悪役令嬢は等身大な恋がしたい

都築みつる

文字の大きさ
36 / 41
冬の婚約編

第十二話 祝賀会(4)

しおりを挟む
 エリザベス・バルドー公爵夫人。社交界のトップに君臨する、非常に影響力のある女性だ。正直、彼女に憧れたこともある。

 でも夫人は「大のサリバン嫌い」で、お母様がいればお母様を、そして私がいれば私を常に目の敵にしてくるので、いつのまにか気持ちは離れてしまった。

 ここ最近は視界にも入らないとばかりに無視されてきたけれど、あちらから話しかけてくるなんて今夜はどういう風の吹き回しかしら。

 改めてバルドー公爵夫人に向き直り、従順に見えるようほんのりと笑顔を浮かべる。

「お久しぶりです、バルドー夫人。今夜もとてもお美しいですわ」
「それはどうも」

 私の社交辞令など軽く流し、彼女は手元の扇で口元を隠す。しかし、目だけはギラギラとこちらに敵意を向けていた。

「今日のあなたは随分と可愛らしいのね。とてもよく似合っていてよ」

 周りのご婦人方が、それに呼応するようにくすくすと笑った。普段の装いが身の丈に合わないと、暗に揶揄しているのだ。

 確かにいつもはお父様の隣にいるために大人びたドレスを選んでいることは事実よ。でもそれが似合っていなかったなんて言わせない。お父様の美貌を受け継いだ私を面と向かって卑下することができないから、「年齢に合わない」としか言えないんでしょう?

 いつもならこんな皮肉はさらりとかわすのだけど、今夜は代わりにいいことを思いついた。

「今日は父ではなくクラーク様がご一緒なので、侍女たちが頑張ってくれたのです。でもまさか、公爵夫人に褒めていただけるだなんて……」

 瞳を潤ませ上目遣いに視線を返すと、ご婦人方からは笑いが消え、周りの男性からはほうっとため息が漏れた。

「確かに、今夜のサリバン嬢はとても麗しい」
「いつもは凛とした佇まいなのに、やはり年頃のご令嬢らしく可愛らしい一面もあるのだな」

 口々に私を褒め称える声に、バルドー夫人の眉間がぴくりと歪んだ。

 でも、表立って怒るわけにもいかないわよね。まだ成人前の、しかも自分に褒められて喜んでいる令嬢をこき下ろすなんて。そんな度量の小さいこと、社交の女王と言われる彼女にできるわけがないもの。

 ダメ押しでさらに熱のこもった瞳を向ければ、公爵夫人は悔し気な表情を隠すように両のまぶたを閉じた。しかしすぐに目を開け、今度はクラークに矛先を向ける。

「パートナーのためだなんて殊勝なことをおっしゃるのね。この可愛らしさを引き出したのが貴方だなんて、こんなに光栄なことはないわね、レオナルド?」
「僕は何もしていませんよ、公爵夫人。彼女はもともと愛らしい女性ひとですから」

 クラークの返事に、周りがどよめく。

「っ、クラーク様……!」

 ちょっと、それは言い過ぎよ。

 本当は彼を小突いて黙らせてやりたいところだったけど、自ら始めた「初々しい令嬢」の役を脱ぎ捨てるわけにもいかず、黙ったまま顔を伏せた。

 そんな私をどう思ったのか、周りの大人たちはいやに優し気な目線を送ってくる。

 ……まずいわ。公爵夫人にちょっとした意趣返しをするつもりだったのに、何だか私の方が追い込まれているような気がする。

 この場をどうするべきか悩んでいると、バルドー夫人が再び口を開いた。

「レオナルドの言うとおりね。サリバン嬢がこんなにも可愛らしい方だなんて知らなかったわ。髪に挿した蘭も、とても素敵」

 そう言いながらも、扇を握る手に力がこもっている。こちらを見つめる目は、言葉とは裏腹に鋭い。私がこの蘭を身に着けていることが不愉快で仕方のないことだけは十二分に伝わってきた。

「こんな素晴らしい花をどこで手に入れたのかしら?」
「我が家の温室で咲いていたものです。父にも許可を得ましたから、特に問題はありませんよ」
「まあ、そう。お兄様の許可を取ったというのね!」

 その言葉で、夫人が不機嫌な理由がわかった。

 彼女は花好きで有名だから、実家であるクラーク侯爵家の温室もよく訪れているんだろう。この花はきっと彼女のお気に入りだったんだわ。それを大嫌いなサリバンの娘が身に着けているだなんて、そりゃあ怒るわよね。

「私が文句を言う資格はないと言うわけね。あなたの言いたいことはよくわかったわ」

 公爵夫人は激しい剣幕でクラークを睨みつけると、踵を返してその場を立ち去った。

 遠巻きに私たちの様子をうかがっていた聴衆も、夫人が消えてしばらく経つとやがて自分たちの会話に戻っていく。

 まるで嵐が去った後のようで、私はそっと息をついた。それにしても、と隣で笑うクラークを横目で見る。

「いいのですか? バルドー公爵夫人のご機嫌を損ねてしまって。仮にもあなたの叔母様にあたる方でしょう?」
「構わないよ。むしろこれでもかと嫌われて、二度とうちに近寄らないようになればいいんだけど」

 そんなことをさらりと言う。その顔はいっそ清々しいほどで、本当に夫人を煙たがっているようだった。

 横顔を見上げながら、ひっそりと思う。

(あんなに気を付けていたはずなのに、また仮面がはがれてきてるわよクラーク)

 ひょっとしたら彼の本音が聞き出せるかもしれない。婚約についてどう思っているのか。そして、私のことをどう思っているのか。

 何故かこちらの方が緊張してきて、握った手に力が入る。

 国王王妃両陛下の訪れを告げるファンファーレが鳴り響いたのは、その時だった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

悪役令嬢のはずですが、年上王子が幼い頃から私を甘やかす気でいました

ria_alphapolis
恋愛
私は、悪役令嬢なのかもしれない。 王子の婚約者としては少し我儘で、周囲からは気が強いと思われている―― そんな自分に気づいた日から、私は“断罪される未来”を恐れるようになった。 婚約者である年上の王子は、今日も変わらず優しい。 けれどその優しさが、義務なのか、同情なのか、私にはわからない。 距離を取ろうとする私と、何も言わずに見守る王子。 両思いなのに、想いはすれ違っていく。 けれど彼は知っている。 五歳下の婚約者が「我儘だ」と言われていた幼い頃から、 そのすべてが可愛くて仕方なかったことを。 ――我儘でいい。 そう決めたのは、ずっと昔のことだった。 悪役令嬢だと勘違いしている少女と、 溺愛を隠し続ける年上王子の、すれ違い恋愛ファンタジー。 ※溺愛保証/王子視点あり/幼少期エピソードあり

これ、ゼミでやったやつだ

くびのほきょう
恋愛
これは、もしかしたら将来悪役令嬢になっていたかもしれない10歳の女の子のお話。

あなたの片想いを聞いてしまった夜

柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」 公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。 政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。 しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。 「好きな人がいる。……片想いなんだ」 名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

悪役令嬢は推しカプのために婚約破棄されたい 〜好感度モニターが壊れて全人類から溺愛されてます〜

りい
恋愛
悪役令嬢は推しカプのために婚約破棄されたい 〜好感度モニターが壊れて全人類から溺愛されてます〜 「もっとゲームがしたかった……!」 そんな切実な未練を残し、山積みの積ゲーと重量級の設定資料集に埋もれて物理的に「尊死」した限界オタクの私。 目が覚めると、そこは大好きな乙女ゲーム『幻想のルミナス』の世界。しかも、推しカプ(王子×聖女)を邪魔して最後には無残に断罪される悪役令嬢・リリアーナに転生していた! 普通なら破滅フラグ回避に走るところだけど、オタクの私は一味違う。 「断罪イベントを特等席(悪役席)で見られるなんて……これって最高のご褒美じゃない!?」 完璧な婚約破棄を勝ち取り、二人の愛の軌跡を「生」で拝むため、私は悪役として嫌われる努力を開始する。さらに、転生特典(?)で手に入れた**『好感度モニター』**を駆使して、二人の愛の数値をニヤニヤ見守るはずだった。 ――なのに、視界に映る現実はバグだらけ。 「嫌われようと冷たくしたのに、王子の好感度が**【100(カンスト)】を超えてエラーを吐き出してるんですけど!? というか、肝心のヒロインまで私を姉様と慕って【200(唯一無二)】**ってどういうこと!?」 推しカプの二人は私を見るばかりで、お互いへの好感度は一向に上がらない。 果たしてリリアーナは、重すぎる全方位からの溺愛をはねのけ、理想の「婚約破棄」に辿り着けるのか? 勘違いとバグが加速する、異色の溺愛(?)ファンタジー開幕!

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

悪役令嬢としての役割、立派に努めて見せましょう〜目指すは断罪からの亡命の新しいルート開発です〜

水月華
恋愛
レティシア・ド・リュシリューは婚約者と言い争いをしている時に、前世の記憶を思い出す。 そして自分のいる世界が、大好きだった乙女ゲームの“イーリスの祝福”の悪役令嬢役であると気がつく。 母親は早くに亡くし、父親には母親が亡くなったのはレティシアのせいだと恨まれ、兄には自分より優秀である為に嫉妬され憎まれている。 家族から冷遇されているため、ほとんどの使用人からも冷遇されている。 そんな境遇だからこそ、愛情を渇望していた。 淑女教育にマナーに、必死で努力したことで第一王子の婚約者に選ばれるが、お互いに中々歩み寄れずにすれ違ってしまう。 そんな不遇な少女に転生した。 レティシアは、悪役令嬢である自分もヒロインも大好きだ。だからこそ、ヒロインが本当に好きな人と結ばれる様に、悪役令嬢として立ち回ることを決意する。 目指すは断罪後に亡命し、新たな人生をスタートさせること。 前世の記憶が戻った事で、家族のクズっぷりを再認識する。ならば一緒に破滅させて復讐しようとレティシアには2つの目標が出来る。 上手く計画に沿って悪役令嬢を演じているはずが、本人が気が付かないところで計画がバレ、逆にヒロインと婚約者を含めた攻略対象者達に外堀を埋められる⁉︎ 更に家族が改心して、望んでいない和解もさせられそうになるレティシアだが、果たして彼女は幸せになれるのか⁉︎

処理中です...