いつかの絶望と

屑籠

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 切なくて、泣きたくなるような曲。
 そんな曲ばかり歌って、ネット上にアップしている無名の歌手が居る。
 顔も、名前も分からない。
 歌詞から引きこもりであること、切ない恋をしていたこと、ぐらいしか読み取れない。
 彼のプロフィールを見ると、ベータの男性であることぐらいしか分からない。
 どこか耳に残るメロディーに乗せられた切なさ。
 ネットの記事にも話題に上った。

「そんな曲を書いてるのが、平凡な俺なんて思わないだろうな」

 書いてある記事を読んで、はは、と空笑いが漏れる。
 毛布を頭から被り、部屋の中で一人パソコンに向かっている根暗な自分が、誰も姿かたちも知らないから。
 アルファの男で、幼馴染に恋をした滑稽な自分が、曲たちには込められている。
 馬鹿みたいにただただ惹かれて、そして、恋に破れて、友達だと思っていた人には裏切られた。
 そこから引きこもりになったけど、そこからネットの動画でたくさん音楽を聴いて自分も作りたいと思って勉強を始めた。
 もちろん、明確な先生が居るわけじゃないけれど、作曲や作詞、編曲に携わっている間はすごく楽しかった。
 ただ、自分の気持ちを吐き出す場所が欲しかっただけなのに。
 両親には心配かけたけど、収入があって、自分一人で大丈夫だと言うところを見せれば安心してくれる。
 ただ、月に一度顔を見に来るのは、飯も食わずに倒れた過去があるからだ。
 食わずに、ではなくて食べられなくなって、だけれど。
 今も、あまり食べたいとは思わない。けど、心配をかけるからネットで注文したゼリータイプの栄養補助食品を食べるようにしている。
 冷蔵庫の中には、水かそのゼリーぐらいしか入っていない。
 人と極端に会わないという生活は、とても楽で。
 ずっと一人で居ようと思うぐらいには、すごく楽。
 人間は、裏切るから。
 会いたくない。

「……嘘」

 ブログを書いたりするだけで顔見せもない仕事をしていたのに、企業案件と言うものが来た。
 直接伝えたい資料などがあるので、会って話がしたい、と。
 オンラインの通話でも構わない、と相手方は言うが、引きこもってから誰とも話していない状況で誰かと話ができるとは思わない。
 メールで断りを入れるも、引き下がられてしまった。
 何故、そんなにも会うことに固執するのか分からない。話をするのであれば、その分資料を追加してくれればいい。
 アニメであれば、自分で漫画を読む。
 なのに、どうして?とひどく怖くなった。
 いやです、とメールに書いて、パソコンから目を背けてしまう。
 はぁ、と溜息を吐いてスマートフォンの電源を入れた。
 パソコンのメールは、アドレスが違うのでスマートフォンでは見られない。ネットサーフィンをして、時間を使う。
 かっこいいな、と思う服だったり、カバンだったり、財布だったり。
 買ったところで使いどころなんて無いので、眺めるだけで終わるのだが。
 あとは、今の稼ぎに必要な機材を見る。どれがいいのか、なんて写真だけじゃわからないし、知りたい情報が載っていない場合もある。
 どれだけ調べても、買ってから後悔するなんてことは当たり前にある。それでも、家電量販店に行こうなんて思えなくて。
 人と、関わらない人生なんて、絶対にありえないけれど、なるべく他人を排除した生活と言うのは当たり前に成り立っていくんだなって思って。
 あぁ、いつもの日々だと何も眠れないまま朝になって、メールの返信が来ていることに気が付いた。
 今回は諦めます、と言う返信でその分作って欲しい曲の資料が大量に送られてきていた。それに目を通すのは大変そうだ、と思いつつほっとしたのも真実で。

「……あれ、買おうかな」

 ホッとしたついでに、ずっと欲しかったアクセサリーに手を出してみることにした。
 今の自分には似合わない、ごつごつとしたデザインのロザリオが付いたカッコいいネックレス。
 万年不眠症で、寝不足で、体もガリガリな自分に似合うはずもないけれど。
 神様なんて信じてるわけじゃないけれど、何となく、救いになる気がした。
 それに、ネックレスは、今回曲の依頼をしてきた企業の物だ。想像力を膨らませるには十分だろう。
 悲しい曲しか書けないとしても。
 出かけるのは怖いから、ネット通販でしかないけれど。
 それから、曲作りに精を出し、何とか納期に間に合うことができた。
 ご褒美に、と思っていたアクセサリーを注文する。
 一週間前後で届くみたいで、心臓がどきどきした。
 それから、数日後、ピンポーンという音が鳴り、郵便が届いた。
 直接受け取らなければいけない封筒で、印鑑を持ちながら玄関まで向かう。
 人を前にすると、言葉が出なくなるから、ジェスチャーで伝えるしかないけれど、たいてい印鑑を渡してうなずけば理解してくれた。
 ありがとうございましたーっ、と配達員が去って、玄関が閉じられる瞬間、扉がまた開く。

「ずいぶん久しぶりだな、奨吾?」

 少し、年を取り精悍になった幼馴染の顔に、目を見開き、体が震え出す。
 あ、あ、と意味のない音が口から漏れて、幼馴染が一歩踏み出した瞬間、部屋の中だというのに走り出して部屋の奥へ奥へと向かっていく。
 幼馴染は、はぁ、と溜息を吐いてゆっくりと中を歩いてきている。
 どうしよう、どうしよう、と頭で考えていてもテンパってしまっていて、何も出てこない。
 ベッドの上で、布団を頭から被って、何も見ないようにして。

「奨吾?なぁ、顔を見せてはくれないのか?」

 ひゅっ、ひゅっ、と喉が詰まる。
 ベッドに幼馴染が腰を掛けたのだろう、ベッドが揺れた。
 布団のまま、抱き寄せられ、心臓がどきどきと変に脈打つ。
 
「しょーご?……まぁ、いいか」

 布団から出ないまま、よいしょ、と抱えられる。目の前は真っ暗で、何もわからない奨吾をそのままに、たくさんの気配がして体の震えが止まらない。布団がかぶせられたままだったのは逆に良かったのかもしれない。
 業者なのか、部下なのか、入ってきた人たちに指示を出し、幼馴染は歩き出す。
 送る、移動、など色々な言葉が聞こえてきたが、状況がいまいち理解できない。
 バンッ、と大きな音がして、出せ、という言葉の後に動き出す。車に乗せられたことはわかる。
 こんな、攫うようにされて、何処に連れていかれるのだろうか。

「あ、あん、庵司、ど、どこ、どこに、」
「無理してしゃべろうとするな、喉を傷める。場所は行けば分かるから、今は大人しくしてろ」

 引きつり、どもる声。
 体の震えが止まらない。
 無理をするな、と言われるが不安なのは仕方がないだろう。
 不安な感情と、静けさに、次第に奨吾は意識を失った。
 もともと、がりがりな体、体力もないとなれば気絶するのもうなずける。
 気が付けば、普通にベッドの上で眠っていた。
 だが、これは自分の布団ではないことは明らかで。服も、着古していた自分の服ではない。
 ここはどこだろうか、と辺りを見回すが分からない。こんな、豪華な部屋に来たことが無い。
 ベッドから抜け出し、ベッドルームを抜け出すと、見覚えのある物たちが出迎えてくれた。
 自分の今の仕事道具たち。代わり映えのないそれに、ほっと息を吐く。
 電源を押せば、起動し、中のデータなどがすべて無事なことに安堵する。

「起きたのか、奨吾」

 びくっ、と体が跳ねる。
 振り向けば、庵司がこちらを見つめていた。
 あ、あ、と声が漏れるが、言葉が出てこない。
 逃げようにも、どこに逃げればいいのか。
 手を伸ばされて、ぎゅっと目を瞑った。

「何もしないよ。それより、起きたなら飯にしよう」

 頭をぽんぽんと撫でられ、腕を取られた。
 家、というか部屋の作りは不思議で、続き部屋になっていた所から抜け出すと、廊下に出た。
 突き当りの部屋に行けば、リビングダイニングになっているようで、リビングより部屋側に風呂場とトイレがあった。
 ダイニングの椅子に座らされ、目の前には野菜をくたくたになるまで煮たようなスープ。
 スプーンを渡され、どうぞ、と目の前に座った庵司に言われた。
 お腹が空いたという感覚は無かったが、食べないという選択肢は許されそうになく、恐る恐るスープをすくう。

「ん……」

 久しぶりの優しい味だった。
 だが、ほぼほぼ食事という食事を忘れていた体は、一口食べただけでお腹いっぱいになってしまう。
 
「もう一口、行けるだろう?」
「……」

 ちらりと見ると庵司は笑っていて、それがひどく怖かった。
 手に持っていたスプーンに視線を落とし、スープを掬うと、少しずつまた啜る。
 うぷっ、とスプーンを置けば、御馳走様?とまるで幼子に聞くように言われた。
 返事もできず、頷けばそうか、と庵司は頷き、席を立つ。
 
「動ける?」

 今動けば、胃の中のものが逆流してきそうで、首を横に少し振った。
 ちょっと我慢しろと言い、庵司が奨吾を抱きかかえた。
 リビングのソファーに移動し、背を預ければ少し、楽になった気がする。

「で、これからの事について話そうか」

 これからのこと?と奨吾は怪訝そうな顔をしながら庵司を見た。

「ようやく、奨吾と二人で暮らすことが出来たんだ、ゆっくり話し合おうな?」
「……よう、やく?」

 奨吾自身は、庵司に会いたくもなかった。
 二人で、とはどういうことなのだろう?だって、庵司には運命の番が居たはずだ。
 ずっと、中学の頃から彼にべったりとくっついていた。だから、諦めたのに……。

「ようやく、だ。俺がどれだけこの時を望んでいたか……」
「うそ、だ……」
「嘘じゃない。今は信じられないかもしれないけど、いつかきっとわかる」

 そうして、また絶望に落とすつもりなのかもしれない。
 庵司の言葉を何一つ信用できない。
 裏切られるのは、もうごめんだ。人間なんて簡単に裏切る生き物なのだから。

「まあ、その話は今度でもいい。時間はまだまだいっぱいあるから。けど、奨吾の話は今じゃないとな」
「……俺?俺の、何?」
「健康について」
「俺、健康、だし」

 だって、生きてる。
 生きて、呼吸してここに居るんだから、自分は健康体だと奨吾は言う。

「嘘つき。こんな棒みたいな体になって、あんな小さなスープ皿に入ったスープすら全部食べ切れず、何が健康体なんだ」

 力を入れれば折れてしまいそうだ、と言わせるほど、骨と皮ぐらいしかない。
 ここに居る間はずっと、庵司が体調管理をするらしい。
 空調も効いているし、風邪ひくことはないだろうというけれど。

「まずは三食きちんと食べること。あと、ちゃんと寝る。隈がひどい」

 庵司が目の下の隈をこする。こすって消えるようなものではないけれど。
 痛がって首を振れば、手を放してくれる。

「眠れ、ない……」

 先ほどまで気絶するように眠っていたのが嘘のようだし。
 今までずっと、誰かに嘲笑われるような、そんな夢を見ていたけど、気絶するように眠ればそんな夢さえ見ないことが分かったし。

「強制的に眠らせてやろうか?」

 庵司の顔が強張っている気がする。
 笑っているのに怒っているようだ。何でだろうか?
 そろそろ消化したか?と庵司は奨吾の顔を見て判断したのだろう。その体を抱き上げると、風呂場に運ばれた。
 着替えはしてもらっていたが、風呂までは入っていないのだろう。

「しばらくは作曲禁止。スマホも、没収。そうそう、奨吾のお母さんとお父さんにも話は通ってるから、安心しろな」

 なんの安心もできないのだが?
 きっと、でも、俺の事が負担になっていたのだろうな、と奨吾は切なく思う。
 そう思っている間に、お互い裸になって風呂場に入る。
 風呂場は、二人で使っても余裕があるくらい広い。風呂椅子に座らされ、頭を洗われた。
 体も、庵司が洗うがなんの感情も起伏しない。陰部に至っては沈黙を保ったままだ。
 風呂に浸かれば、ほっ、と息が漏れる。はぁ~、と後ろから奨吾の体を抱えている庵司の声も聞こえてきた。

「こんなにガリガリじゃあ……手を出す気も起きない」

 残念そうに溜息を吐く庵司。
 はぁ?と気怠い体で睨み上げれば、そう煽るなと言われる。
 何が煽っているのかさっぱり分からない。

「ガリガリすぎて、こっちも不能だし」
「……」

 何を言っても、揶揄われそうで、やめた。
 風呂に入るという行為でさえ、疲れてしまって、あまり言葉を発するのもしたくないし。
 はぁ、と仕方なく庵司の体に自分の体を預ける。
 庵司は成長し、余計に頼りがいのある、アルファらしい体で、奨吾一人の全体重を乗せたところでびくともしないだろう。
 ぴったりとくっつけば、心臓の鼓動が聞こえてきて、眠くなる。
 うとうととすれば、頭を撫でられた。同い年のくせに、と反発心も芽生えるが、眠さに逆らえない。
 寝てな、と言う言葉を最後に意識が落ちた。
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