悪役令嬢は等身大な恋がしたい

都築みつる

文字の大きさ
17 / 41
秋の課題編

第十六話 よくある悩み (アルバート視点)

しおりを挟む
 しきりに部屋の扉を叩く音がする。働かない頭でなんとか視線をそちらに向けるが、返事をする気にはならない。

 そうしている間にも、ノックはどんどん激しさを増した。

「もう、兄さま! いるんでしょ?」

 耐えきれなくなったソニアがドアを開けて入ってくる。ティーテーブルに突っ伏した状態の俺は、体勢を変えることなく声を絞り出した。

「ソニア、悪いが今お前の話を聞く気分じゃないんだ」

 暗に出ていけと言ったつもりだったが、ソニアは気にも留めず両手に掴んだ紙をティーテーブルの空いたスペースに広げた。

 何枚もの紙がぱさりぱさりと俺の顔の真横に落ちる。

「どの便箋がいいと思う?」

 うんざりしながらも頭をもたげると、様々な色合いのレターセットが目に入った。昨日うちに来た行商人から買ったのだろう。ソニアは次々とそれらを手に取って嬉しそうに見比べていた。

 意気揚々としているこいつには悪いが、俺はちっとも楽しくない。広げられた紙を半目で見ると、なげやりな答えを返した。

「なんだよ、ニコラス殿に手紙でも書くのか? お前からの手紙ならたとえメモ書きでも喜んでくださるだろ」

 俺の言葉にソニアはポッと頬を染めた。

「やあね、違うわよ。ニコラス様へのお手紙は先週書いたわ。これは、アメリア様宛ての手紙よ」
「……!」

 今一番聞きたくなかった名前に、思わず体が強張る。ソニアに今の表情を見せたくなくて、持ち上げた顔を再びテーブルに置いた。

(やっぱりあれはまずかったよなぁ…)

 ぐりぐりと天板に額を押し付けながら、俺は今日の日没を思い出していた。




 * * *



 数週間もの時間をかけた課題がようやく終わり、久しぶりに天文学講義室へ足を向けた。

 天文学の講義室は、だだっぴろい学園の敷地内の外れにひっそりと存在している。本館からの渡り廊下を通って、突き当りの螺旋階段を上がったところだ。

 目立たない場所にあるものの、中の施設は相当なものだったので、星好きの俺は入学以降足繫く通っていた。

 夕方に行くのには理由がある。その時間はミラルダ教授が翌日の準備をしていることが多く、手伝いながら話を聞かせてもらえるし、運が良ければ、望遠鏡を覗かせてもらって暗くなり始めた空を観ることもできるからだ。

 そのうちに教授との信頼関係もでき、時折俺一人で講義室の留守を預かるようになった。

 ちょうど今日もそんな日で、決して珍しいことはなかった。いつもと違ったのは、突如サリバン嬢がそこに現れたことだ。

 前日に散々ソニアとレオに揶揄われたせいで、とてもじゃないが照れくさくてサリバン嬢の顔を見れる気がしなかった。だからなるべく園舎内で彼女に会わないようにしていたのに、なんでこんなところで鉢合わせるんだろうか。

 斜陽で表情が分かりづらいのがせめてもの救いだ。俺は動揺を悟られまいと努めて素っ気ない声を出した。

「教授はあと10分もしたら戻ってくると思うから、ここで待ってたらどうだ?」

 彼女はしばらく躊躇ためらっていたが、結局は教授が来るのを待つことに決めたらしい。俺に倣って二席隣の机に寄り掛かった。

 少し離れた位置にいるにも関わらず、心臓の音が彼女に聞こえてしまうんじゃないかと思うほど、胸の鼓動が激しかった。

 すると、彼女がふいに天井を見上げて感心した声を出した。どうやらこの部屋に入るのは初めてだったらしい。ガラス張りの天井や望遠鏡を物珍しそうに見ている。

 思わず嬉しくなりぺらぺらと語ってしまって、後から恥ずかしくなった。

 だがサリバン嬢はそれほど気に留めた様子はなく、話題をソニアに移した。

 会話をしながら、ふと、ソニアの話を思い出す。あいつはサリバン嬢のことを『優しい』と表現した。

 最初に聞いた時には何かの間違いかとも思ったが、ソニアに対して見せる顔は違うのかもしれない。言われてみれば、ソニアについて話す時の彼女は、穏やかな顔つきをしているように見える。

 気が付けば俺は、サリバン嬢にまたソニアと会ってもらうよう頼み込んでいた。

 その直後、何か硬いものが床に落ちる音がした。

「何の音だ?」

 俺はすぐさま立ち上がった。机の上に機材を置いていた記憶はないが、見落としていたのかもしれない。

 机の下を覗き込むサリバン嬢の元へ近づき、同様に腰を落とすと辺り一帯に目を走らせる。

 すぐに、サリバン嬢のやや後ろに鈍い光を放つ物を見つけた。腕を伸ばして掴むと、それは小さな金属音を立てて手の内に収まる。

「あったぞ」と言いかけたが、その言葉が俺の口から出てくることはなかった。

 鼻がぶつかりそうなほどの位置に彼女がいた。部屋は暗かったが、余りにも近すぎるその距離では彼女の顔がはっきりと見えざるを得なかった。

 大きな瞳が、瞬き一つせずに俺を見ている。驚きで薄く開いた唇から息を飲む音が漏れた。

 あまりにも魅惑的で目が離せない。彼女の持つ引力に逆らえない。その唇に触れてみたくて、前に身体を傾けようとした時だった。


『本当に一度もない?』

 レオナルドの声が頭に響いた。

『青い瞳に映る自分を間近で見てみたいとか。あの三日月のような薄い唇は……』


「……っ」

 まさにこの状況のことを言われているようで、慌てて彼女と距離を取る。

 危なかった。あとすんでのところで思いとどまれたのは、男として褒められてもいいんじゃないかと思う。

 彼女の手を取ってその場に立たせると、握っていた鍵を手渡す。

 もうこれ以上近くにはいられず部屋から出るように促すと、彼女は小さくうなづいて姿を消した。





 * * *





「どうしたの、兄さま」

 覗き込むようにソニアが話しかけてきて、俺は現実に引き戻された。

 自分のしでかした過ちに自己嫌悪に陥っているというのに、この妹は全くもって遠慮というものがない。

 ソニアはふむ、と何か考え込むように首をかしげると丸い目を俺に向けた。

「アメリア様と何かあったの?」

 その問いかけに返事はせずに視線を逸らす。

 それを見たソニアは、まったくわかりやすいわね、と大げさにため息をついた。

「告白したの?」
「ばっ、そんなわけないだろ!」

 とんでもない質問に飛び起きて否定する。だが俺の回答は想定内だったようで、ソニアはさらに質問を重ねた。

「じゃあ何? 改めてアメリア様の魅力に気づいちゃったとか?」
「……」
「図星ね」

 沈黙を肯定と受け取って、ソニアはしたり顔でうなづいた。

「私は応援するわよ。がんばって兄さま」
「気楽に言うなよ」
「なによ、何が問題なの」

 頬を膨らませて声を張るソニアとは対照的に、俺は声を落とした。

「お前は何も感じなかったのか? その、レオは、ひょっとしたらサリバン嬢のこと……」
「まあ、何かしら特別な感情はお持ちよね。きっと」

 即答するソニアに目を見開く。

 やはりこいつの目から見てもそう映るのか。どうしてレオがサリバン嬢にだけは態度が違うのか。考えれば考えるほど、一つの答えにたどり着く。

 レオは、サリバン嬢に好意を持っているんじゃないのか。

 もともとあいつは、興味のない人間には愛想がよく、嫌いな人間には関わらない。

 それがサリバン嬢にだけは自分から話しかけるし、彼女を怒らせるような言動もする。

 それは彼女を意識しているからだと思えばつじつまが合う。

 一気に気分が重くなり、大きく息を吐いた。

「よくある悩みよね。好きな人を取るか、友人を取るかっていう」

 かなり深刻に悩んでいるのに、「よくあること」で済まそうとするソニアをぎろりと睨みつける。

 ソニアは肩をすくめると呆れたように口を開いた。

「諦めるの?」
「諦めるも何も、俺はそこまで……」

 途中で言葉が途切れる。その後に言おうとしたことが出てこない。黙り込んだ俺を諭すように、ソニアは今度は優しい声で続けた。

「逆に考えてみてよ。もし兄さまが好きになった人が、レオナルド様と結ばれたら、許せない?」
「いや、それは……もしその女性がレオを選ぶんなら仕方ないだろ」
「でしょう? それなら兄さまだって遠慮する必要ないでしょ?」

 ソニアの理論に俺は頭を抱えた。

 それは詭弁だ。俺が納得するからといって、それをレオにも求めるのは違う気がする。

「どうするかは兄さまが決めることだけどね」

 ソニアはそれだけ言うと、テーブルの上のレターセットをかき集めて立ち上がった。

「言っておきますけどね。レオナルド様と兄さまじゃ差がありすぎて勝負にならないくらいなのよ? 全力で闘ったって完敗するのが目に見えてるの。それなのに本気を出さないでどうするの?」

 最後に兄を傷つける捨て台詞を吐いて、ソニアは部屋を出ていった。

 なんなんだあいつは。いったい何をしに来たんだ。

 疲れ切ってため息をつくと、数時間前のサリバン嬢がふと思い出された。

 あれはやばいだろ。俺の理性なんて一瞬で吹き飛ばされる。

 これ以上彼女に近づくのは危険だ。

 もう一度大きく息を吐きだして、再び俺はテーブルにふさぎ込んだ。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

悪役令嬢のはずですが、年上王子が幼い頃から私を甘やかす気でいました

ria_alphapolis
恋愛
私は、悪役令嬢なのかもしれない。 王子の婚約者としては少し我儘で、周囲からは気が強いと思われている―― そんな自分に気づいた日から、私は“断罪される未来”を恐れるようになった。 婚約者である年上の王子は、今日も変わらず優しい。 けれどその優しさが、義務なのか、同情なのか、私にはわからない。 距離を取ろうとする私と、何も言わずに見守る王子。 両思いなのに、想いはすれ違っていく。 けれど彼は知っている。 五歳下の婚約者が「我儘だ」と言われていた幼い頃から、 そのすべてが可愛くて仕方なかったことを。 ――我儘でいい。 そう決めたのは、ずっと昔のことだった。 悪役令嬢だと勘違いしている少女と、 溺愛を隠し続ける年上王子の、すれ違い恋愛ファンタジー。 ※溺愛保証/王子視点あり/幼少期エピソードあり

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

悪役令嬢は推しカプのために婚約破棄されたい 〜好感度モニターが壊れて全人類から溺愛されてます〜

りい
恋愛
悪役令嬢は推しカプのために婚約破棄されたい 〜好感度モニターが壊れて全人類から溺愛されてます〜 「もっとゲームがしたかった……!」 そんな切実な未練を残し、山積みの積ゲーと重量級の設定資料集に埋もれて物理的に「尊死」した限界オタクの私。 目が覚めると、そこは大好きな乙女ゲーム『幻想のルミナス』の世界。しかも、推しカプ(王子×聖女)を邪魔して最後には無残に断罪される悪役令嬢・リリアーナに転生していた! 普通なら破滅フラグ回避に走るところだけど、オタクの私は一味違う。 「断罪イベントを特等席(悪役席)で見られるなんて……これって最高のご褒美じゃない!?」 完璧な婚約破棄を勝ち取り、二人の愛の軌跡を「生」で拝むため、私は悪役として嫌われる努力を開始する。さらに、転生特典(?)で手に入れた**『好感度モニター』**を駆使して、二人の愛の数値をニヤニヤ見守るはずだった。 ――なのに、視界に映る現実はバグだらけ。 「嫌われようと冷たくしたのに、王子の好感度が**【100(カンスト)】を超えてエラーを吐き出してるんですけど!? というか、肝心のヒロインまで私を姉様と慕って【200(唯一無二)】**ってどういうこと!?」 推しカプの二人は私を見るばかりで、お互いへの好感度は一向に上がらない。 果たしてリリアーナは、重すぎる全方位からの溺愛をはねのけ、理想の「婚約破棄」に辿り着けるのか? 勘違いとバグが加速する、異色の溺愛(?)ファンタジー開幕!

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

悪役令嬢としての役割、立派に努めて見せましょう〜目指すは断罪からの亡命の新しいルート開発です〜

水月華
恋愛
レティシア・ド・リュシリューは婚約者と言い争いをしている時に、前世の記憶を思い出す。 そして自分のいる世界が、大好きだった乙女ゲームの“イーリスの祝福”の悪役令嬢役であると気がつく。 母親は早くに亡くし、父親には母親が亡くなったのはレティシアのせいだと恨まれ、兄には自分より優秀である為に嫉妬され憎まれている。 家族から冷遇されているため、ほとんどの使用人からも冷遇されている。 そんな境遇だからこそ、愛情を渇望していた。 淑女教育にマナーに、必死で努力したことで第一王子の婚約者に選ばれるが、お互いに中々歩み寄れずにすれ違ってしまう。 そんな不遇な少女に転生した。 レティシアは、悪役令嬢である自分もヒロインも大好きだ。だからこそ、ヒロインが本当に好きな人と結ばれる様に、悪役令嬢として立ち回ることを決意する。 目指すは断罪後に亡命し、新たな人生をスタートさせること。 前世の記憶が戻った事で、家族のクズっぷりを再認識する。ならば一緒に破滅させて復讐しようとレティシアには2つの目標が出来る。 上手く計画に沿って悪役令嬢を演じているはずが、本人が気が付かないところで計画がバレ、逆にヒロインと婚約者を含めた攻略対象者達に外堀を埋められる⁉︎ 更に家族が改心して、望んでいない和解もさせられそうになるレティシアだが、果たして彼女は幸せになれるのか⁉︎

悪役令嬢のビフォーアフター

すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。 腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ! とりあえずダイエットしなきゃ! そんな中、 あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・ そんな私に新たに出会いが!! 婚約者さん何気に嫉妬してない?

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

処理中です...