルドの嫌がらせに腹を立て飲みすぎ、酔った勢いで見知らぬ男性と夜をともにしてしまう。
かなり戸惑ったが、一夜限りだし相手もそう望んでいるだろうと挨拶もせずその場を後にした。
後日、一夜の相手が有名な高ランク冒険者パーティの一人、美貌の魔剣士ブラムウェルだと知る。
群れることを嫌い他者を寄せ付けないと噂されるブラムウェルだがノアには態度が違って……
冷淡冒険者(ノア限定で世話焼き甘えた)とマイペースギルド職員、周囲の思惑や過去が交差する。
表紙は友人絵師kouma.作です♪
【完結】一生に一度だけでいいから、好きなひとに抱かれてみたい。
村松砂音(抹茶砂糖)
BL
第13回BL大賞で奨励賞をいただきました!
ありがとうございました!!
いつも不機嫌そうな美形の騎士×特異体質の不憫な騎士見習い
<あらすじ>
魔力欠乏体質者との性行為は、死ぬほど気持ちがいい。そんな噂が流れている「魔力欠乏体質」であるリュカは、父の命令で第二王子を誘惑するために見習い騎士として騎士団に入る。
見習い騎士には、側仕えとして先輩騎士と宿舎で同室となり、身の回りの世話をするという規則があり、リュカは隊長を務めるアレックスの側仕えとなった。
いつも不機嫌そうな態度とちぐはぐなアレックスのやさしさに触れていくにつれて、アレックスに惹かれていくリュカ。
ある日、リュカの前に第二王子のウィルフリッドが現れ、衝撃の事実を告げてきて……。
親のいいなりで生きてきた不憫な青年が、恋をして、しあわせをもらう物語。
※性描写が多めの作品になっていますのでご注意ください。
└性描写が含まれる話のサブタイトルには※をつけています。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」さまで作成しました。
嫌われ魔術師の俺は元夫への恋心を消去する
SKYTRICK
BL
旧題:恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!