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久しぶりに触れるパソコンは何だか他人みたいで、思い出すのに少々時間がかかった。
新曲の反応と、動画のコメント、それから何件か来ていたDMに目を通して、必要であれば返信をした。
心配してました、と言うコメントが多くみられ、つぶやきの方で、体調を崩していたと短く書き込むと、即座に通知が止まらなくなる。
びっくりするのと同時に、ちょっと通知が止まらなさ過ぎてびっくりするぐらい。
ある程度はコメントも読んだけど、目がちかちかしだしたからやめた。
それから久しぶりにいろいろソフトを開いて思いつくままに音を紡ぐ。
歌詞を付けるような曲ではないけれど、ぽつぽつと、音を増やせば流れる川のようなそんな曲が生まれた。
と言っても粗削りでとても人に聞かせられるような曲ではないけれど。
音を紡いでいると、庵司から声がかかる。
はっ、として約束を思い出し、今、保存すると庵司へ告げた。
庵司は、やると言ったらやる男だ。約束を破ればどんなことをされるのか、想像もできない。
奨吾は、すぐに今作業しているものを保存すると、パソコンの電源を落とした。落とす必要はないのかもしれないが、次いつ触れるかも分からないのであれば、落としておいても良いだろう。
触れたいのに触れられないのは辛い。
「おっ、素直だな?絶対、あと少しって駄々捏ね出すと思ったのにな」
「……お前と、約束したし」
「律儀だな?まぁ、その分、お仕置きしなくていいし、楽だけど」
残念だな、とも庵司は言ったので、約束を守ってよかったと心から思う。
庵司の作った昼食を食べ、それから午後は二人で読書をしながら過ごした。
本を買いには行けないので、庵司が厳選した本をBOOKリーダーに入れて読んでいる。
どれも、奨吾の好きな小説ばかりだし、小説どころか漫画も入れてあるから飽きることはない。
文字ばかり読んでいて、目が疲れたりするけれど、一日中パソコンに向かっていた奨吾は気にならないみたいだ。
庵司が適度に休憩を挟んでいるおかげで、疲労もそんなに感じていないみたいだ。
「外に、出るのは、面倒だ……」
夕飯を食べながら、ぽつりと奨吾がこぼす。
庵司は、苦笑をこぼすがそれをよしとはしなかった。
天気が良ければ、明日は出かけようと庵司はいう。
世界は、というか庵司はそんなに甘くはない。むしろ鬼だ。何かにつけては鬼だ。鬼でしかない。
「庵司、面倒だ」
「俺が面倒みたいに聞こえるなぁ、酷くないか?三食昼寝つき、その他家事一切をして貰ってる相手に」
してくれ、と頼んだわけではないが、謎の罪悪感が胸をはしる。
うっ、と言葉に詰まれば、冗談だと庵司は笑った。が、その目が笑っていないのを知っている。
本心だ、めちゃくちゃ庵司の本心だ。
「……だが」
「あぁ、怖いのは仕方がないが、外に出なければ……お前、痩せる一方だろ」
また、言葉に詰まる。
確かに外に出始めてから、また体重というか体調が戻ってきたような気がする。
「明日が雨だといいな?」
天気予報なら先ほどテレビで確認した。
明日も明後日も晴れで、降水確率0%だ。万が一にも雨が降るようなことにはならないだろう。
「知ってるくせに……」
「知らないな?お前が天気予報を見ているときに、夕飯を作っていたからな」
「酷いやつだ……」
奨吾も、庵司もどちらもお互いを酷いと思っているのかもしれない。
そう、昔から……。
次の日、予定通り晴れた空を、忌々しげに見上げ歩く。
ハウスクリーニングも来るので、いつもの時間に家を出た。
あの店に着くと、いつものようにチャラそうなマスターが出迎えてくれる。
「いらっしゃいませ」
「相変わらず胡散臭い……いつもの席でお願いします」
「聞こえてるよ?」
にっこりと笑ったマスターは、怖くてひっ、と声が出た。
客商売だからかそれ以上はなかったけど、怖かった。
庵司に、おいっ、と声をかければ、ごめんごめん、と謝られる。が、あれはアルファ同士の言葉の掛け合い、ただの遊びだという。
「怖かったからといって、そんなに怒るなよ。悪かったって」
「……お前がアルファだからあの怖さは分からないんだ」
ぶすっとした顔で奨吾が庵司から顔を背ける。
悪かったと言いながら笑っているから腹立たしい。
「アルファとか関係ないだろ?奨吾はベータなんだから」
そんなことは、検査結果を受け取った時からわかりきっている。
アルファでもオメガでもなくて、平凡でどこにでもいるようなベータ。
庵司のベータだと改めて思い知らされる言葉に、はぁ、とため息をはく。
これ以上の問答もなく、奨吾は端末を開き、読みかけの本を引き出した。
庵司はどうして奨吾が不機嫌になったのかわかっていないみたいだ。
ベータであることを変えられないのに、それを庵司に突きつけられたみたいで、すごく腹が立った。
不機嫌になった奨吾を、気分屋で仕方がないなとでも庵司は思っているのだろう。
飲み物と、お茶菓子が運ばれてきても、奨吾は何も言わない。
庵司が全て対応して、苦笑しながらそれを受け取っていた。
「そういえば、大明地君は色々ツテとかあるよね?音楽関係に、知り合いいない?」
持ってきたのはマスターで、マスターはそう言って庵司に話しかけている。
「音楽関係者?何かありましたか?」
「有線の音楽を流してるんですけど、この店独自の音楽があってもいいと思ってね」
「なるほど……だ、そうだが、奨吾」
「……あ、え、俺?」
ふぅん、と聞いていたが、それが飛び火してくるとは思わなかった奨吾。
「お前、歌詞なしの曲とか作れないのか?」
「作れる、けど……」
「なら、受けてみるか?」
おや?とマスターが奨吾をみる。
大明地家は有名だが、いつも一緒に来ている奨吾は、平川奨吾、として無名の何をしているのか分からない人物であろう。
「へぇ、奨吾君って曲作れるんだ」
「有料ですよ、マスター」
その辺の交渉は庵司がするらしい。
まぁ、面倒がなくていいけれど。依頼として後日正式に、家に来るらしい。
マスターに休みあるんだ、と少し驚いた。考えてみれば当たり前のことなのに、いつもカウンターの中にいるから、休みなしで働いているのかと思っていた。
この日は、藤塚に会うこともなくすんなりと家に帰れた。
家に帰った途端、ほっと息をはく。
「うちの会社で作って貰った時のような条件でいいのか?」
「ん?あぁ、うん。いつも同じ条件だし、大丈夫」
「そうか、じゃあ契約書類などは作成しておこう」
依頼を受けるということは、堂々とパソコンと向き合えるということだ。
ハッとそのことに辿り着き、少しワクワクしてきた。
あの店か、と喫茶店を思い出し、鼻歌を歌う。
どんな曲にしようかと悩むが、それでも楽しいことには変わりがない。
「楽しんでいるところ、悪いが、正式に依頼を受けるまでパソコンは禁止だからな?」
え゛?と変な声がでた。
苦笑する庵司は、当たり前だろ、と頭を小突く。
「え、だって、曲、だって、1日とかじゃ……」
「五線譜とかは渡すけど、パソコンはだめ」
「鬼……」
ジト目で庵司を睨むが、それでもダメだと言われてしまう。
庵司がダメだと言えばダメなので、許可は降りないだろう。
「せめて、キーボードぐらい欲しい……」
「キーボード、ね……買いに行くか?パソコンに繋がっている大きなやつじゃなくて、小さいの有るだろ?」
「ある、けど……今から?」
「ネットで頼んでもいいけど、待てるのか?」
その間も、パソコンを触るのは許してくれないだろう。
渋い顔をした奨吾に、ほら行くぞ、と庵司から手を差し出された。
その手を、渋々握り返した。
思えば、再会してから何度この手を握って来ただろう?
一緒に歩く時はいつもその手を握っている気がする。
庵司の手を握っている間は、あまり人の気配が気にならなくなってきた。
「不思議だな」
「何が?」
「いや、別に」
訳がわからん、と言った顔をした庵司に、奨吾は答えることはなかった。
昔、そう、バース性なんてわからなかったとき、庵司はいつも奨吾の手を引いてくれていたと、思い出し、懐かしくなる。
怖がりだった自分に、大丈夫だと手を差し出してくれていた。
もし、再びこの手が失われるようなことがあれば、自分はどうなってしまうのだろう?
考えただけで、薄寒い。
少し震えた奨吾に、寒いのかと自分の側へ引き寄せる庵司。
大丈夫だと言うが、庵司の目に心配と言う感情が浮かんで消えない。
少し大きな通りに出ると、タクシーを拾って中に押し込められる。買い物は忘れていないからか、家電量販店の店名を告げていたが、それがどこに有るのかなんて奨吾にはわからない。
「無理させすぎたか?」
そう、庵司がぺたぺたと奨吾の顔を触り、異常がないか確認している。
その手を避けて、大丈夫だと抵抗すれば、難しい顔をしながらもわかったと庵司は離れる。
「ダメそうなら、早く言えよ?」
「わかってる」
庵司とそんなことを話していたら、意外と近くだったのか、タクシーが目的の場所に止まる。
料金を支払って降りると、車の中と外では気温が違い、少しくらっとフラつく。
おい、と支えられたが、大丈夫だと歩き出す。
店内に入れば、エアコンが効いていて、はぁ、と息をはく。
「寒くはないのか?」
「大丈夫。それよりも……早く、買って帰ろ」
中に入ったはいいが、人が多すぎて、目が回る。
庵司を掴むと、仕方がないやつだな、と言ったかおをされる。
電子楽器のコーナーに連れて行かれ、何種類かあったうちの気に入った一つを購入した。
お金を払う段階になって、そう言えば自分の資産は全部庵司に管理されていることに気がつく。
普通に、庵司名義のカードでクレジットを切っていたのを確認し、庵司を戸惑った目で見上げた。
「ん?あぁ、代金なら気にしなくていい」
「だ、けど……」
「その分、ちゃんと口座から移しておく」
絶対嘘だと思うのに、有無を言わせない様子の庵司に、つい頷いてしまう。
買うものを買ったから、さぁ、帰ろうと、タクシーを拾うために外にでた時。
「あれ?庵司?庵司じゃない?久しぶりっ!帰って来てたなら、僕に一言あっても良かったんじゃない?」
庵司はすごい顔をして、チッと舌打ちをした。
そこに居たのは、いかにもオメガというように綺麗な男性。
ベータな奨吾とはどこか雰囲気も違う。
バース性が明らかになった頃、庵司が出会った魂が引き合う片割れ。
「結婚するんだってな、オメデトウ。じゃあ、俺たちは急いでるから」
「運命の番だって言うのに、冷たいんじゃない?僕が番を作ったから怒ってるの?」
「違う」
はぁ、とため息を吐く庵司とは裏腹に、奨吾はヒュッ、と息を吸い込む。
はっ、はっ、と上手く息が吐けなくて、だんだん苦しくなってくる。
庵司が気が付く、再び舌打ちをすると、彼を無視して止まったタクシーに飛び乗った。
ちょっと!と声をかけてくる彼を置き去りに、タクシーは発進する。
ひゅうひゅうと喉がなり、汗が止まらず吹き出てくる。
止まらないそれに、とりあえず手っ取り早く呼吸を止めようと奨吾の口を庵司が塞いだ。
「ん……っ、んっ、んぅ……」
しばらくして、庵司が口を離すと、奨吾はくったりと庵司の方に倒れ込む。
疲れて目も開けられないみたいだ。
「寝られるなら、寝ちまえ。大丈夫だから」
庵司の言葉に逆らうこともなく、奨吾は数回うっすらと瞬きをしてから目を閉じた。
新曲の反応と、動画のコメント、それから何件か来ていたDMに目を通して、必要であれば返信をした。
心配してました、と言うコメントが多くみられ、つぶやきの方で、体調を崩していたと短く書き込むと、即座に通知が止まらなくなる。
びっくりするのと同時に、ちょっと通知が止まらなさ過ぎてびっくりするぐらい。
ある程度はコメントも読んだけど、目がちかちかしだしたからやめた。
それから久しぶりにいろいろソフトを開いて思いつくままに音を紡ぐ。
歌詞を付けるような曲ではないけれど、ぽつぽつと、音を増やせば流れる川のようなそんな曲が生まれた。
と言っても粗削りでとても人に聞かせられるような曲ではないけれど。
音を紡いでいると、庵司から声がかかる。
はっ、として約束を思い出し、今、保存すると庵司へ告げた。
庵司は、やると言ったらやる男だ。約束を破ればどんなことをされるのか、想像もできない。
奨吾は、すぐに今作業しているものを保存すると、パソコンの電源を落とした。落とす必要はないのかもしれないが、次いつ触れるかも分からないのであれば、落としておいても良いだろう。
触れたいのに触れられないのは辛い。
「おっ、素直だな?絶対、あと少しって駄々捏ね出すと思ったのにな」
「……お前と、約束したし」
「律儀だな?まぁ、その分、お仕置きしなくていいし、楽だけど」
残念だな、とも庵司は言ったので、約束を守ってよかったと心から思う。
庵司の作った昼食を食べ、それから午後は二人で読書をしながら過ごした。
本を買いには行けないので、庵司が厳選した本をBOOKリーダーに入れて読んでいる。
どれも、奨吾の好きな小説ばかりだし、小説どころか漫画も入れてあるから飽きることはない。
文字ばかり読んでいて、目が疲れたりするけれど、一日中パソコンに向かっていた奨吾は気にならないみたいだ。
庵司が適度に休憩を挟んでいるおかげで、疲労もそんなに感じていないみたいだ。
「外に、出るのは、面倒だ……」
夕飯を食べながら、ぽつりと奨吾がこぼす。
庵司は、苦笑をこぼすがそれをよしとはしなかった。
天気が良ければ、明日は出かけようと庵司はいう。
世界は、というか庵司はそんなに甘くはない。むしろ鬼だ。何かにつけては鬼だ。鬼でしかない。
「庵司、面倒だ」
「俺が面倒みたいに聞こえるなぁ、酷くないか?三食昼寝つき、その他家事一切をして貰ってる相手に」
してくれ、と頼んだわけではないが、謎の罪悪感が胸をはしる。
うっ、と言葉に詰まれば、冗談だと庵司は笑った。が、その目が笑っていないのを知っている。
本心だ、めちゃくちゃ庵司の本心だ。
「……だが」
「あぁ、怖いのは仕方がないが、外に出なければ……お前、痩せる一方だろ」
また、言葉に詰まる。
確かに外に出始めてから、また体重というか体調が戻ってきたような気がする。
「明日が雨だといいな?」
天気予報なら先ほどテレビで確認した。
明日も明後日も晴れで、降水確率0%だ。万が一にも雨が降るようなことにはならないだろう。
「知ってるくせに……」
「知らないな?お前が天気予報を見ているときに、夕飯を作っていたからな」
「酷いやつだ……」
奨吾も、庵司もどちらもお互いを酷いと思っているのかもしれない。
そう、昔から……。
次の日、予定通り晴れた空を、忌々しげに見上げ歩く。
ハウスクリーニングも来るので、いつもの時間に家を出た。
あの店に着くと、いつものようにチャラそうなマスターが出迎えてくれる。
「いらっしゃいませ」
「相変わらず胡散臭い……いつもの席でお願いします」
「聞こえてるよ?」
にっこりと笑ったマスターは、怖くてひっ、と声が出た。
客商売だからかそれ以上はなかったけど、怖かった。
庵司に、おいっ、と声をかければ、ごめんごめん、と謝られる。が、あれはアルファ同士の言葉の掛け合い、ただの遊びだという。
「怖かったからといって、そんなに怒るなよ。悪かったって」
「……お前がアルファだからあの怖さは分からないんだ」
ぶすっとした顔で奨吾が庵司から顔を背ける。
悪かったと言いながら笑っているから腹立たしい。
「アルファとか関係ないだろ?奨吾はベータなんだから」
そんなことは、検査結果を受け取った時からわかりきっている。
アルファでもオメガでもなくて、平凡でどこにでもいるようなベータ。
庵司のベータだと改めて思い知らされる言葉に、はぁ、とため息をはく。
これ以上の問答もなく、奨吾は端末を開き、読みかけの本を引き出した。
庵司はどうして奨吾が不機嫌になったのかわかっていないみたいだ。
ベータであることを変えられないのに、それを庵司に突きつけられたみたいで、すごく腹が立った。
不機嫌になった奨吾を、気分屋で仕方がないなとでも庵司は思っているのだろう。
飲み物と、お茶菓子が運ばれてきても、奨吾は何も言わない。
庵司が全て対応して、苦笑しながらそれを受け取っていた。
「そういえば、大明地君は色々ツテとかあるよね?音楽関係に、知り合いいない?」
持ってきたのはマスターで、マスターはそう言って庵司に話しかけている。
「音楽関係者?何かありましたか?」
「有線の音楽を流してるんですけど、この店独自の音楽があってもいいと思ってね」
「なるほど……だ、そうだが、奨吾」
「……あ、え、俺?」
ふぅん、と聞いていたが、それが飛び火してくるとは思わなかった奨吾。
「お前、歌詞なしの曲とか作れないのか?」
「作れる、けど……」
「なら、受けてみるか?」
おや?とマスターが奨吾をみる。
大明地家は有名だが、いつも一緒に来ている奨吾は、平川奨吾、として無名の何をしているのか分からない人物であろう。
「へぇ、奨吾君って曲作れるんだ」
「有料ですよ、マスター」
その辺の交渉は庵司がするらしい。
まぁ、面倒がなくていいけれど。依頼として後日正式に、家に来るらしい。
マスターに休みあるんだ、と少し驚いた。考えてみれば当たり前のことなのに、いつもカウンターの中にいるから、休みなしで働いているのかと思っていた。
この日は、藤塚に会うこともなくすんなりと家に帰れた。
家に帰った途端、ほっと息をはく。
「うちの会社で作って貰った時のような条件でいいのか?」
「ん?あぁ、うん。いつも同じ条件だし、大丈夫」
「そうか、じゃあ契約書類などは作成しておこう」
依頼を受けるということは、堂々とパソコンと向き合えるということだ。
ハッとそのことに辿り着き、少しワクワクしてきた。
あの店か、と喫茶店を思い出し、鼻歌を歌う。
どんな曲にしようかと悩むが、それでも楽しいことには変わりがない。
「楽しんでいるところ、悪いが、正式に依頼を受けるまでパソコンは禁止だからな?」
え゛?と変な声がでた。
苦笑する庵司は、当たり前だろ、と頭を小突く。
「え、だって、曲、だって、1日とかじゃ……」
「五線譜とかは渡すけど、パソコンはだめ」
「鬼……」
ジト目で庵司を睨むが、それでもダメだと言われてしまう。
庵司がダメだと言えばダメなので、許可は降りないだろう。
「せめて、キーボードぐらい欲しい……」
「キーボード、ね……買いに行くか?パソコンに繋がっている大きなやつじゃなくて、小さいの有るだろ?」
「ある、けど……今から?」
「ネットで頼んでもいいけど、待てるのか?」
その間も、パソコンを触るのは許してくれないだろう。
渋い顔をした奨吾に、ほら行くぞ、と庵司から手を差し出された。
その手を、渋々握り返した。
思えば、再会してから何度この手を握って来ただろう?
一緒に歩く時はいつもその手を握っている気がする。
庵司の手を握っている間は、あまり人の気配が気にならなくなってきた。
「不思議だな」
「何が?」
「いや、別に」
訳がわからん、と言った顔をした庵司に、奨吾は答えることはなかった。
昔、そう、バース性なんてわからなかったとき、庵司はいつも奨吾の手を引いてくれていたと、思い出し、懐かしくなる。
怖がりだった自分に、大丈夫だと手を差し出してくれていた。
もし、再びこの手が失われるようなことがあれば、自分はどうなってしまうのだろう?
考えただけで、薄寒い。
少し震えた奨吾に、寒いのかと自分の側へ引き寄せる庵司。
大丈夫だと言うが、庵司の目に心配と言う感情が浮かんで消えない。
少し大きな通りに出ると、タクシーを拾って中に押し込められる。買い物は忘れていないからか、家電量販店の店名を告げていたが、それがどこに有るのかなんて奨吾にはわからない。
「無理させすぎたか?」
そう、庵司がぺたぺたと奨吾の顔を触り、異常がないか確認している。
その手を避けて、大丈夫だと抵抗すれば、難しい顔をしながらもわかったと庵司は離れる。
「ダメそうなら、早く言えよ?」
「わかってる」
庵司とそんなことを話していたら、意外と近くだったのか、タクシーが目的の場所に止まる。
料金を支払って降りると、車の中と外では気温が違い、少しくらっとフラつく。
おい、と支えられたが、大丈夫だと歩き出す。
店内に入れば、エアコンが効いていて、はぁ、と息をはく。
「寒くはないのか?」
「大丈夫。それよりも……早く、買って帰ろ」
中に入ったはいいが、人が多すぎて、目が回る。
庵司を掴むと、仕方がないやつだな、と言ったかおをされる。
電子楽器のコーナーに連れて行かれ、何種類かあったうちの気に入った一つを購入した。
お金を払う段階になって、そう言えば自分の資産は全部庵司に管理されていることに気がつく。
普通に、庵司名義のカードでクレジットを切っていたのを確認し、庵司を戸惑った目で見上げた。
「ん?あぁ、代金なら気にしなくていい」
「だ、けど……」
「その分、ちゃんと口座から移しておく」
絶対嘘だと思うのに、有無を言わせない様子の庵司に、つい頷いてしまう。
買うものを買ったから、さぁ、帰ろうと、タクシーを拾うために外にでた時。
「あれ?庵司?庵司じゃない?久しぶりっ!帰って来てたなら、僕に一言あっても良かったんじゃない?」
庵司はすごい顔をして、チッと舌打ちをした。
そこに居たのは、いかにもオメガというように綺麗な男性。
ベータな奨吾とはどこか雰囲気も違う。
バース性が明らかになった頃、庵司が出会った魂が引き合う片割れ。
「結婚するんだってな、オメデトウ。じゃあ、俺たちは急いでるから」
「運命の番だって言うのに、冷たいんじゃない?僕が番を作ったから怒ってるの?」
「違う」
はぁ、とため息を吐く庵司とは裏腹に、奨吾はヒュッ、と息を吸い込む。
はっ、はっ、と上手く息が吐けなくて、だんだん苦しくなってくる。
庵司が気が付く、再び舌打ちをすると、彼を無視して止まったタクシーに飛び乗った。
ちょっと!と声をかけてくる彼を置き去りに、タクシーは発進する。
ひゅうひゅうと喉がなり、汗が止まらず吹き出てくる。
止まらないそれに、とりあえず手っ取り早く呼吸を止めようと奨吾の口を庵司が塞いだ。
「ん……っ、んっ、んぅ……」
しばらくして、庵司が口を離すと、奨吾はくったりと庵司の方に倒れ込む。
疲れて目も開けられないみたいだ。
「寝られるなら、寝ちまえ。大丈夫だから」
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