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冬の婚約編

第十三話 祝賀会(5)

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 両陛下のご入場は、盛大な拍手によって迎えられた。

 国王陛下はそれに応えるように片手を挙げ、ゆったりとした足取りで玉座へと向かう。王妃様も後に続き、背高椅子の前でお二人は並んで参列者の方に向き直った。

 もう一度、大きな喝采がホールを包む。

 拍手が鳴り止んだ頃、陛下が口を開いた。おそらくは集まった人々への謝辞を述べられているに違いない。ただ如何いかんせん、会場が広すぎるせいでお声がここまで届かないのだ。

 まあ、それらしい顔をして聞いているふりをすれば問題はないはず。そう判断して、穏やかな笑みを浮かべたまま陛下に視線を向けた。

(相変わらず優しいお顔立ちだわ)

 ご容姿に言及するなんて不敬とは知りつつ、心の中でそんなことを思う。

 国王陛下は、お人柄の良さが全面ににじみ出たような風貌をなさっているのよね。お若い頃の肖像画ではもう少しほっそりとされていたようだけど、今は年を重ねてやや体格がよくなり、それがなおのこと陛下の優しげな雰囲気を形作っている。

 隣に立つ王妃様は、陛下とは対照的に非常に細身の方だ。白髪の混じり始めた黒髪はきっちりと結い上げられている。頭に掲げられたティアラは一切傾くことがなく真っ直ぐ上を向いていて、それが彼女の姿勢の良さを表していた。引き締められた唇は、やや神経質そうな印象を受ける。

 まるで正反対なお二人だけどそのバランスは絶妙で、だからこそ現国王の治世は安泰だと言われているのだから、夫婦とは不思議なものだわ。お二人が普段どのような会話をなさるのか、まったくもって想像ができないもの。

 そんなことをぼんやりと考えていると、三度みたび会場に拍手が響き渡った。どうやら陛下の挨拶が終わったみたい。

 お二人が席に着くと、すぐに宮廷の楽団による演奏が始まった。これからしばらくはダンスと歓談の時間だ。その間に、高位な方々から順に両陛下への挨拶を行うのだ。

 すでに玉座の前には、この国の重鎮や他国の王族の列が出来上がっていた。

 この様子だと、私達の番が回ってくるのはまだだいぶ先だろう。視線をホールへ戻すと、クラークが私の腕を解き、代わりに右手を差し出した。

「待っている間に、一曲どう?」
「……ええ、喜んで」

 その手を取り、導かれるままにホールへと足を踏み出す。

 ゆったりとしたワルツの流れに乗って手を組むと、クラークが私を見下ろして微かに笑った。

「アメリアと踊るのは初めてだね」
「そうですわね」

 というか、そもそも若い男性と踊ったこと自体がないわ。いつもお父様、もしくはお父様と同じようなお年の方としか踊らないから。

 そんな経験の浅い私でもわかる。クラークはこの年にして、相当リードが上手いわ。ひとつひとつのターンが軽いし、他の人にぶつかりそうになるのをさり気なく避けている。

「お上手ですね」
「そうかな、ありがとう」

 本当に何をやらせてもそつがない。一つくらい苦手なことはないのかしら。

 頭ひとつ分高い顔を見上げまじまじと見つめると、彼は困ったように眉尻を下げて苦笑した。

「そんなに見ないでくれないかな。穴が開きそうだ」

 要求を無視してなおもその瞳を直視する。するとクラークはつと私から視線を外した。

 今なら、聞けるかもしれない。彼から目を逸らさないように話を続ける。

「私の侍女に、アンナという者がおりますの。ご存じかしら?」
「……」

 返事はない。

 さえぎられないということは続けていいのだと理解して、さらに言葉を重ねる。

「とても気の利く女性で、いつも私の部屋を綺麗に飾ってくれるのです」

「でもたまに、どうやって手に入れたのかわからないようなめずらしいお花を持ってくることがあって、ずっと不思議に思っていたんですよね」

「大抵、私が風邪を引いた時とか、学園で失敗してしまって落ち込んでいる時とかが多いんです。でも逆に嬉しいことがあった時にも素敵な花で私を喜ばせてくれるの」

 ここまで言っても、クラークはまだ沈黙を守っていた。微妙に私から視線をずらしたまま、巧みなリードで踊り続ける。

 ばくばくとなる心臓を押さえ込むように呼吸を一つして、問いかけた。

「……あの花は、あなたが贈ってくれていたのね?」

 緊張のせいで、思わず彼の手に添えた指に力が入る。すると、ずっと能面のようだったクラークの表情が微かに動いた。

 それを肯定と捉えて、ついに本題へと切り込んだ。

「間違っていたら、自意識過剰だと笑ってもらってかまわない。……あなたはひょっとして、私のこと」
「ねえアメリア、どうしてエリザベス様が君とレティシア様を毛嫌いするか……知ってる?」

 ようやく口を開いたと思ったらまるで別の話題を持ち出したクラークに、とっさに顔をしかめる。

「クラーク、話を逸らさないで」
「彼女はね、若い頃君の父上が好きだったんだよ」
「え?」
「叔母様は決して認めないけどね。あの年代の方達にとっては公然の秘密さ」

 初めて聞く話だった。お父様もお母様も、一度もそんなことを口にしたことはない。

「甘やかされてわがままに育って、欲しいものは何でも手に入れられると思っていたベッツィ様が、唯一手に入れられなかったもの。それがサリバン侯爵なんだ。たいそう傷ついただろうに、彼女は未だに君の父上には面と向かって文句が言えない。だから君たちに八つ当たりしてるんだよ」
「……今はそんな話をしているんじゃないわ」

 意外な話にうっかり聞き入ってしまったけれど、我に返って話を元に戻す。

 だけどクラークは頭を振ってさらに続けた。

「僕たちクラークは、いつの時代もサリバンに恋焦がれてる。でも、決して報われることはないんだ」

 そこでようやく彼は私の目を見た。緑青の瞳は、いまだかつて見たことがないほど焦燥に駆られた色をしている。

「クラ……」
「だからお願いだ。もう、これ以上僕たちの心をかき乱さないでくれ」

 絞り出すようにつぶやいた彼の声に、これ以上は何も言えなくなった。

 面と向かって好きだと言われたわけじゃない。ただ、彼の叔母の昔の恋の話を聞かされただけ。

 それなのに切なくてたまらなくなるのは、私に向けられた苦しげな瞳のせいなの?

 本当は、何が何でも彼からはっきりとした答えをもらうつもりだった。

 でもダメだわ。

 彼の気持ちを聞き出したところで、私はそれに応えることはできないんだから。

 耐えきれなくなってうつむくのと、曲が終わるのは同時だった。

 クラークは私の手を離し玉座を振り返った。

「さ、そろそろ僕らの番だよ。陛下にご挨拶に行こう」


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