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苦い記憶
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あれは学生だった時。
アザミが人のいない空き教室に呼ばれて待っていると、遅れて来た彼女は挨拶もそこそこに告げた。
「ねぇ、アザミ。私の代わりにラブレターを書いてくれない?」
「……そういうのは自分の言葉で書かないと、意味ないんじゃない?」
突拍子のないお願いに目を見張る。穏便に断ろうと遠回しにそう言ったが、聞き分けのない子を見る目で見られた。
「アザミは字も綺麗だし、この前の詩の課題も褒められてたから、良い文章が書けるでしょ? 聞いたわよ、上級学校への進学も決まったって。
だから私の想いを代わりに形にするなんて簡単なことでしょう?
ね、親友からの一生のお願いよ」
お願いという体をとり、こちらに選択権を与えているようだが、アザミに対する命令だった。
大地主の娘である彼女のお願いを断れる人間はこの村にはほぼいない。それは両親が彼女の家から土地を借り、農夫として働いているアザミもだ。彼女の機嫌を損ねれば仕事も家も失い、明日の食事にも困るようになるだろう。
厄介な頼みごとに逡巡の末、不承不承頷いたアザミに彼女は目を細めた。
「ありがとう、さすが親友ね。それで、相手は――」
声は確かに聞こえたのに、その名前を理解することを頭が拒否する。まさかここで聞くことになるとは思わず、目を見開いて固まった。
「じゃあ、明日までにお願いね」
呆然とするアザミを意地悪く笑い、彼女は去っていった。
彼女が彼の名前を告げる口の動きと声が繰り返し再生される。そんな素振りを見せたことなんて、一度もないのに。
なぜ……なぜ……と疑問だけが頭の中を回っていた。
どこをどう帰って来たのか気づけば自室へ戻っていた。力なくベットに横たわる。どれだけの時間、そうしていたのか分からない。
「……手紙、書かなきゃ」
ようやく戻ってきた思考で事務的に呟いた。引き受けてしまった以上、書かないわけにはいかない。のろのろと体を起こし机に向かうと筆をとる。しかし紙に向かうも何も言葉が浮かばない。
それらしいことを書こうとするが手は止まり、にじむ文字に何度も書き直した。
ようやく形になったのは明け方のこと。
読み返して驚いた。注意して読まなければ分からない。でも文章の一部に、アザミと彼の二人しか知らない思い出を書き綴ってあったから。
もう一度書き直さなければと思うものの、それを行う気力はなかった。
いや、あえて直さなかったのかもしれない。手紙を読んだ彼が、本当の差出人に気づくことを期待して。
アザミから手紙を受け取った彼女は中身を確認し満足そうに笑った。手紙のできよりも、ひどい顔色のアザミを見てのことだと思ったが何も言わなかった。
彼らが付き合うことになったのを知ったのは更に翌朝。友人達に冷やかされて教室に入ってきた二人を見て。
アザミと目が合うと、彼女は探るように見てきたが特に反応しないでいるとつまらなそうに他の友人達との会話に戻っていった。
予習のために開いていた教本には皺が寄っている。涙をこらえるため、力を込めすぎた奥歯からは血の味がした。
それからしばらくして、女生徒の間で噂が流れた。アザミにラブレターの代筆を頼むと上手くいくというものだ。それを信じ頼みに来るものも何人かいた。彼女の嫌がらせだろうそれにも、やけになって受け、依頼に来る女生徒の代わりに手紙を書いた。
幾人かには付き合うことになった、と報告を受けることもあったがどうでもよかった。
その後、あの二人がどうなったのかアザミは知らない。学校を卒業してすぐに村を出たからだ。
奨学金をもらい隣町の上級学校へ進学したアザミは、村にはそれ以来一度も帰ってはいない。
アザミが人のいない空き教室に呼ばれて待っていると、遅れて来た彼女は挨拶もそこそこに告げた。
「ねぇ、アザミ。私の代わりにラブレターを書いてくれない?」
「……そういうのは自分の言葉で書かないと、意味ないんじゃない?」
突拍子のないお願いに目を見張る。穏便に断ろうと遠回しにそう言ったが、聞き分けのない子を見る目で見られた。
「アザミは字も綺麗だし、この前の詩の課題も褒められてたから、良い文章が書けるでしょ? 聞いたわよ、上級学校への進学も決まったって。
だから私の想いを代わりに形にするなんて簡単なことでしょう?
ね、親友からの一生のお願いよ」
お願いという体をとり、こちらに選択権を与えているようだが、アザミに対する命令だった。
大地主の娘である彼女のお願いを断れる人間はこの村にはほぼいない。それは両親が彼女の家から土地を借り、農夫として働いているアザミもだ。彼女の機嫌を損ねれば仕事も家も失い、明日の食事にも困るようになるだろう。
厄介な頼みごとに逡巡の末、不承不承頷いたアザミに彼女は目を細めた。
「ありがとう、さすが親友ね。それで、相手は――」
声は確かに聞こえたのに、その名前を理解することを頭が拒否する。まさかここで聞くことになるとは思わず、目を見開いて固まった。
「じゃあ、明日までにお願いね」
呆然とするアザミを意地悪く笑い、彼女は去っていった。
彼女が彼の名前を告げる口の動きと声が繰り返し再生される。そんな素振りを見せたことなんて、一度もないのに。
なぜ……なぜ……と疑問だけが頭の中を回っていた。
どこをどう帰って来たのか気づけば自室へ戻っていた。力なくベットに横たわる。どれだけの時間、そうしていたのか分からない。
「……手紙、書かなきゃ」
ようやく戻ってきた思考で事務的に呟いた。引き受けてしまった以上、書かないわけにはいかない。のろのろと体を起こし机に向かうと筆をとる。しかし紙に向かうも何も言葉が浮かばない。
それらしいことを書こうとするが手は止まり、にじむ文字に何度も書き直した。
ようやく形になったのは明け方のこと。
読み返して驚いた。注意して読まなければ分からない。でも文章の一部に、アザミと彼の二人しか知らない思い出を書き綴ってあったから。
もう一度書き直さなければと思うものの、それを行う気力はなかった。
いや、あえて直さなかったのかもしれない。手紙を読んだ彼が、本当の差出人に気づくことを期待して。
アザミから手紙を受け取った彼女は中身を確認し満足そうに笑った。手紙のできよりも、ひどい顔色のアザミを見てのことだと思ったが何も言わなかった。
彼らが付き合うことになったのを知ったのは更に翌朝。友人達に冷やかされて教室に入ってきた二人を見て。
アザミと目が合うと、彼女は探るように見てきたが特に反応しないでいるとつまらなそうに他の友人達との会話に戻っていった。
予習のために開いていた教本には皺が寄っている。涙をこらえるため、力を込めすぎた奥歯からは血の味がした。
それからしばらくして、女生徒の間で噂が流れた。アザミにラブレターの代筆を頼むと上手くいくというものだ。それを信じ頼みに来るものも何人かいた。彼女の嫌がらせだろうそれにも、やけになって受け、依頼に来る女生徒の代わりに手紙を書いた。
幾人かには付き合うことになった、と報告を受けることもあったがどうでもよかった。
その後、あの二人がどうなったのかアザミは知らない。学校を卒業してすぐに村を出たからだ。
奨学金をもらい隣町の上級学校へ進学したアザミは、村にはそれ以来一度も帰ってはいない。
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