いつかの絶望と

屑籠

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 二人が契約を済ませ、帰ると、奨吾はあからさまにほっとしたため息を吐いた。
 アルファである二人は、意図してなくてもベータの奨吾からすると威圧がすごく、長い間一緒にいたい相手ではない。
 庵司の方が大変だっただろうに、奨吾に向かってお疲れ様という。
 あの二人を見ていると、アルファ同士だがお互いを尊重……はしてなかったけど、思い合ってるのはわかった。
 ああやって、深いつながりを持つのに、アルファもオメガもベータも関係がないのだと思い知らされる。

「……庵司は、今でも俺を抱きたいと思うのか?」
「何で、今その話題?」

 純粋な疑問を問えば、呆れたように庵司はため息をついた。
 奨吾にとって、それは純粋な疑問である。

「奨吾にならどんな時だって触れたいと思う。当たり前だろ」
「……割とすけべだった」
「お前は俺を何だと思ってるんだ」

 庵司は、ばか、と言いながら奨吾を小突く。
 しかしながら、奨吾は考える。
 庵司が望むのであれば、それを差し出した方が、良いのか?と。
 自分が庵司にできることは何もなく、庵司がいつまで自分のそばにいてくれるのか、その安心ができないから。
 自分が何かを差し出して、それで庵司を繋ぎ止めて置けるのなら、それで良いとさえ思った。
 だって、奨吾にはあの二人のように庵司と思い合う関係になれる自信など一つもないのだから。

「お前が何を考えてるのか、俺は知らないが、奨吾に無理をさせるつもりは一切無い」
「……無理じゃ無いのに」
「そんなガリガリの体で何言ってんだ。俺に抱かれる気があるのなら、早く肉をつけろその体に」

 ふと、ぺろりとシャツをめくってみる。
 そんなに言うほど細いだろうか?と首を傾げ、ペチペチと自分の体を触ってみるが、わからない。
 ふと、奨吾は庵司の体を思い出す。確かに、庵司に比べれば薄い気がする。
 薄いとか言う問題ではなく、ガリガリに肋が見えて居る時点でアウトだろう。

「肉……」

 肉をつけなければいけないのか、とため息を吐いた奨吾。
 真剣に考えることがそれなのだ、庵司は奨吾のその変化に何か言おうとして、そっと口を閉じた。
 
「肉か……」

 ここに、肉……と、絶望しかない。
 チラリ、と庵司を見れば、庵司はその視線に気がついたのか、苦笑している。
 
「とりあえず、俺の作ったものを食べて、その体を作っていってくれ」
「……頑張る」

 そう、やる気を出した奨吾に庵司は、どこにやる気を出して居るんだか、と笑う。
 とりあえず、奨吾が食べることに意味を成したことは、成長だと受け止めることにしよう。
 
「じゃあ、とりあえず昼飯作ってくるから、待っててくれ」

 うん、と素直に頷いた奨吾は、ソファーの上で膝を抱えた。
 よし、と小さいキーボードを取り出して思い浮かべたメロディーを奏でる。
 奏でながら、五線譜に書き込んでいく。鼻歌を歌い、五線譜をなぞれば、楽しげな音楽が流れ出す。
 
「そろそろ、出来るぞ」
「……うん」

 ふっと視線をあげた奨吾は、食事よりも作曲に取り掛かりたかったのだが、ふと、自分の体を見下ろした奨吾は、よし、と立ち上がってダイニングテーブルへと座る。

「いただきます」

 どうぞ召し上がれ、と差し出された器の中身をスプーンで掬う。
 口に運ぶと、やはりいつも通り美味しい。
 そんな奨吾の顔を見て、庵司はとても嬉しそうに笑っている。
 一口、もう一口と掬い運ぶと、驚いたような顔をした庵司だが、それも一瞬で、穏やかな顔に戻った。

「ご馳走、様でした」

 少し食べすぎたとは思うのだが、食べなければいけないとも思って、頑張った。
 
「よく食べれたな?今朝より少し多くしておいたんだが」
「……意地悪か」
「いや?頑張るお前のお手伝い」

 庵司はとても意地悪そうに笑っている。このやろうと思いつつ、はぁ、と苦しげに息を吐いた。
 
「パソコン、使ってもいいよ」
「良いのか?」
「あぁ、俺は早く奨吾の作った曲が聞きたいからな」

 パァッと奨吾の顔が輝く。
 ありがとう、と立ち上がった奨吾は、庵司に抱きつくと、そのまま早足で自分の部屋に戻る。
 ウキウキしながら、扉を開くと、パソコンの電源を入れて起動を待つ。
 最近起動はこまめにしていたから、アップデートなどは行わなくても大丈夫で、すぐにソフトを立ち上げて先程の五線譜のメロディーを入れていく。
 自動演奏してみると良い感じにできて居るのでそのまま作っていこうと思う。
 エデンに何度も足を運んでいることが功を奏していた。曲のイメージがつきやすく、あの店の想像がしやすい。
 思いついた音を打ち込み、時折確認していく。
 どれくらいの長さになれば良いのか、それは確認していなかった。
 多分、出来上がったものを聞いて判断するのだろう。その辺りは庵司に任せっぱなしである。
 ふと、途中で思ったのはマスターと一緒に来ていたオーナーのこと。
 マスターとオーナーがどんな恋愛を繰り広げたのかはわからないが、彼らの関係を見ていて曲が自然と出来上がってくる。
 雰囲気に音を付けているようなもの。

「とても、不思議な音だった」

 二人の間に流れるリズム、というか、感じ取れるメロディー。
 それを形にしていくのと同時に、あのカフェの雰囲気をメロディにしていく。
 数日の時間をかけて、主旋律だけを作った。
 似ているようで違うその二つを作り、うーん、と頭を悩ませる。
 どちらも納得のいく出来ではあるが、どちらを納品するべきか、悩ましい問題だ。

「庵司」

 そう、庵司を呼び、庵司にこの曲と二つの曲を聞かせてみる。
 まだ肉付けもしていない主旋律でしか無いのだが。
 どちらがいいのだろうと庵司に尋ねると、庵司は少し考え、どちらも完成させる様に言った。

「完成した段階でマスターたちを呼ぶから、マスターたちに選んで貰えばいい。それに、どっちも欲しいって言われそうだしな」
「そう、かな?」

 庵司がそういうのであれば、そうなのだろうと納得する。
 依頼を貰ってから、大体ひと月ぐらいで完成し、再びあの二人と顔を合わせることになった。
 この一月の間、カフェにも行っていなかったから、マスターと会うのは久しぶりである。

「久しぶり、平川くん。何か、前に会った時よりもふっくらしてきたね」

 自然と伸ばされた手が、奨吾の頬を撫でる。
 驚き、反応できないでいる奨吾。庵司は咄嗟にその手を叩き落とす。

「晶良……?」
「あぁ、ごめんごめん。何か、平川くんって、子供みたいで」

 可愛いよねぇ、と朗らかに相良は笑う。
 その後ろから思いっきり葛城に殴られていたけれど。

「お、俺、子供じゃ、ないし……」
「ごめんね?いや、何も子供扱いしたとかじゃなくて……いや、子供扱いなのかな?」

 どう思う?と葛城に向かっていう彼は、葛城に知るか!と怒られていた。

「何か、色々食べさせたくなるよね。細いし、ガリガリだし」
「俺がしますので、手出し無用ですよ、マスター」
「あはは、怒られちゃった」

 リビングのソファーに座り、庵司がお茶を出してから曲を確認してもらう。
 一つ目の曲と、二つ目の曲。
 どちらも、納得のいく出来栄えだとは思うのだが、二人はどう思うのか。
 聞き終わった後、声をあげたのは珍しくも葛城方だった。

「ふーん?悪くない」
「そうだね、友絆も気に入ったみたいだし、この二つを交互にかけることにしようかな」

 ほっと息を吐く奨吾をよそに、庵司たちはでは、とデータのやりとりをして、支払いの確認をしていた。
 ふと、マスターの顔がこちらに向き、契約の話は二人に任せ、マスターが近づいてくる。

「平川くんは、大明地くんが好き?」
「え……っ?」
「俺はね、友絆が大好き。友絆はいつだって俺の常識を打ち崩してその外側に連れ出してくれる存在なんだ」

 そう語る相良は、とても楽しそうだ。
 葛城が大好きで仕方がないっていう話。

「俺の運命は、本当は別にいるんだけど」

 運命の番の話に、びくり、と体が跳ねる。庵司の鋭い視線がこちらに飛んで来ていた。

「でも、俺の運命は俺を選んではくれなかった。俺を選んでくれたのは、友絆で……俺が何が言いたいかって言えば、望めば、運命なんていくらでもどうとでもできる存在で、それよりも自分がどうしたいか、が一番大切なんだと思うよ」
「自分が、どう、したいか……」

 運命の番に振り回されるのは、アルファもオメガも、それに関わるベータも関係がないのだろう。
 運命の番が誰であれ、それが望んだ相手だとは限らない。
 
「それは、君だけじゃなくて、大明地くんにも言えることだけど……大明地くんはもう選んだみたいだからね。だから、君の番」
「俺の……?俺、選んで、る」
「おやっ?そっかそっか、じゃあ、行動に移すだけだね」

 がんばってね、と平川に頭を撫でられ、考える奨吾。
 どうすれば、どんな行動すれば、と悩むが、よし、と決意もする。
 そうして話している間に、庵司と葛城の話も終わったらしい。
 お互いに合意をし、庵司に名前を書くように求められた。
 いつものサインを書けば、あ、と庵司が声を出す。

「これ、漢字じゃないな」

 日本人のサインといえば、漢字だという固定概念があるのだが、奨吾は達筆で流れるようにスペルを書いていく。

「サインって、これじゃ、ない?」

 色々な契約があって、全てこのやり方でやってきたが、文句を言われたことはない。
 そういえば、と庵司は思い出す。あの時の依頼の契約書もこの字体で書いてあったと。

「いいんじゃないか?わかりやすいだろ。それに、複製もできないだろうしな」

 もう一枚にも、と葛城に言われて同じサインを書く。
 まぁ、いいか、と納得しているなら、とそれを一枚庵司が受け取った。

「じゃあ、妙日中に振り込んでおく。今回は、世話になったな。あと、平川だっけ? お前が何でそんなに自信が無いのか知らないが、アルファなんて単純な生き物、手にとって転がすぐらいの勢いでいいと思うぞ」

 それじゃあな、と去っていく葛城はとんでもない爆弾を投下している様な気がする。

「彼も、アルファじゃ……?」
「あの人は、何だか、わからない人だな」

 馬鹿じゃなかったはずなんだが、と笑うが。
 あの人が何を思っているのか、最後までわからないままだったと、そう思った。
 だけど、マスターのあの人への信頼も愛もそれは本当で本物で、だから、よくわからない人だと思った。

「そろそろ飯にしようか」

 ずいぶん話し込んでいて、空は茜色に染まり始めてきている。
 ひと月前と比べて、食べられる量は増え、今では一般的な一食より少し少ないだろうという量まで食べれる様になった。
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