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冬の婚約編

第十一話 祝賀会(3)

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「すごい……」

 目の前の光景に、思わず感嘆の声が口をついて出た。

 王宮一広いと言われるこのダンスホールに足を踏み入れたのは、今回が初めてだった。

 高い天井から吊られたシャンデリアはきらきらと光を細かく反射し、部屋を幻想的に照らしている。

 部屋の装飾や流れる音楽はもちろん、使用人の服装一つとってもとにかく素晴らしくて、そのセンスの良さに惚れ惚れとする。おそらくは、王妃様が指揮を取られたに違いない。

 王妃様は私の大叔母に当たる、いかにもサリバンらしい、とても厳格な性格の方だ。顔を合わせればいつもお小言を言われるので、私は昔から王妃様が苦手だった。

 とはいえ、とても洗練された方であることは間違いない。彼女だからこそ、祝賀会をこれほどまでに完璧に采配できたんだろう。

 煌びやかなホールに圧倒されほうけていると、クラークが私の右手に自身の手を重ねた。

 視線を向ければ、彼は「行こうか」と静かにほほ笑む。その言葉に素直にうなずき、ホールの奥へと歩を進めた。

 室内は多くの人で賑わっていた。まだ国王夫妻がいらっしゃっていないからか、それぞれが思い思いに話をしている。

 ソニアの言葉じゃないけれど、人に酔いそうってこのことを言うんだわ。一歩進むごとに誰かにぶつかってしまいそうで、いつも以上に気を遣いながらクラークの半歩後ろを歩く。

 ホールの中央まで進んだ時、群衆がおおよそ二つのグループに分かれていることに気がついた。

 夜会ではよくあることだけれど、社交に慣れきったベテランと、そこに加われない若者が、それぞれ二分して固まってしまうのだ。それは祝賀会といえども同様で、王座に向かって右側に大人たちが、左側には学園の生徒を含む若人たちが集まっていた。

 さらに今夜はその間を縫うように、国外からのお客様が点在している。

(私たちはどこにいるべきなのかしら)

 クラークの左腕に手を添えたまま思案する。

 いつもならお父様に帯同して、当然のように年長者の輪に加わっているところだ。一方のクラークはと言えば、大抵は友人と談笑しながら多くの学生たちに取り囲まれている。つまり、普段の私たちならお互い別々の場所にいるはずなのだ。

 ちらりと横を見上げると、こちらを見る緑青の瞳と目が合う。

「どうする?」

 喧騒の中で、クラークの唇がそう動いたのが見えた。

(できるなら、学園の生徒たちが多いところは避けたいわね)

 先ほどから、左手がざわめきを増している。私たち二人の姿を見つけた生徒たちが騒ぎ始めているのだ。あの中に飛び込むのはいくらなんでも無謀だわ。

 かと言って、私たち二人が揃って大人の集まりに加わるのは違和感があり過ぎる。

 答えに迷って視線を泳がすと、若者たちの集団の端にソニアがいるのが目に入った。隣には柔和な顔つきのシェルト様が寄り添っている。

 耐えきれずに二人から目を逸らす。

 だってソニアったら、あまりにもあからさまに頬を紅潮させて瞳をきらきらさせながらこちらを見ているんだもの。恥ずかしいったらないわ。

 目ざといクラークは、そんな私を見逃さなかった。

「アメリア、あそこにソニアがいるよ。手を振ってあげたら?」
「結構です」
「無視するのかい? まるで主人を見つけた仔犬みたいに活き活きしてるのに」

 ……その言い方はどうかとも思うけど、あながち否定はできない。私も初対面の時からソニアを小動物のように感じていたんだから。

「ほら見て、嬉しそうに振る尻尾が見える気がしない?」
「ふっ」

 うっかり吹き出しそうになり、誘惑に耐えきれずもう一度ソニアに目線を向ける。

 今度は、ばっちりと目が合った。

 ソニアは嬉しそうにこちらに笑いかけ、うずうずとした様子でシェルト様の袖をひっぱっている。その姿があまりにも愛らしくて、知らず知らずのうちに笑みがこぼれた。

 その瞬間、辺りがざわりとどよめいた。急に色めきだった群衆にびっくりして、思わず後ずさる。

「な、なんですの?」
「さあね」

 クラークは私の疑問をさらりと流し、足を右側の大人たちのグループへと向けた。引っ張られるように私も同じ方向へと歩き出す。

「そちらに行くんですか?」
「うん。それとも君は学友たちの輪に加わりたいの?」
「いえ、そうではありませんけど……」

(なんか、怒ってる?)

 先ほどまでは楽しそうにしていたはずの彼が何故か少し不機嫌そうで、それ以上は何も言うことができず、腕を引かれるままに大人たちへの集団に参加した。

「おお、レオナルド君、久しいね」
「それにサリバン嬢も。今日はまた一段と美しい」

 サリバンとクラークの次期当主を邪険にするわけにもいかないと判断したのだろう。年配の参加者たちは少し驚いた様子を見せたものの、若輩の私たちをすんなりと会話に迎え入れた。

 こういった手合いの相手をするのには慣れているから、返って気が楽だわ。横に並んだクラークも心得たように笑顔で対応している。

 社交に慣れた人間は、疑問があっても決して真正面から質問したりしない。そう、例えば何故クラークが私をエスコートしているのか、知りたくて仕方なかったとしても回りくどく尋ねてくるのだ。それならこちらも回りくどく質問をかわせばいいだけのこと。

 そうして時間が過ぎれば、国王陛下がいらっしゃる。ご挨拶をして、クラークとの婚約を辞退して帰ればいい。

(早く時間が過ぎればいいのに)

 そう願うと厄介事が舞い込む、そんなのは物語の中だけにしてほしいのに。

「あら、サリバン嬢じゃありませんの」

 後ろから聞こえてきた高圧的な声に、心の中で嘆息する。

 ゆっくりと振り返ると、そこには大きな扇を手にこちらを睨みつけるエリザベス・バルドー公爵夫人がいた。








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