悪役令嬢は等身大な恋がしたい

都築みつる

文字の大きさ
19 / 41
秋の課題編

第十八話 消えたページ (1)

しおりを挟む
 
 先日の初雪以降、王都では急激に気温が下がった。

 まだ二度目の雪は見てはいないものの、朝晩の冷え込みは相当なもので、所定の制服だけではとても耐えきれない寒さだった。

 アンナの用意してくれたカシミアのケープを羽織り、屋敷の入り口で待つ馬車に乗り込む。

 御者が用意してくれたのか、馬車内の座席に小さなブランケットが畳んでおいてあった。ありがたく膝の上に掛けたけれど、まだ肌寒さを感じて車内で身を小さく縮こまらせる。

(そろそろ領地へ戻る際の荷物をまとめなくてはね)

 流れる景色を眺めながら、ぼんやりと今後の計画を考えた。

 再来週になれば学園は冬の休みに入る。お父様が領地への出立を当初より遅らせてくださったおかげで、きちんと今学期の最終日まで登園できる予定だ。

 貴族の子息令嬢ともなればそれなりに予定が入りやすいので、成績をつける上で必ずしも出席が重視されるわけではない。

 ただ、今回最後まで残りたいのには理由があった。あの課題の評価がまだ成されていないのだ。

 アンダーソン教授はぎりぎりまで試験の合否を発表しないことで有名で、先日の課題がどう評価されているのかはいまだに分かっていない。

(あれだけ苦労して完成させたものなのだから、自分の目で結果を見てから休みに入りたいと思うのは当然のことよ。そうでしょ?)

 誰に責められているわけでもないのに、そう自分に言い訳する。そうよ、王都を離れがたいのはあくまで課題のためなの。それ以外の何ものでもないんだから。

 馬車が止まり、扉が開いた。どうやら学園に到着したみたい。急に流れ込んできた冷気にぶるりと体を震わせ、足早に門をくぐる。

「……!」

 視界の中に、背の高いチェスナットの頭が入ってきた。

 いったいいつから、私はこんなに簡単に彼を見つけられるようになったんだろう。顔を突き合わせるのが怖くて一瞬足が止まる。でも、ここで逃げてはいけないと感じた。

 意を決して歩き出すと、アルバートは何気なくこちらを見て私に目を留めた。

「ごきげんよう」
「……ああ」

 薄い笑いとともに交わした挨拶は、空しい響きを持って私たちの間に落ちた。

 そうだ、これが本来の私たちなのよ。何も悲しむ必要なんてないわ。

 これ以上紡ぐ言葉もなくて、軽く会釈をすると先に園舎の中へと急いだ。





 * * *





 課題が終わった後の講義というのは、こうも気が抜けるものだろうか。教授たちの話す内容がほとんど頭に入らないまま、一日が終わろうとしていた。

 だけど、どうやらそれは私に限った話ではないらしい。

 学園中を休み前のそわそわした空気が流れていて、生徒の大多数は休みにはどこそこへ行くとか、年明けに行われる国王陛下の即位二十周年の祝賀会に来ていくドレスをどうするだとか、そんな話ばかりしている。

 浮ついた雰囲気の中、私は人の波を縫うように歩いていた。

(結局今日も課題の評価は出なかったわね)

 掲示板を見にいってはみたものの、期待していた情報は貼り出されておらず、仕方なくかばんを取りに講義室へ戻る。

 目的地に近づくにつれ、いつもより部屋が騒々しいのに気が付いたが、特に気にも留めず足を踏み入れた。

 その瞬間、時間が止まったかのごとく辺りが静寂に包まれた。

 異様な雰囲気に思わず体が凍りつく。

 私が入るなり部屋が静まり返ることはよくあることだったが、今日はいつもと違う。向けられた視線がすさまじい嫌悪や憎悪に塗れていたからだった。

 明らかに、私に不都合な何かが起こったのは分かる。でも一体何だろう。得体のしれない悪意に、背中を冷や汗が伝った。

「なにかしら、皆様揃って私に御用でもおありなの?」

 気を張ってようやくそれだけ口にすると、こちらを見ていた男子学生の一人がおもむろに話し始めた。

「さっきアンダーソン教授からの言伝ことづてがあって、僕らの課題に不備があったそうだ」
「……え?」
「マリーが担当したページが、丸々無くなっていたらしい」

 なんですって?

 驚きに目を剥くと、責めるような口調で別の令嬢が口を開いた。

「たしか、課題を提出されたのはアメリア様でしたよね?」

 声の主の方に視線を向ければ、その後ろには両手で顔を覆って俯くコレットがいた。

 表情は見えないけれど、肩を震わせ両脇を友人に支えられている。

 私はいまだに状況がよく飲み込めずに、ただただ目の前の情景を眺めているだけだった。

 コレットが泣いている? だとしたら、本当に課題のページが紛失してしまったのだろうか。

 先日ホーク助手に手渡したときには落丁なんてなかった。その場で確認してもらったのを、この目で見たんだから。

 じゃあ、いつ、どこで……?

 口を噤んだ私に、今度はコレットの横にいた令嬢が畳みかける。

「そういえば私、数日前に渡り廊下の近くでアメリア様がマリーに怒鳴っているのを見ました! この子のことが気に入らなくて何かしたんじゃないですか?」
「!」

 やられた――。私は俯いたままのコレットを睨みつけた。

 もしこの令嬢が本当にあの日あの場にいたとして、そんな都合よくその一場面だけを目撃するものだろうか。あのときはコレットだってずいぶんと口汚く私を罵っていたのに。

 おそらく今しゃべっている令嬢は、コレットの手の内の人間に違いない。あることないことを吹聴して、私を悪者に仕立て上げるつもりだ。

 コレットと言い争ったのも、最後に課題に触れたのが私であることも事実だ。でも誓って課題に手を加えるなんてことはしていない。ただ、それを証明する手だてが私にはなかった。

 目の前にあるのは状況証拠だけ。でも普段から悪評高い『アメリア・サリバン』なら十分にあり得ることだと、皆納得した顔をしている。

 事の重大さに目の前が真っ暗になった。これまでの小さな諍いなどの比ではない。正式な課題を故意に破損したと判断されたら、いったい私はどうなるだろう。下手をすれば退学だ。

 これまで積み上げてきたものが音を立てて崩れていくのを感じた。

「あ、レオナルド様!」

 誰かの声が部屋に響き、一斉に視線が部屋の入口に向けられた。息を切らせたクラークとアルバートが到着したところだった。

「大体の話は聞いたけど、もう一度整理させてくれないか」

 乱れた髪を搔き上げながら部屋に入ると、クラークは周りを見渡した。

「アンダーソン教授の話を受けたのは誰だい?」
「わ、わたしですっ……」

 それまでずっと隠れるように下を向いていたコレットがようやく顔を上げた。鳶色の瞳を涙で潤ませ、くしゃりと顔を歪ませる。

「さ、さっき、教授から私の担当部分のレポートだけが欠落してるって言われてっ……私、信じられなくてっ」

 そこまで一息に言うと、耐えきれないというようにコレットは再び両手で顔を覆った。周りの人間たちが同情するような視線を向ける。

 私はそれを苦々しい思いで見つめた。

「でも一度はきちんと受理されたんだろ? それなのに今さらそんなことってありえるのか?」

 チェイサーが納得のいかない声を出したが、すぐに他の声にかき消される。

「でも実際マリーの分だけ無くなってるんですよ?」
「受理された日に、教授はいらっしゃらなかったっていうじゃないか」
「そもそも本当に提出したかも今となってはわからないのでは?」

 口々に、私に向けて放たれる言葉たち。

 いつもなら気にも留めない些細な棘が、心臓に深く突き刺さるような感覚がする。

 クラークは片手で周囲を制止し、私に問いかけた。

「アメリア、君の意見を聞かせてほしい」

 その声はフラットで、私に対する肯定も否定も感じさせなかった。彼が公平に見極めようとしているのがわかり、少し落ち着きを取り戻す。

「あの日、この手で確かにホーク助手に課題をお渡ししました。その場でご確認もいただいています。彼に聞いていただければわかりますわ」

 震えそうになる唇に力を込め毅然と発言すると、周りが一瞬にしてたじろぐ。

 しかし、次に誰かが放った言葉に再び辺りがざわついた。

「ホーク助手の言葉に信憑性はあるんですか? アメリア様はお綺麗な方だもの。ご自分に都合のいいことを言っていただけるんじゃなくて?」

 信じられない言葉に気が遠くなった。

 つまり、この女は私がホーク助手に色仕掛けをしたというのだ。

 どこまで私を侮辱すれば気がすむの。しかも、チェイサーの前で……!

 悔しくて恥ずかしくて、後ろに立っているはずの彼を見ることができずに私は部屋から走り出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

悪役令嬢のはずですが、年上王子が幼い頃から私を甘やかす気でいました

ria_alphapolis
恋愛
私は、悪役令嬢なのかもしれない。 王子の婚約者としては少し我儘で、周囲からは気が強いと思われている―― そんな自分に気づいた日から、私は“断罪される未来”を恐れるようになった。 婚約者である年上の王子は、今日も変わらず優しい。 けれどその優しさが、義務なのか、同情なのか、私にはわからない。 距離を取ろうとする私と、何も言わずに見守る王子。 両思いなのに、想いはすれ違っていく。 けれど彼は知っている。 五歳下の婚約者が「我儘だ」と言われていた幼い頃から、 そのすべてが可愛くて仕方なかったことを。 ――我儘でいい。 そう決めたのは、ずっと昔のことだった。 悪役令嬢だと勘違いしている少女と、 溺愛を隠し続ける年上王子の、すれ違い恋愛ファンタジー。 ※溺愛保証/王子視点あり/幼少期エピソードあり

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

悪役令嬢は推しカプのために婚約破棄されたい 〜好感度モニターが壊れて全人類から溺愛されてます〜

りい
恋愛
悪役令嬢は推しカプのために婚約破棄されたい 〜好感度モニターが壊れて全人類から溺愛されてます〜 「もっとゲームがしたかった……!」 そんな切実な未練を残し、山積みの積ゲーと重量級の設定資料集に埋もれて物理的に「尊死」した限界オタクの私。 目が覚めると、そこは大好きな乙女ゲーム『幻想のルミナス』の世界。しかも、推しカプ(王子×聖女)を邪魔して最後には無残に断罪される悪役令嬢・リリアーナに転生していた! 普通なら破滅フラグ回避に走るところだけど、オタクの私は一味違う。 「断罪イベントを特等席(悪役席)で見られるなんて……これって最高のご褒美じゃない!?」 完璧な婚約破棄を勝ち取り、二人の愛の軌跡を「生」で拝むため、私は悪役として嫌われる努力を開始する。さらに、転生特典(?)で手に入れた**『好感度モニター』**を駆使して、二人の愛の数値をニヤニヤ見守るはずだった。 ――なのに、視界に映る現実はバグだらけ。 「嫌われようと冷たくしたのに、王子の好感度が**【100(カンスト)】を超えてエラーを吐き出してるんですけど!? というか、肝心のヒロインまで私を姉様と慕って【200(唯一無二)】**ってどういうこと!?」 推しカプの二人は私を見るばかりで、お互いへの好感度は一向に上がらない。 果たしてリリアーナは、重すぎる全方位からの溺愛をはねのけ、理想の「婚約破棄」に辿り着けるのか? 勘違いとバグが加速する、異色の溺愛(?)ファンタジー開幕!

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

悪役令嬢としての役割、立派に努めて見せましょう〜目指すは断罪からの亡命の新しいルート開発です〜

水月華
恋愛
レティシア・ド・リュシリューは婚約者と言い争いをしている時に、前世の記憶を思い出す。 そして自分のいる世界が、大好きだった乙女ゲームの“イーリスの祝福”の悪役令嬢役であると気がつく。 母親は早くに亡くし、父親には母親が亡くなったのはレティシアのせいだと恨まれ、兄には自分より優秀である為に嫉妬され憎まれている。 家族から冷遇されているため、ほとんどの使用人からも冷遇されている。 そんな境遇だからこそ、愛情を渇望していた。 淑女教育にマナーに、必死で努力したことで第一王子の婚約者に選ばれるが、お互いに中々歩み寄れずにすれ違ってしまう。 そんな不遇な少女に転生した。 レティシアは、悪役令嬢である自分もヒロインも大好きだ。だからこそ、ヒロインが本当に好きな人と結ばれる様に、悪役令嬢として立ち回ることを決意する。 目指すは断罪後に亡命し、新たな人生をスタートさせること。 前世の記憶が戻った事で、家族のクズっぷりを再認識する。ならば一緒に破滅させて復讐しようとレティシアには2つの目標が出来る。 上手く計画に沿って悪役令嬢を演じているはずが、本人が気が付かないところで計画がバレ、逆にヒロインと婚約者を含めた攻略対象者達に外堀を埋められる⁉︎ 更に家族が改心して、望んでいない和解もさせられそうになるレティシアだが、果たして彼女は幸せになれるのか⁉︎

悪役令嬢のビフォーアフター

すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。 腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ! とりあえずダイエットしなきゃ! そんな中、 あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・ そんな私に新たに出会いが!! 婚約者さん何気に嫉妬してない?

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

処理中です...