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一章 俊樹×篤志
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この世界では、アルファとオメガが魔力を保持している。それは、一般的に知られていることだ。
アルファオメガの発現は、早くて十歳、遅くても十四歳までには現れる。
アルファは、普通の家庭には生まれず、王族を始めとした貴族の血筋にしか生まれない特別な人種であった。
だが、オメガはベータの一般家庭にも生まれる、突然変異と言える。
魔力の無いベータは、自らの子がオメガだと知ると、その魔力や発情期などから子供を手放す選択をする親が多い。
そのため、国ではオメガ保護法というものがあり、親元で育てられなくなったオメガが一箇所に集められて生活しているところがある。
それが、オメガ保護施設。通称、オメガ街。
オメガの数が圧倒的に少ないとはいえ、国の総人口の約〇・五パーセント。番に選ばれ、この施設にいない人や、元から富裕層の生まれで施設にいない血筋の人もいるが、やはりそれなりに多い人数が暮らしている。
オメガ同士仲がいいかと問われれば、そんなことはない、と誰しもが応えるだろう。
何せ、育った環境も何もかも違う者たちが集まっているのだから。
ベータにとって、オメガというのは自分の内から現れる異物に等しく、排除の対象になるのが一般的だが、アルファにとっては、自分の子供を、血を繋げてくれる大事な存在だ。その認識の違いが、この巨大施設を作らせたと言っても良い。
ベータは、オメガを下に見て傷つけるから。
そんな保護施設のオメガは、基本的には守られ、働かずとも生きていける。番が見つからず、誰にも娶られず、ここで余生を送るオメガのお局もいるように、必ずしもアルファと番になれるわけではない。が、それでも世の中に放り出されたりもしない。
そんなオメガ保護施設に住む人たちにも、役割というものがある。
それは、アルファとの面会だ。
アルファ側が希望すれば、基本的には断ることなど不可能に近い。何も、発情期を一緒に過ごせ、などとは言われないが、見合いみたいなものだ。
貴族のオメガたちの中に、自分の番がいなかった場合、ここを訪れるのが一般的だ。
必ずしも魂の番が一発で見つかったりするわけでは無いので、何度も足を運ぶアルファが多い。魂の番が見つからなくても、何度も足を運び、自分と相性のいいオメガを見つける場合もある。そういう場合、アルファの気に入った人を次も呼ぶというシステムになっているから、人気のないオメガは一度限りで呼ばれなくなる。
今日も、初見アルファの呼び出しがある。
気が重い彼は、はぁ、とため息を吐いてベッドを抜け出した。
バシャッ、と彼には少し低めの洗面台で顔を洗う。目の前に見えるのは、黒髪でスッキリとした顔立ちの平凡な男性。
オメガ街に住んでいるということは、彼もまたそうと見えなくても、オメガである。
一般的なオメガが大体百五十センチ代の身長であるのに対し、彼は百七十センチもあり、両手足はすらりと長い。
綺麗といえば綺麗だが、アルファに人気があるかといえば、そうではなく、寧ろすごく可哀想なものを見る目で見られるのが常である。
彼の名前は、篤志。二十三歳。苗字は、このオメガ街に入る時に剥奪されている。だから、ただの篤志。
オメガ街に入るオメガの苗字は必要のないものとして、国から奪われてしまう。誰しもが、ここにいるオメガは全員同じ。
着替えて部屋を出ると、面会のための講堂へと向かう。
アルファを待たせてはいけない、とオメガ街の職員は言う。
この日集まれるオメガが全員揃ったところで、今日来る人のステータスを聞かされる。
その人が何の仕事をしている人か、とかではない。その人の性格や、好み、そして、どこの家の生まれなのか、ということ。
この国の貴族は、六つの公爵家が軸となっているため、侯爵以下、全て公爵家の寄子としてどこかの公爵家に所属している形となる。
それか、物珍しいのは王族。彼らは、特別な血と力を持つアルファで、この国のベータはもちろん、アルファ全てからも敬われている。
「真木家の御子息だ。六家の直系だから、気に入られれば一生遊んで暮らせるかもな」
やる気のない職員が告げたセリフに、講堂に集まったオメガたちは浮き足立つ。まぁ、それはいつもの事だが、人気のない家柄というのは少なからず存在するので、仕方がないことだとも言える。
六家に近ければ近いほど、オメガの人気が高くなるのは必然とも言える。
「良い加減、参加しなくてもよくなれば良いのにね」
隣で、哀れなものを見る目で篤志を見るのは、同じ歳の綺麗なオメガで、篤志の友達である勉(つとむ)。
毎回、篤志の状況を知っているため、そういうのだろう。酷い時には、アルファにお前みたいなオメガに番など見つかるものかと笑われたりもした。まぁ、別に番など望んでいないのだから、どうだって良かったのだけれど。
「あぁ、そうだな……これがここのルールだし、従うしかないよ」
篤志が諦めたように笑えば、勉も仕方がないか、と笑った。
しばらく雑談をしていると、半円状になっている講堂の扉から人が数人入ってくる。SPだろう黒服の人たちの中心に、その人はいた。
さすがアルファだと言わんばかりの、綺麗な顔立ち。優しげな相貌、柔らかそうな茶色の髪。時が経つのも忘れて見入ってしまう。それは、篤志に限られたものでもなく、この講堂にいる全てのオメガが彼を呆然と見惚れてしまっていた。
「えぇー、真木様、どうですか?」
「えっと……」
基本的に、オメガに選択権なんてない。
アルファに選ばれるか、選ばれないか、の運命。ただ、この講堂にいる誰もが彼のアルファに選ばれたいと思っている。
「どうしてアルファって、毎回ああやって輝いて見えるのかな」
真木に限ったことではない。アルファが来るたびに思う。アルファは、整った顔立ちが多いから。
「オメガじゃなくたって、ベータが傅いてるぐらいだもん、そりゃ輝いて見えるんじゃないの?」
そういうもの、だろうか?と首を傾げる。
ん? と、気がつけば、きゃあきゃあと言う声が近づいて居ると、二人で前を見る。
すると、真木が近くまで来ていた。びっくりして、一瞬息が止まる。が、咄嗟に俯いて息を整える。
最後列に座っているため、ここまでは来ないし、来たとしても、勉に声をかけるだけで、篤志には見向きもされない。それが、いつもだと心を落ち着ける。
篤志が再び顔を上げると、自分を覗き込んでいる碧眼とぱっちり目があった。驚いて思わず椅子から転げるように立ち上がると、目の前の彼は、少し驚いたような顔をして、それからにっこりと笑った。
「うん、彼にします」
「え、篤志ですか?しかし……」
言い淀む職員だが、まぁ、それも当然と言えよう。篤志は何せ、一般的なオメガとは言い難い。それゆえに、誰も選ぶことはなかったオメガ。
「何か問題でもあるのですか? この場所にいるということは、彼には何の問題もないということですよね?」
「しかし、ですな……隣にいる勉などはいかがでしょう? 庇護欲を唆られる容姿でしょう?」
真木はにっこりと笑ったまま、その職員を見た。そして、次の瞬間、パッとその笑顔が消え、真顔になる。
「私が、彼を望んでいるのですが、この施設の規約上、何か問題でもありますか?」
その迫力に、い、いえ、とたじたじになった職員は、チラリと篤志を見て、本当に篤志でよろしいので? と最後に、諦め悪く聞くが、真木は真顔のままその職員を見つめるだけで、何も言わない。
だからこそ、職員は諦めたように、手続きを進めますと言った。
篤志を向き、一緒に来て、と真木が手を差し出す。
「えっと……? 俺で良いんですか?」
「君だろうと言う直感が、私にはあるんだ」
だから、と言われてしまえば、断る術など篤志は持ち合わせていない。
差し出されたその手を、握ってしまう。
よかったね、と勉が隣で言うが、その顔がどこか哀しげに見えた。保護施設を出たオメガは、運が良くなければ施設での知り合いに再び会うことは叶わない。どれだけ仲が良かったとしても、だ。
「さよなら、勉」
うん、と頷く勉。他のオメガたちから羨望と妬みの目。それを一心に受けながら、SPに囲まれ、真木に手を引かれながら講堂を出た。
部屋の荷物などは、改めて真木の家に送られるらしく、今は手ぶらで良いとのこと。
高級そうな車に乗り、ドキドキしっぱなしの篤志の隣で、真木ははぁ、と息を吐いた。
「あー、大変だった」
先程の優しげでありながら、威圧的なそれとはまるっきり違う、大雑把な声。同じ人間から出た声か? と篤志は驚いて隣を見る。
容姿は変わっていないが、ガリガリと頭をかいて、面倒くさそうにため息を吐いている姿は、先程のアルファ然としていた格好からは想像できない。
「え……」
「ん~? あぁ、これが俺の素なんだぁ。びっくりした?」
少し間延びした話し方は、先程とは本当に同じ人物だとは思えなくて、唖然として見つめてしまう。そんな篤志をくすくすと真木がわらう。
「すっごい、素直な顔してるね。君を選んで良かった~」
真木が本心で言っているのか、まだ篤志には分からなくて、とりあえず出てきた言葉は謝罪だった。
「あ、えっと、ごめん、なさい?」
「なんで謝るの? 悪いことなんて、何もしてないでしょ?」
それに、と真木は言う。そっと、篤志の手を持ち上げて。
「これから、番になって夫婦になるんだよ? 敬語じゃなくたって良いんだよ」
楽しそうに真木はニコニコとしているが、篤志にとってはそれどころではない。
この短時間に色々なことがありすぎて、頭の中がぐるぐるし出した。
「え、えっと……その……」
「わかりやすく混乱してる。面白い! やっぱり、人間素直なのが一番だよねぇ~」
可愛いなぁ、と真木は言うが、篤志には届いていないようだった。しばらくそんな感じで、車の中で会話をし、とあるマンションの前に車が到着する。運転手に少し話をすると、真木が手を引いてマンションの中に篤志を連れて行く。
真木の本家筋だと言うから、豪邸にでも住んでいるのかと思えば、ただ広いぐらいで、一般的なマンションの部屋で安心する。
広い、とは言っても旧家並の広さではないのだろう。案内された自室だと言う部屋も、一般的な広さで安心する。
「真木、さんは」
「真木? 篤志も真木になるんだから、名前で呼んでいいよ?」
「名前? 俺、知らない、けど……」
困ったようにおずおずと真木を見れば、真木は目をまたたかせ、あぁ、なるほど、と手を打った。
「そっか、自己紹介がまだだったね。俺はある程度、資料を読んでるから篤志のことも知ってるけど」
真木は、あの講堂に本日集められたオメガの情報を全て把握していたという。それはそれですごい能力だとは思うのだが、普通でしょ? と何てことはないように真木は言った。
アルファとは能力が優れて居るとはいえ、ここまでとは思わなかった。あの講堂にいたオメガの数は半端じゃない。それだけのオメガの情報を覚えられる真木の頭脳はすごい。
「俺は、真木 俊樹(まき としき)、二十六歳、恋人はいないけど、今まで付き合った恋人は、まぁ、覚えてないかな? 六家のうち、地を司る一族の本家だけど、お気楽な次男坊だよ」
そこまで聞いて、あぁ、なるほどと篤志は納得する。だから、こんなマンションに住んでいるんだな、と思う。
本家本元の、跡取りだったら、と思ってドキドキしていたが、そうではなさそうなので、すごく安心した。
「まぁ、子供はたくさん作った方がなんか言われなくて楽なんだけどねぇ」
「なっ⁉︎」
わかりやすく、篤志の顔が真っ赤に染まる。そう言ったオメガの体の話も、子作りの話も、あの施設の教育として教わっている。が、篤志にとってそれは、他のオメガの話で、自分には関係のない話だと思っていたから、生々しく感じてしまう。それが、自分自身に差し迫ってきて居るようで。
「とりあえず、まずはここの生活に慣れることが大切かな?」
俊樹が何の仕事をして居るのかは知らないけれど、部屋の説明のうち、仕事部屋というものが存在していて、そこに俊樹がこもって居る時は、声をかけたりしないようにと言われた。
ハウスクリーニングとか頼めば来るけれど、基本的には篤志の自由にして良いとのこと。電話番号は、家電のすぐそばにあって、どこにかければ何をしてくれるかなど、一目瞭然となっていた。
食材の買い物だけは、週に一回、俊樹の頼んだ人が届けてくれるらしい。だから、その時に欲しい食材はお願いすると良いということを聞いた。
「外に、出たりはしないのか?」
「外に出るときは、俺と番になってからかなぁ?」
俊樹の暮らすこの街はアルファの人間が多く、番になっていないオメガが一人で街を彷徨くことは、あまりよろしくはない。
貴族のオメガたちみたいに守られて居るわけでもない篤志は、俊樹だけが保護施設を出てからの全て。
彼がいなければ、たちまちに捕まってしまうのだろう。最悪、意図しないアルファに番にさせられ、捨てられてしまうのかもしれない。それだけは、避けたいところ。だからこそ、篤志は俊樹の言葉にうなずく。
番になったとて、一人では外出させてもらえないことは明らかだが、俊樹とならば外出はできるとのこと。
自分の身を守るためには、必要なことだと、篤志はしっかりと心に刻む。
アルファオメガの発現は、早くて十歳、遅くても十四歳までには現れる。
アルファは、普通の家庭には生まれず、王族を始めとした貴族の血筋にしか生まれない特別な人種であった。
だが、オメガはベータの一般家庭にも生まれる、突然変異と言える。
魔力の無いベータは、自らの子がオメガだと知ると、その魔力や発情期などから子供を手放す選択をする親が多い。
そのため、国ではオメガ保護法というものがあり、親元で育てられなくなったオメガが一箇所に集められて生活しているところがある。
それが、オメガ保護施設。通称、オメガ街。
オメガの数が圧倒的に少ないとはいえ、国の総人口の約〇・五パーセント。番に選ばれ、この施設にいない人や、元から富裕層の生まれで施設にいない血筋の人もいるが、やはりそれなりに多い人数が暮らしている。
オメガ同士仲がいいかと問われれば、そんなことはない、と誰しもが応えるだろう。
何せ、育った環境も何もかも違う者たちが集まっているのだから。
ベータにとって、オメガというのは自分の内から現れる異物に等しく、排除の対象になるのが一般的だが、アルファにとっては、自分の子供を、血を繋げてくれる大事な存在だ。その認識の違いが、この巨大施設を作らせたと言っても良い。
ベータは、オメガを下に見て傷つけるから。
そんな保護施設のオメガは、基本的には守られ、働かずとも生きていける。番が見つからず、誰にも娶られず、ここで余生を送るオメガのお局もいるように、必ずしもアルファと番になれるわけではない。が、それでも世の中に放り出されたりもしない。
そんなオメガ保護施設に住む人たちにも、役割というものがある。
それは、アルファとの面会だ。
アルファ側が希望すれば、基本的には断ることなど不可能に近い。何も、発情期を一緒に過ごせ、などとは言われないが、見合いみたいなものだ。
貴族のオメガたちの中に、自分の番がいなかった場合、ここを訪れるのが一般的だ。
必ずしも魂の番が一発で見つかったりするわけでは無いので、何度も足を運ぶアルファが多い。魂の番が見つからなくても、何度も足を運び、自分と相性のいいオメガを見つける場合もある。そういう場合、アルファの気に入った人を次も呼ぶというシステムになっているから、人気のないオメガは一度限りで呼ばれなくなる。
今日も、初見アルファの呼び出しがある。
気が重い彼は、はぁ、とため息を吐いてベッドを抜け出した。
バシャッ、と彼には少し低めの洗面台で顔を洗う。目の前に見えるのは、黒髪でスッキリとした顔立ちの平凡な男性。
オメガ街に住んでいるということは、彼もまたそうと見えなくても、オメガである。
一般的なオメガが大体百五十センチ代の身長であるのに対し、彼は百七十センチもあり、両手足はすらりと長い。
綺麗といえば綺麗だが、アルファに人気があるかといえば、そうではなく、寧ろすごく可哀想なものを見る目で見られるのが常である。
彼の名前は、篤志。二十三歳。苗字は、このオメガ街に入る時に剥奪されている。だから、ただの篤志。
オメガ街に入るオメガの苗字は必要のないものとして、国から奪われてしまう。誰しもが、ここにいるオメガは全員同じ。
着替えて部屋を出ると、面会のための講堂へと向かう。
アルファを待たせてはいけない、とオメガ街の職員は言う。
この日集まれるオメガが全員揃ったところで、今日来る人のステータスを聞かされる。
その人が何の仕事をしている人か、とかではない。その人の性格や、好み、そして、どこの家の生まれなのか、ということ。
この国の貴族は、六つの公爵家が軸となっているため、侯爵以下、全て公爵家の寄子としてどこかの公爵家に所属している形となる。
それか、物珍しいのは王族。彼らは、特別な血と力を持つアルファで、この国のベータはもちろん、アルファ全てからも敬われている。
「真木家の御子息だ。六家の直系だから、気に入られれば一生遊んで暮らせるかもな」
やる気のない職員が告げたセリフに、講堂に集まったオメガたちは浮き足立つ。まぁ、それはいつもの事だが、人気のない家柄というのは少なからず存在するので、仕方がないことだとも言える。
六家に近ければ近いほど、オメガの人気が高くなるのは必然とも言える。
「良い加減、参加しなくてもよくなれば良いのにね」
隣で、哀れなものを見る目で篤志を見るのは、同じ歳の綺麗なオメガで、篤志の友達である勉(つとむ)。
毎回、篤志の状況を知っているため、そういうのだろう。酷い時には、アルファにお前みたいなオメガに番など見つかるものかと笑われたりもした。まぁ、別に番など望んでいないのだから、どうだって良かったのだけれど。
「あぁ、そうだな……これがここのルールだし、従うしかないよ」
篤志が諦めたように笑えば、勉も仕方がないか、と笑った。
しばらく雑談をしていると、半円状になっている講堂の扉から人が数人入ってくる。SPだろう黒服の人たちの中心に、その人はいた。
さすがアルファだと言わんばかりの、綺麗な顔立ち。優しげな相貌、柔らかそうな茶色の髪。時が経つのも忘れて見入ってしまう。それは、篤志に限られたものでもなく、この講堂にいる全てのオメガが彼を呆然と見惚れてしまっていた。
「えぇー、真木様、どうですか?」
「えっと……」
基本的に、オメガに選択権なんてない。
アルファに選ばれるか、選ばれないか、の運命。ただ、この講堂にいる誰もが彼のアルファに選ばれたいと思っている。
「どうしてアルファって、毎回ああやって輝いて見えるのかな」
真木に限ったことではない。アルファが来るたびに思う。アルファは、整った顔立ちが多いから。
「オメガじゃなくたって、ベータが傅いてるぐらいだもん、そりゃ輝いて見えるんじゃないの?」
そういうもの、だろうか?と首を傾げる。
ん? と、気がつけば、きゃあきゃあと言う声が近づいて居ると、二人で前を見る。
すると、真木が近くまで来ていた。びっくりして、一瞬息が止まる。が、咄嗟に俯いて息を整える。
最後列に座っているため、ここまでは来ないし、来たとしても、勉に声をかけるだけで、篤志には見向きもされない。それが、いつもだと心を落ち着ける。
篤志が再び顔を上げると、自分を覗き込んでいる碧眼とぱっちり目があった。驚いて思わず椅子から転げるように立ち上がると、目の前の彼は、少し驚いたような顔をして、それからにっこりと笑った。
「うん、彼にします」
「え、篤志ですか?しかし……」
言い淀む職員だが、まぁ、それも当然と言えよう。篤志は何せ、一般的なオメガとは言い難い。それゆえに、誰も選ぶことはなかったオメガ。
「何か問題でもあるのですか? この場所にいるということは、彼には何の問題もないということですよね?」
「しかし、ですな……隣にいる勉などはいかがでしょう? 庇護欲を唆られる容姿でしょう?」
真木はにっこりと笑ったまま、その職員を見た。そして、次の瞬間、パッとその笑顔が消え、真顔になる。
「私が、彼を望んでいるのですが、この施設の規約上、何か問題でもありますか?」
その迫力に、い、いえ、とたじたじになった職員は、チラリと篤志を見て、本当に篤志でよろしいので? と最後に、諦め悪く聞くが、真木は真顔のままその職員を見つめるだけで、何も言わない。
だからこそ、職員は諦めたように、手続きを進めますと言った。
篤志を向き、一緒に来て、と真木が手を差し出す。
「えっと……? 俺で良いんですか?」
「君だろうと言う直感が、私にはあるんだ」
だから、と言われてしまえば、断る術など篤志は持ち合わせていない。
差し出されたその手を、握ってしまう。
よかったね、と勉が隣で言うが、その顔がどこか哀しげに見えた。保護施設を出たオメガは、運が良くなければ施設での知り合いに再び会うことは叶わない。どれだけ仲が良かったとしても、だ。
「さよなら、勉」
うん、と頷く勉。他のオメガたちから羨望と妬みの目。それを一心に受けながら、SPに囲まれ、真木に手を引かれながら講堂を出た。
部屋の荷物などは、改めて真木の家に送られるらしく、今は手ぶらで良いとのこと。
高級そうな車に乗り、ドキドキしっぱなしの篤志の隣で、真木ははぁ、と息を吐いた。
「あー、大変だった」
先程の優しげでありながら、威圧的なそれとはまるっきり違う、大雑把な声。同じ人間から出た声か? と篤志は驚いて隣を見る。
容姿は変わっていないが、ガリガリと頭をかいて、面倒くさそうにため息を吐いている姿は、先程のアルファ然としていた格好からは想像できない。
「え……」
「ん~? あぁ、これが俺の素なんだぁ。びっくりした?」
少し間延びした話し方は、先程とは本当に同じ人物だとは思えなくて、唖然として見つめてしまう。そんな篤志をくすくすと真木がわらう。
「すっごい、素直な顔してるね。君を選んで良かった~」
真木が本心で言っているのか、まだ篤志には分からなくて、とりあえず出てきた言葉は謝罪だった。
「あ、えっと、ごめん、なさい?」
「なんで謝るの? 悪いことなんて、何もしてないでしょ?」
それに、と真木は言う。そっと、篤志の手を持ち上げて。
「これから、番になって夫婦になるんだよ? 敬語じゃなくたって良いんだよ」
楽しそうに真木はニコニコとしているが、篤志にとってはそれどころではない。
この短時間に色々なことがありすぎて、頭の中がぐるぐるし出した。
「え、えっと……その……」
「わかりやすく混乱してる。面白い! やっぱり、人間素直なのが一番だよねぇ~」
可愛いなぁ、と真木は言うが、篤志には届いていないようだった。しばらくそんな感じで、車の中で会話をし、とあるマンションの前に車が到着する。運転手に少し話をすると、真木が手を引いてマンションの中に篤志を連れて行く。
真木の本家筋だと言うから、豪邸にでも住んでいるのかと思えば、ただ広いぐらいで、一般的なマンションの部屋で安心する。
広い、とは言っても旧家並の広さではないのだろう。案内された自室だと言う部屋も、一般的な広さで安心する。
「真木、さんは」
「真木? 篤志も真木になるんだから、名前で呼んでいいよ?」
「名前? 俺、知らない、けど……」
困ったようにおずおずと真木を見れば、真木は目をまたたかせ、あぁ、なるほど、と手を打った。
「そっか、自己紹介がまだだったね。俺はある程度、資料を読んでるから篤志のことも知ってるけど」
真木は、あの講堂に本日集められたオメガの情報を全て把握していたという。それはそれですごい能力だとは思うのだが、普通でしょ? と何てことはないように真木は言った。
アルファとは能力が優れて居るとはいえ、ここまでとは思わなかった。あの講堂にいたオメガの数は半端じゃない。それだけのオメガの情報を覚えられる真木の頭脳はすごい。
「俺は、真木 俊樹(まき としき)、二十六歳、恋人はいないけど、今まで付き合った恋人は、まぁ、覚えてないかな? 六家のうち、地を司る一族の本家だけど、お気楽な次男坊だよ」
そこまで聞いて、あぁ、なるほどと篤志は納得する。だから、こんなマンションに住んでいるんだな、と思う。
本家本元の、跡取りだったら、と思ってドキドキしていたが、そうではなさそうなので、すごく安心した。
「まぁ、子供はたくさん作った方がなんか言われなくて楽なんだけどねぇ」
「なっ⁉︎」
わかりやすく、篤志の顔が真っ赤に染まる。そう言ったオメガの体の話も、子作りの話も、あの施設の教育として教わっている。が、篤志にとってそれは、他のオメガの話で、自分には関係のない話だと思っていたから、生々しく感じてしまう。それが、自分自身に差し迫ってきて居るようで。
「とりあえず、まずはここの生活に慣れることが大切かな?」
俊樹が何の仕事をして居るのかは知らないけれど、部屋の説明のうち、仕事部屋というものが存在していて、そこに俊樹がこもって居る時は、声をかけたりしないようにと言われた。
ハウスクリーニングとか頼めば来るけれど、基本的には篤志の自由にして良いとのこと。電話番号は、家電のすぐそばにあって、どこにかければ何をしてくれるかなど、一目瞭然となっていた。
食材の買い物だけは、週に一回、俊樹の頼んだ人が届けてくれるらしい。だから、その時に欲しい食材はお願いすると良いということを聞いた。
「外に、出たりはしないのか?」
「外に出るときは、俺と番になってからかなぁ?」
俊樹の暮らすこの街はアルファの人間が多く、番になっていないオメガが一人で街を彷徨くことは、あまりよろしくはない。
貴族のオメガたちみたいに守られて居るわけでもない篤志は、俊樹だけが保護施設を出てからの全て。
彼がいなければ、たちまちに捕まってしまうのだろう。最悪、意図しないアルファに番にさせられ、捨てられてしまうのかもしれない。それだけは、避けたいところ。だからこそ、篤志は俊樹の言葉にうなずく。
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めがねあざらし
BL
婚約者に見向きもされないまま誘拐され、殺されたΩ・イライアス。
目覚めた彼は、侯爵家と婚約する“あの”直前に戻っていた。
二度と同じ運命はたどりたくない。
家族のために婚約は受け入れるが、なんとか相手に嫌われて破談を狙うことに決める。
だが目の前に現れた侯爵・アルバートは、前世とはまるで別人のように優しく、異様に距離が近くて――。
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