悪役令嬢は等身大な恋がしたい

都築みつる

文字の大きさ
20 / 41
秋の課題編

第十九話 消えたページ (2)

しおりを挟む
 どこをどのように駆け抜けたのか、自分でもよく覚えていない。

 とにかく一人になりたくて、人気を避け園舎の片隅まで来たときには、すっかり息が上がり額に汗が浮かんでいた。

 もう嫌だ。私が何をしたっていうの。何故、こんなにも嫌われなければならないの。

 こみ上げてくる感情に鼻の奥がつんとする。このまま消えてしまいたくて、その場に崩れ落ちそうになった。

「サリバン嬢!」

 ふいに肩を掴まれ振り向かされる。同じく息を切らせたチェイサーが、張り詰めた顔でそこに立っていた。

 私を見つめるグレーの瞳に一瞬安堵の色が浮かぶ。が、すぐに彼は眉間に皺を寄せてこちらを睨みつけた。

「馬鹿か、君は!」
「なんですって?!」

 頭ごなしに怒鳴られ、反射的に言い返す。

「あんな逃げ方をすれば、あいつらの言葉を肯定するようなものだろ!」

 チェイサーのこぶしに力がこもり、掴まれた肩がきしむように痛んだ。

 思わず顔をしかめると、彼はハッとしたようにその手を離した。

 それでもなお、私に向けられた目は苛立ちを隠しきれていない。

「あることないこと言われて、平気なのか?」

 平気かですって? そんなわけないじゃない。

 本当なら、あの発言をした女の頬をひっぱたいてやりたかった。でもそれができないほど、あの場にいるのが耐えられなかったのよ。

 きっとわからないでしょうね。私がどれだけ悔しくて歯がゆかったか。

 たとえ事実ではなくても、他の男に色目を使ったなどと、あなたにだけは聞かれたくなかったのに。

 唇を噛んで視線を落とす。

「サリバン嬢?」

 労わるように声のトーンを落としたチェイサーを見返すことができず顔を背ける。

 ああ、こういう可愛げのないところが嫌われる理由なんだろうか。

 口を閉ざしたまま横を向き続ける私に、チェイサーは小さくため息をついた。

「君はいつもそうだ。自分が正しいと主張しているくせに、いざ議論が始まると逃げだすんだ」
「逃げるですって?」

 聞き捨てならない台詞にうっかり彼を見上げると、切れ長の瞳に真正面から見据えられ、目がそらせなくなった。

「対立が激しくなってくると、付き合っていられないとばかりに背を向けるだろう」
「……!」

 チェイサーの言葉に思わず息を飲む。

 誰にも気づかれていないと思っていた。私が最後まで討論することを避けていること。

 相手にするのも馬鹿らしいと言いながら、その実、衝突するのを恐れているのだ。

 全力でぶつかってそれでもダメだったら、私の存在価値がなくなってしまうような気がして。

 心の奥底の弱い部分を見透かされていたことに羞恥が湧き上がる。言い返さない私に、チェイサーはさらに言葉を重ねた。

「自分が間違ってないと思うなら、最後まで貫き通せよ」

 なによ。そんなのできるわけないじゃない。だって。

「だってっ……誰が信じるというの? 私は『サリバン』なのよ?!」

 突然叫んだ私に、チェイサーは瞠目した。

 ダメだ。こんなことを言いたいんじゃないのに。けれど一度あふれ出た言葉は止まることを知らない。次から次へと口からこぼれてくる。

「どんなに説明したって、いつもあなたたちは私の言うことなんて聞いてくれなかった。私の主張がすべて正しかったとは思ってない。でも全てが間違いだったとも思わない。それなのにみんな、私の言葉は全て否定するのよ! 私がサリバンだから!!」

 最後はもう悲鳴に近かった。

 溜め込んでいた鬱憤を全て吐き出すと、自分が空っぽになったような感覚になり、寒さに体が震えた。自らを抱きしめるように両腕を体に回す。

 チェイサーは目を伏せ、唇を真一文字に結んでいる。しばらくの沈黙の後、眉根を寄せ絞り出した声はひどく後悔に満ちていた。

「誰より一番君を傷つけてきた俺に、こんなことを言う資格はないのかもしれない。それでも、」

 顔を上げて視線を私に注ぐ。

「俺は君を信じたい。俺の見てきた君は、他人を貶めるような人じゃない」

 向けられたまっすぐな目に、空虚な心が満たされていくような気がした。

「あ……」

 頬を大粒の涙が伝う。

 止めようとしても止まらない。あふれた雫は重力のままに、ただただ下へと流れ落ちた。

 情けないーー。

 これ以上みっともないところを見せたくなくて背を向けようとした時だった。

 急に腕を引き寄せられ、視界が暗くなる。次に、息が止まるような圧迫感と背中に腕が回されるのを感じた。

 そこでようやく、自分がチェイサーに抱きすくめられていることに気がついた。

「ごめん」

 耳元で聞こえた謝罪に、涙腺が決壊する。

「ふっ、ううっ……」

 漏れ出た嗚咽を抑えようとその胸に顔を埋めると、さらにきつく抱きしめられる。

 子供のように声を上げて泣く私に、チェイサーは黙ったままずっと髪を撫でていた。





  * * *





 どれくらいそうしていただろうか。

 いつの間にか涙は止まっている。乾いた涙で頬がひきつるのを感じながら、私はその場を動けずにいた。

 ううん、正確に言えば動きたくなかったのだ。頭を預けたチェイサーの胸からは、とくとくと心臓の音が聞こえる。

 制服越しに伝わる温かさも心地よくて、このまま眠りに落ちてしまえたらどんなに幸せだろうかと、そんなことを思った。

 そんな私を現実に引き戻したのは、他でもないチェイサーの声だった。

「えっと、サリバン嬢、もう大丈夫か?」

 ゆっくり見上げると、気まずそうな彼と目が合った。先ほどまで私の髪を撫でていてくれた右手も、所在なさげに宙に浮いている。

 それを少しさみしく思いながらも、後ろに下がって彼と距離を取った。

「ええ。申し訳ありません、取り乱しましたわ」
「いや、謝る必要はないんだ。落ち着いたなら、それでいい」

 素直に謝罪する私に焦ったのか、チェイサーは頭を掻いて軽く笑った。

「でも……私のせいで、制服を汚してしまいましたね」

 彼のジャケットは私がしがみついていたせいで皺になり、涙で胸元が濡れてしまっている。

 申し訳なくなり頭を下げると、チェイサーはジャケットを脱ぎ、軽く肩に引っ掛けた。

「問題ないさ。ちょうど暑かったから、こうしておけばいい」
「嘘ばっかり。今日はとても寒いのに」

 私に気を遣わせまいとしてくれているのだろうけど、あまりに苦しい言い訳で、くすくすと笑いを漏らさずにはいられなかった。

 その時、チェイサーの目がとても優しい光を帯びたように見えた。

 どきりと胸が高鳴り、思わず笑いを引っ込める。

「じゃあ、行こう」
「え? どこにですか?」
「もちろん、ホーク助手のところだ」

 至極当然に言って、チェイサーはニヤリと口の端をあげた。

「君の無実を証明しにいかないとな」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

悪役令嬢のはずですが、年上王子が幼い頃から私を甘やかす気でいました

ria_alphapolis
恋愛
私は、悪役令嬢なのかもしれない。 王子の婚約者としては少し我儘で、周囲からは気が強いと思われている―― そんな自分に気づいた日から、私は“断罪される未来”を恐れるようになった。 婚約者である年上の王子は、今日も変わらず優しい。 けれどその優しさが、義務なのか、同情なのか、私にはわからない。 距離を取ろうとする私と、何も言わずに見守る王子。 両思いなのに、想いはすれ違っていく。 けれど彼は知っている。 五歳下の婚約者が「我儘だ」と言われていた幼い頃から、 そのすべてが可愛くて仕方なかったことを。 ――我儘でいい。 そう決めたのは、ずっと昔のことだった。 悪役令嬢だと勘違いしている少女と、 溺愛を隠し続ける年上王子の、すれ違い恋愛ファンタジー。 ※溺愛保証/王子視点あり/幼少期エピソードあり

これ、ゼミでやったやつだ

くびのほきょう
恋愛
これは、もしかしたら将来悪役令嬢になっていたかもしれない10歳の女の子のお話。

あなたの片想いを聞いてしまった夜

柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」 公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。 政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。 しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。 「好きな人がいる。……片想いなんだ」 名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

悪役令嬢は推しカプのために婚約破棄されたい 〜好感度モニターが壊れて全人類から溺愛されてます〜

りい
恋愛
悪役令嬢は推しカプのために婚約破棄されたい 〜好感度モニターが壊れて全人類から溺愛されてます〜 「もっとゲームがしたかった……!」 そんな切実な未練を残し、山積みの積ゲーと重量級の設定資料集に埋もれて物理的に「尊死」した限界オタクの私。 目が覚めると、そこは大好きな乙女ゲーム『幻想のルミナス』の世界。しかも、推しカプ(王子×聖女)を邪魔して最後には無残に断罪される悪役令嬢・リリアーナに転生していた! 普通なら破滅フラグ回避に走るところだけど、オタクの私は一味違う。 「断罪イベントを特等席(悪役席)で見られるなんて……これって最高のご褒美じゃない!?」 完璧な婚約破棄を勝ち取り、二人の愛の軌跡を「生」で拝むため、私は悪役として嫌われる努力を開始する。さらに、転生特典(?)で手に入れた**『好感度モニター』**を駆使して、二人の愛の数値をニヤニヤ見守るはずだった。 ――なのに、視界に映る現実はバグだらけ。 「嫌われようと冷たくしたのに、王子の好感度が**【100(カンスト)】を超えてエラーを吐き出してるんですけど!? というか、肝心のヒロインまで私を姉様と慕って【200(唯一無二)】**ってどういうこと!?」 推しカプの二人は私を見るばかりで、お互いへの好感度は一向に上がらない。 果たしてリリアーナは、重すぎる全方位からの溺愛をはねのけ、理想の「婚約破棄」に辿り着けるのか? 勘違いとバグが加速する、異色の溺愛(?)ファンタジー開幕!

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

悪役令嬢としての役割、立派に努めて見せましょう〜目指すは断罪からの亡命の新しいルート開発です〜

水月華
恋愛
レティシア・ド・リュシリューは婚約者と言い争いをしている時に、前世の記憶を思い出す。 そして自分のいる世界が、大好きだった乙女ゲームの“イーリスの祝福”の悪役令嬢役であると気がつく。 母親は早くに亡くし、父親には母親が亡くなったのはレティシアのせいだと恨まれ、兄には自分より優秀である為に嫉妬され憎まれている。 家族から冷遇されているため、ほとんどの使用人からも冷遇されている。 そんな境遇だからこそ、愛情を渇望していた。 淑女教育にマナーに、必死で努力したことで第一王子の婚約者に選ばれるが、お互いに中々歩み寄れずにすれ違ってしまう。 そんな不遇な少女に転生した。 レティシアは、悪役令嬢である自分もヒロインも大好きだ。だからこそ、ヒロインが本当に好きな人と結ばれる様に、悪役令嬢として立ち回ることを決意する。 目指すは断罪後に亡命し、新たな人生をスタートさせること。 前世の記憶が戻った事で、家族のクズっぷりを再認識する。ならば一緒に破滅させて復讐しようとレティシアには2つの目標が出来る。 上手く計画に沿って悪役令嬢を演じているはずが、本人が気が付かないところで計画がバレ、逆にヒロインと婚約者を含めた攻略対象者達に外堀を埋められる⁉︎ 更に家族が改心して、望んでいない和解もさせられそうになるレティシアだが、果たして彼女は幸せになれるのか⁉︎

処理中です...